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疾風!プレステイル  作者: やくも
第五話 素顔の仮面
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5-8 オーバー・リミット

「ーーナユ姉、大丈夫か?」


 プレステイルは彼女のそばまで歩み寄る。

片膝をつき、彼女と視線の高さを合わせた。

ナユタは複雑な表情をしていた。


「う、うん、大丈夫……」

「なんでそんな複雑な顔するんだよ?」

「あはは……、だって、ね……」


 彼女が彼の姿を見る。

その格好で『ナユ姉』と呼ばれるのだ。

違和感のようなものしか感じない。

それ以上に彼はボロボロで、今にも倒れそうなほど傷ついていた。


「……大丈夫なの? それ」

「この程度すぐに治るさ」

「そ、そう…。 絆創膏いる?」

「いらん」


 そう言って彼はナユタを手をこの場に取り立たせる。

今をときめくヒーローの正体がセツナだと見れば見るほど信じられなくなってきた。

だが、まじまじと見ると、確かに信じる他に無いのだ。

彼の横顔にポツリと言った。


「夢、とかじゃないよね?」

「……全力で頬つねってやろうか?」

「わたしのマシュマロほっぺが千切れちゃう」


 彼がヒーローになった経緯は分からない。

だが、彼に会えた、それだけがナユタを満たしていた。


「ねぇ、セッちゃん」

「……懐かし過ぎだろ、その呼び方」

「セッちゃんがわたしをナユ姉と呼んでたから空気を読んでみました」


 意味わからんぞーー彼は頭をかいてため息をついた。

そして、呆れ気味に口を開く。


「ーーんで? 何だ?」

「ああ、そうそう。 セッちゃんはいつの間に外国の市民権を手に入れたの?」

「は? ーー色んな意味で誤解してないか?」

「だって、そのカッコ、某国のエージェントの特殊装備なんでしょ?」


 ……どういうことだ、全くついていけない。

市民権とか某国とかエージェントとか、全く話の流れに出てきてないし、言った覚えがない。


「ちょっと前に言ってたよ?」

「悪い。 全っ然、全く覚えてない」

「セッちゃん、何気無い一言を聞き逃すと事件は迷宮入りだよ」

「お前は何と戦っているんだ」


 彼がまたため息をつく。

何気無い会話、こんなに嬉しく感じるとは思わなかった。

彼が頭を抱えてため息をついた。


「……まぁいいや、帰るぞ。 ナユタ」

「あれ、ナユ姉って呼ぶのもう終わり?」


 少し残念そうに頷く。

彼が眉を寄せながら手を差し出す。


「お手手つないで帰ろう?」

「違う! 僕は早く帰りたいんだ」


 ナユタがその手を掴もうとした、その時だ。

2人に影が差した。


「! セッちゃん!?」


 悪寒。

プレステイルは咄嗟に彼女を抱き上げ、前に跳躍した。

一瞬遅れて風斬る音。

空中で反転、高台まで跳び上がり体制を立て直す。

地上に降り立ち、ナユタを下ろした。


「ナユタ、隠れていてくれ」

「う、うん。 気を付けて、セッちゃん」

「……そろそろ止めてくれ」


 彼が大きな岩を指し示すと彼女は渋々頷き、その影の後ろに回り込む。

そして、彼女を庇うように立ち上がる。

プレステイルがギリッと歯ぎしりをして、彼らに襲いかかった正面の影を見据え睨む。


「ーーベネノパイダス……!」


 影、ベネノパイダスが力無く身体を起こす。

腹部にはプレステイルに付けられた大きな切り傷、バチリとスパークした。


「お前、とどめを刺したはずだ……!」


 プレステイルは剣を構えつつも驚きを隠せなかった。

そう、仕留め損なったなんてあり得ない。

剣は確実にベネノパイダスの命に届き、裂いたはずだ。


「ーーがが……!」


 様子がおかしい。

自らの意思なんて無視されて無理矢理動かされているようだ。

まるで見えない糸に縛られた人形のようだ、と言えばいいだろうか。


「ーーうが、が……! あの、人…形……おレに……ナニ、しヤガ…った……」


 ベネノパイダスは黄泉から舞い戻された死者のように呻く。


「……チカらが…勝手ニ……!」


 頭を押さえ、何かを否定するようにのたうちまわる。

幸いプレステイルの事は眼中から離れたようだ。


「討ち滅ぼすなら、今……!」


 のたうつベネノパイダスに向かって一直線に飛び降り、その首に剣を深く突き立てた。

今度こそとプレステイルが剣を引き抜こうとした時、ベネノパイダスの六つの眼が狂ったように紅く光る。


「ガァァァアア!」

「ーーな…!?」


 ベネノパイダスは無茶苦茶に暴れ、プレステイルは剣を手放し容易く降り飛ばされる。

吹き飛ばされた先には大きな岩。

プレステイルは咄嗟に両腕の翼を大きく広げ速度を殺し岩を蹴り着地した。

体格差があるとは言え、前回……いや、先程とは段違いのパワーだ。


「どういうことだ、おい…」


 ベネノパイダスの身体が跳ねるように痙攣し奇っ怪な音を立てながら腹部の傷は見る見る間に自己再生し、そして変身していく。

いや、変身という言葉すら生温い。

無理に言い表すならば生体の異常膨張、機械の異常な変形、そして生体と機械の融合化だろうか。


「ぎ、ギギギ」


 ベネノパイダスだった、その巨大な物体は低く呻り、各部から蒸気が吹き出した。

その姿はさながら物語に出てくるような土蜘蛛と言うべきだろう。

無数の紅い眼がプレステイルを捉え、その巨体の機械部分が次々と展開した。


「だから冗談もほどほどにしてくれよ……」


 次の瞬間、その赤い眼が輝き轟音と共にベネノパイダスから大量のミサイルが発射された。

ミサイルの軌跡がまるで孔雀のように拡がり、全て正しくプレステイルを捉え飛ぶ。


「本気かよ……!? ーー加速(ブースト)!」


 今し方いた場所が爆炎に消える。


「ーーこっちだ!」


 ベネノパイダスの後方に出現したプレステイルは拳を弓のように引き絞ると共に翼を硬質化させる。

一瞬の隙、狙いを定め放つ。


「ブレイドバラム……!」


 鋼の翼は容易く土蜘蛛を両断するはずだった。

金属音と弾かれる翼。

防がれたわけではない、単純に硬い、それだけだ。

ベネノパイダスが機械的に振り向きガトリング砲を放つ。

プレステイルは舌打ちをし、また消えるように加速して回避に努める。


 ベネノパイダスが撃ち、プレステイルがそれを回避する。

そしてまた、ベネノパイダスが撃ち、プレステイルがそれを回避する。

ーーこのままではジリ貧だ。


『セツナ、あれを見るんだ』


 頭の中の相棒が言う。

指し示した線上にはベネノパイダスの首筋。

その首筋にはプレステイルの剣が突き刺さっていた。

振り落とされた時に一緒に抜け落ちたものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。

しかも、剣とベネノパイダスは融合せずに互いに互いを反発し合ってるせいか、ベネノパイダスに傷を残し、イコール弱点になっている。


「ナイスだ、相棒」


 プレステイルは脚にグッと力を込め跳躍する。

だが、思ったよりも跳べない。

跳び損ねたわけでは無い、力が抜けていく感覚だ。


「ーーこんなところで……」


 変身限界時間。

莫大な力を引き出す代わりに大きな代償をその身体に要求する。

いわばツケなのだ。


 甲高い音がプレステイルを捉え、熱線が彼らに迫る。

力を振り絞り横に跳び避ける。


 着地と同時に駆けようとしたが、右の脚に電気が奔る。

激痛、上手く跳び立てず地を転がった。

先の熱線を避け損ない脚を負傷したようだ。

しかし、負傷しても休む暇など無い。


「ーーチィッ!」


 ベネノパイダスの攻撃は休まず、むしろ激しさを増してプレステイルに襲いかかる。

それを庇いながも何とか避ける。

ーー如何にかして最大限有効な一撃を叩き込めるか、それが問題だ。


 加速能力を使えば一番簡単にベネノパイダスへの一撃を決めるのは容易いだろう。

しかし、体力、身体のダメージから言って、あと一、二度使えれば良い状態だ。

しかも、その能力は全快時よりもスピードが劣るだろう。


 この状態で確実に仕留めるならば、隙が欲しい。

ほんの少しでいい。

命を燃やす時が、刹那が欲しい。


「ック……まだだ!」


 避けている間にも限界が近付いている。

プレステイルは攻撃の嵐の中おぼろげな土蜘蛛を見た。

大きく肢体を振り上げていた。

回避不能。


 ベネノパイダスの肢体は彼を軽々蹴り飛ばし、プレステイルは壁のように切り立った崖に叩きつけられた。

プレステイルが血反吐を吐く。

土蜘蛛がズシン、ズシンと大地を揺らし彼の前に進む。


「……僕の負け、なのか?」


 背中のキャノン砲がプレステイルに向けられ光が収束していく。

あと、数メートル、後ちょっとなのにーープレステイルは唇を噛んだ。

キャノン砲の少し前にはプレステイルが突き立てた剣。

そこまで行けば勝機が見えるのに。


 その無念を知ってか知らずかベネノパイダスの牙があざ笑うように鳴る。

もう、希望も何も見えない。


 光が収束仕切った。

後は消し飛ぶのを待つだけだ。

何も聞こえない。

何も感じない。

ただ自分への悔しさだけが残った。

目を瞑った。


「ゴメン、ナユ姉」


 カツン、その音は彼を一気に現実引き戻した。

プレステイルが目を開けるとベネノパイダスが大きく首を振り、彼の方とは違う方向を向いていた。

ベネノパイダスの視線の先を追う。

そこにはナユタが大きな石を持っていた。


「セッちゃん! 逃げて!」


 彼女は再び石をベネノパイダスに目掛けて落とした。

それはベネノパイダスに命中、ダメージにはなっていない。

むしろ、煽っているだけに過ぎない。

ベネノパイダスは攻撃目標を彼女に再設定した。


 後回しにしても問題無いと判断したか。

ナユタが何か叫ぶ。

プレステイルの額の宝石が輝き、無我夢中で翔び立つ。


「いい加減にーー!」


 プレステイルはベネノパイダスの首筋に取り付き左拳を振り上げる。

気が付いて振り払おうとしても、もう遅い。


「ーーしろよ!」


 拳は渾身の力で振り落とされた。

まるでハンマーで釘を打つかのように打たれた剣はベネノパイダスの奥深くに抉り込んでいく。

その勢いは止まることを知らず、ベネノパイダスを突き抜け、剣は地面に刺さる。


 土蜘蛛がグラリと揺れた。

剣が光の粒子になって消えた。

やっと終わったかーープレステイルが息をつこうとした瞬間、ベネノパイダスからたった一発のミサイルが放たれた。

ベネノパイダスは全ての力を使い切ったのか、地鳴りと共に倒れ溶ける。

その最期を横目に、ミサイルの行く末を見た。


「一体何処に撃って……。 ーーナユ姉、逃げろ!」


 その先には彼女がいる高台だ。

プレステイルは毒づきながら飛び立つ。

ただ、間に合え、と。


 幸いミサイルは高台に命中、彼女のいる足場を崩す。

ナユタが悲鳴を上げ真っ逆さまに落ちて行く。


 間に合え間に合え間に合え。

全てはスローモーション、落ち行く岩の形をひとつ残らず見えていると言うのに身体が追いつかない。

必死に手を伸ばすが、届かない。

これが限界だと言うのか?


「ーーナユ姉ッ!」


 彼の隣を赤い閃光が駆け抜けた。

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