5-7 トラスト・アンド・トラスト
だが、ベネノパイダスは嗤い出した。
セツナは低く唸るように睨みつける。
「ーー何が可笑しい……!」
「何か忘れてねぇか、プレステイルゥ?」
ベネノパイダスがわざとらしく戯ける。
彼がサッと身を翻す。
その後ろにはセツナの大切な人物であるナユタが磔に囚われている。
「俺にはまだ切り札が残ってんだぜ?」
彼女の不安気な顔の横にはホルシード兵の刃が突きつけられていた。
セツナがギリッと奥歯を噛む。
彼の様子を愉快に感じたのか、ベネノパイダスが上機嫌に嘲笑う。
「変身すんじゃねぇぞ? プレステイル?」
セツナが舌打ちし念じると、左手の光の剣が粒子に弾け消えた。
そして、代わりに握られていた柄、フェザーエヴォルダーをベネノパイダスの足元に投げ捨てる。
「好きにしろよ」
どうして……。
ナユタは声にならない声で言った。
「…クッ、クククッ! マジかよ、プレステイルゥ!」
可笑しくてしょうがない。
ベネノパイダスは抑える事が出来ないほどの邪悪な笑みを浮かべつつセツナに歩み寄りながら異形の者へと変貌していく。
「ーーベネノパイダス……!」
セツナが苦虫を噛み潰すようにつぶやく。
ベネノパイダスの六つの紅い目に睨み見上げるセツナが映り込む。
なるほど、見れば見るほど華奢で小さな少年だ。
下手すれば少女だと言われても違和感は無いだろう。
ベネノパイダスはそんな彼が精一杯強がっているように見えて加虐心が煽られる気がした。
ベネノパイダスの影がセツナに伸びた。
「ぐっ……!」
まずは腹部に一撃。
その強い衝撃に耐え切れず、うずくまりそうになる。
簡単には殺さない。
変身さえしていればこんな痛み……ーーセツナはこんなところで、変身している時に如何に自分が無茶な行動を繰り返しているのかを悟った。
変身してなければただの少年、嫌って程痛感する。
「ーーセツナくん!」
ナユタは自分が囚われの身であることすら忘れて、彼の身を案じ叫ぶ。
しかし、彼は身体を引き裂くような痛みを堪えつつ立ち上がる。
セツナの表情は険しく、だが、どこかまだ絶望に沈まず希望を持つ者の表情だった。
この状況で何も根拠無く不敵な表情をするはずもない。
もし、ハッタリのつもりなら大うつけ者だ。
第一意味がない。
その不敵な顔の理由はすぐに見つかった。
「ーーまだまだガキくせえな、プレステイル?」
「……!」
ベネノパイダスが指でつまんだのは細い、蜘蛛の糸のように細いピアノ線だった。
それはセツナの手からベネノパイダスの遥か後方のフェザーエヴォルダーまで伸びている。
セツナの表情が見る見る間に曇っていく。
そう、その表情だ。
その絶望に沈み行く表情が堪らなく好きなのだ。
「てめぇの切り札、安直過ぎんじゃねぇの?」
大方、密かに手繰り寄せ隙をついて変身し奇襲をかける算段だったのだろう。
雨を受け露が滴り落ちる糸をプツンと切る。
セツナは希望の糸を断たれ、絶望に落ちて行く心地すらした。
「くっくっく、良いぜその顔。 もっと見せてくれよ……っと!」
ほんの軽く蹴り上げる。
ベネノパイダスにとっては軽く、だが、セツナにとっては強烈な一撃。
彼の身体は宙を舞い、まるでボールのように吹き飛ばされた。
一度、二度地面を跳ねようやく止まる。
「ーーガハッ……!」
鉄の味と泥の味が口の中に広がる。
何処が痛むのか、無論全身が痛い。
目の前の泥に赤が混じって行く。
セツナは全身に力を込める、まるで産まれたての子馬のようだ。
「……ガッ!?」
立ち上がろうとするセツナの横には既にベネノパイダスが立ち塞がり、足を彼の頭に向かって振り下ろした。
ナユタはもう何も見てられなかった。
「惨めだなァ……プレステイル!」
もうやめて……ーー彼女の悲痛の声は届かない。
頬を濡らすのは雨か涙か、判別できない。
セツナの呻き声に反比例してベネノパイダスの行動は次第にエスカレートしていく。
「オラオラァ、反撃してみろよォ! ヒャハッハッハァ!」
彼の頭を足で踏みにじり、そして、続け様にまた蹴り飛ばす。
セツナが小さく呻く。
次はボールのように跳ねること無く、彼の背にある崖に激突し止まる。
ずるりと糸の切れた人形のように赤の色を残し座り込む。
「さ、て、と! そろそろ終わりにしてやろうかな」
ベネノパイダスの右の肢体が光に包まれて変化していく。
刃だ。
直接、とどめを刺そうと言うのだろうか。
「セツナくん……逃げて……!」
彼女の声が届いているのかすらわからない。
ただ、彼はジッと俯いているだけだった。
ナユタは目を背けようとしたが、ホルシード兵の剣がそれを許さない。
蜘蛛の牙がキチキチと嬉しそうに鳴る。
「死ねよ、プレステイル……!」
今まさに稲穂を刈り取る死神のようにベネノパイダスの刃が振りかかる。
だがーー。
「ーーくっくっく……あーっはっはっは!」
だがセツナは場違いに笑い出す。
堪え切れずに吹き出した、そう言っても良い。
「何が可笑しい!」
「ーーいや、とことんお前は馬鹿だって思ってね」
次の瞬間、衝撃が奔る。
小さな緑の残光がベネノパイダスを激しく打ち付ける。
嵐のような攻撃に狼狽え、今度はベネノパイダスが泥を舐める番だ。
「形勢逆転、だな」
見上げると立ち上がった少年が見下していた。
スイッと彼の肩に小さな緑の鳥が止まる。
セツナは肩の緑の鳥に話しかけた。
「ーーサンキュー、相棒」
「君にそう言われるとむず痒いな」
緑の鳥が少し照れ臭そうに言う。
彼のほかに楯突く協力者がいたと言うのだろうか?
「そんなわけーー!」
言いかけてハッとする。
セツナが投げ捨てたフェザーエヴォルダーを探し見回す。
ーー何処にも無い。
ベネノパイダスは彼の肩に止まっている緑の鳥を睨みつけた。
「プレステイルゥ……!」
「お前の想像通りだよ、ベネノパイダス」
緑の鳥はすなわちフェザーエヴォルダーであるのだ。
そもそもフェザーエヴォルダーとはただ単にセツナをプレステイルに変身させる為だけの道具ではない。
セツナと同化している宇宙精神体繋ぐモノであり、その意識を顕現させる役割も持つ。
セツナはその機能を応用し、フェザーエヴォルダーに頭の中の彼の意識を顕現した。
それを緑の鳥に変身させ、ベネノパイダスを襲撃したのだ。
「きみって奴は……無茶はほどほどにと、あれ程言ってるのに……」
「お前がいるからこんな無茶ができるのさ」
ベネノパイダスがダメージを堪え立ち上がると吼える。
ーーそうだ。
まだ、切り札が残っている。
まだ、形勢逆転とはいかない。
「プレステイルゥ! まだ、俺には切り札がーー!」
「ーーもう残っちゃないぞ?」
「なに!?」
ドサリと何かが倒れる音が遥か後方で聴こえた。
反応し振り返るとただ少女が磔から解放されその場に座り込んでいた。
それに加え、その足元にはホルシード兵は破壊され倒れていた。
「そうさ、あんたが僕に夢中になっている間にさせてもらった」
ナユタを救出するには大きな問題があった。
それは彼女近くにいたベネノパイダスとホルシード兵の存在だ。
変身している状態ならばホルシード兵ぐらい出し抜けるだろうが、ベネノパイダスはそうもいかなかっただろう。
安全に救出する為にベネノパイダスを引き離す必要があった。
故に油断させる為に自らを囮としたのだ。
「僕らプレステイルがたった一人だけと思っていたお前の負けだ。 ーーいくぞ、相棒……!」
「ああ! 了解だ」
セツナが左手を天にかざし合図すると緑の鳥は光に包まれてその手に収まる。
やがて光は一本の柄、フェザーエヴォルダーに姿を変えた。
「ーー変身……!」
フェザーエヴォルダーを引き抜くと光と暴風が巻き上がりセツナを強き鳥人の姿に進化させていく。
突風は降りしきる篠突く雨さえも吹き飛ばし、雲の合間から光が刺す。
セツナ、いや、プレステイルの額の赤き宝石が輝き、右腰から剣を抜き放つ。
「ーー悪の炎を掻き消す疾風! プレステイル!」
鷹のような視線を、切っ先をベネノパイダスに向ける。
立ち上がり吼える。
「おのれ、プレステイルゥ!」
剣を水平に構え、呼吸を整える。
今迄にない程に心静かだ。
逆上し、襲い跳びかかるベネノパイダスの動きさえも手に取るように見える。
カッと目を見開き、振るう。
そして、閃光ーー。
「ーーセツナくん!」
閃光が交差し、プレステイルとベネノパイダス、互いに背を向け着地した。
二人は微動だにしない。
「ーーック……!」
先に膝を着いたのはプレステイル。
ベネノパイダスがニヤリと嗤いながらとどめを打つべく振り返る。
だがーー。
「な、に……!?」
だが、グラリと歪む視界。
緑の血液があたかも噴水のように噴き出ていく。
次の瞬間再び泥を舐め、そのまま視界……意識はブラックアウトしていった。
プレステイルは剣を杖に立ち上がり、既に事切れているであろうベネノパイダスを見た。
「僕らの……勝ちだ……!」
厚い雲はすっかり晴れ渡り太陽が覗いていた。




