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疾風!プレステイル  作者: やくも
第五話 素顔の仮面
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5-5 むじゃきなちかい

 ーー篠突採石場に近づくにつれて雨足は次第に強まる。

ーー身を打つような雨の中、セツナは幼い頃の苦い惨めな記憶を思い出していた。


・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・


 ……セピア色の中、僕よりも大きな少年たちがグルリと一周囲んでいる。

その少年たちは次々と輪の中心の僕に何かを言っていた。

何を言われたのか、5歳の頃の僕はぐずり、やがて泣き出してしまう。


 涙でぼやける視界の間から通り掛かる少女が見えた。

その少女はすぐに異変に気が付き、すぐさまこちらに向かって走り出し大声を出す。


「ーーコラ〜!」

「げ、やべえ! 逃げろぉ!」


 彼女の声に気が付いた少年たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。

つまづき転びそうに逃げていく光景は幼心に滑稽に思えてきた。


 そうして、少女が僕の真横に来る頃には少年たちの姿はなくなっていた。

少女が、こんどまたイジメてたらホントにおこるんだから、とフンスと意気込むと優しくこちらを見て微笑む。


「せっちゃん、だいじょうぶだからね?」

「な、なゆねぇ〜」


 僕は安心してワッと泣き出す。

そして、それをあやすように撫でる少女はナユタ……ナユ姉だ。

その光景、我ながら情けなく思えた……いや、今も情けないままか。


「みんなね、ぼくをいじめるんだ。 おとこおんな、おとこおんなって」


 その頃の僕は髪を長く伸ばしていた。

どこからどう見ても少女にしか見えないくらいに。

この所為でよく男のクセに髪を伸ばしているとかいう理由でいじめられていた。

また恐らく、当時内向的過ぎる性格……情けない性格も合わせて、だろう。


 余談ではあるがこれは双子の姉妹を強く願っていた親父の所為であるらしい。

それを聞いた11歳の頃の僕はすかさず親父にシャイニングウィザードをかけていた。

だから、遺恨なんか少しも、ちっとも、残っていないはずだ。


「わたしがまもってあげるから、なかないで。 ね?」


 今の姿からは想像もできないが、あの頃のナユ姉はとても頼り甲斐があった。

どこに行くにしても彼女の後ろについて行ったし、彼女はそんな僕を邪険に扱わず、むしろ守るべき幼馴染、いや弟として認知していたようだ。

いつでも僕の味方でそんなかっこいいナユ姉が大好きだった。


「うん、なゆねぇ…ありがと…でも」


 しかし、僕は彼女に守られている僕自身が嫌いだった。

僕は強くなりたかった。

しかし、変わる勇気はなかった。

それがますます僕を内向的にしていった。


「でも、ぼくつよくなりたいんだ。 なゆねぇをまもれるくらいに」

「せっちゃん…。 ーーじゃあ、きたいしてまっててもいいかな?」

「うん!」


 だがしかし、それでも幸せだった。

いつまでも続く幸せだと思っていた。

所詮守られている幸せなんて脆い。


 ある、夏の日の事だ。

その日、自治会の大人たちに連れられ近くの森に会った川に遊びに行った。

大人たちは目的地に着くやいなや酒盛りを始め、子どもたち……僕らは川遊びに夢中だった。

とても暑くて、まさに絶好の水遊び日和だったのを覚えている。


 やはりここでも僕は内向的な性格からか自治会の子どもたちの輪には入らずにずっと独りで遊んでいた。


「せっちゃん、あそぼ?」


 そんな時でも手を差し伸べてくれたのはナユ姉だった。

彼女にはたくさんの友達がいただろうに、僕よりも友達と遊びたかっただろうに、僕なんかに気を使わずにみんなの中心にいる人気者だったのに……。

いつも気にかけてくれるナユ姉に申し訳なさを感じていた。

それと同時にナユ姉を独り占め出来ているような優越感、嬉しさを感じていた。


「つなくんばかりずるいのさ!」


 ああ、そう言えばクオン、……クーもよくそう言って遊びに度々乱入してきた。

いつものメンバーと言えば聞こえは良いが、これが僕の世界のすべてだった。


「なゆねぇ、あっちであそぼ!」

「くー! なゆねぇ! まってよ〜」


 この時間までは楽しかった。

楽しくて大人たちの目から離れ、届かなくなっていることに誰も気が付かなかった。


「ーーよっと!」

「おお! くーちゃんすごいね!」

「いやぁ、それほどでも……あるけど!」


 クーが岩から岩へ飛び移る。

僕らは遊びに来た河原から離れた森の中に入って行った。

そこで、まるで川に飛び石のように点在する岩からまた別の岩の上に飛び移るという遊びをしていた。

何が面白いと思っていたのかわからないが、当時は子どもだったということだろう。


 川の半ばまで来たナユ姉が振り返り、手を振って僕を呼んだ。


「おぉい! せっちゃんもおいでよぉ!」

「うぅ、……でも……」


 下を見る。

大きくなった今ではそこまで急な流れの川とは思えないが、当時の僕にとってはごうごうと流れる濁流のように思えた。


「つなくん! おとこらしくないぞぉ!」


 クーがナユ姉の隣で僕を煽るように言った。

それはいやだ!ーー僕は意を決して飛び出した。


「で、できた…!」


 一段目は余裕でクリア。

ナユ姉が自分の事のように喜んでくれた。

僕は嬉しくなった。

なんせはじめてナユ姉に頼らず出来た事だ。

少し大人になった気分がしたのだ。


「……とぉっ…!」


 よせばいいのに僕は調子に乗って二つ目の岩に飛び移る。

出来た。

次の岩を見る。

飛び移った。


 ナユ姉のいる岩に近付く事で、精神的にも彼女の側に……守られる存在から対等に立てる気さえしていた。


「……いくぞぉ……!」


 そして、いよいよナユ姉が待つ岩の一つ前まで来た。

僕は今まで以上に気合を入れた。

彼女にカッコ悪い所は見せられない、そんな風に思っていた。

岩から飛び出した。

どこまでも行ける気がした。


「ーーあ……!」

「せっちゃん!」


 現実なんて、どこまでも飛べるはずはない。

岩には届いたものの、僕は着地に失敗して川の中に真っ逆さまに落ちた。

川のど真ん中にある岩だ、当然濡れて滑りやすくなっていたのだ。


「ーーな、なゆ……ねぇ……!?」


 僕はパニックに陥っていた。

水底に足が着かないとか、流れが早くて為す術もなく流されるとか、それ以前に泳げないとか、そんなのは大きな問題ではない。

何故だかわからない命の危機を感じた。


「くーちゃん! おとなをよんできて!」

「う、うん! ーーなゆねぇは?」

「わたし、せっちゃんをおいかける!」


 がぼがぼと水の音が耳を覆い、水の飛沫が目を塞ぐ中、遠く小さくなる彼女に助けを乞うように手を伸ばした。

ナユ姉が川に飛び込み、流される僕を追って泳ぐ。


「せっちゃん!」

「ーーな…ゆ……ね」


 苦しい。

辛い。

この小さな力では自然に逆らう事は出来ない。

無力だ。

漠然と最期を感じた時、僕の手を誰かが掴んだ。


「な……ゆーー」


 途切れそうになる意識の中彼女が、だいじょうぶだよ、と微笑む。

僕はまた、情けなく、惨めな気持ちがした。


 ただ僕は彼女に近付きたかっただけなのに。

弱いままじゃ、届かない。

僕の意識は惨めさの中に沈んで行った。


「ーーなゆねぇ……?」

「せっちゃん……! ……よかった」


 次に目覚めた時は河原のすぐ側だった。

倒れた僕をナユ姉が覗き込むように座っている。

彼女の顔を伝って水が僕の顔の上に落ちた。

泣いているの?ーー水の感触がこそばゆくて手で拭う。

手が赤い。


 何故、赤いのかわからなかった。

確かに体のあっちこっちは痛かったが、擦り傷や切り傷なんかの痛みでは無かった。

むしろ打撲、どこかで打ったような痛みだったからだ。


「ーーなゆねぇ?」


 ナユ姉がぐらりと何の前ぶりもなく横に倒れた。

僕は慌てて起き上がり彼女の顔を恐る恐る覗き込む。

理解出来ない恐怖が僕を襲った。


「なゆねぇ! ち、ちが……!?」


 ナユ姉の額から流れる赤い液体。

紛れもなく血であり、僕は再び……いや、それ以上にパニックに陥ってしまった。

彼女がこのまま死んでしまうんじゃないだろうか、と。

それなのに……。


「ーーよかった、せっちゃんがぶじで」


 ナユ姉は息も絶え絶えにニッコリと気丈に笑う。

泣く僕を安心させたかったのだろう。


「なゆねぇ、ごめん…ごめんね」


 しきりに謝る僕にナユ姉は僕の頭を撫でて言うのだ。

僕はただ泣いていて無力さを知った。


「せっちゃんがげんきならそれでいいよーー」

「なゆねぇ!?」


 ナユ姉の手から力が抜けてするりと地面に落ちる。

僕は何も出来なかった。

ナユ姉のこんなに苦しそうな顔ははじめて見た。

僕は守られてばかりいる自分を呪った。


「なゆねぇ、ぼく、ぜったいにつよくなってなゆねぇをまもるから…。 だから……」


 気を失った彼女の横で僕は誓う。

ポツポツと降り出した雨がナユ姉の血の赤を溶かしていく。

僕はいつの間にか大泣きしていた。


「なゆねぇ! ぼく、ぼく……ぜったいに……!」


 僕の声を掻き消すように雨足は次第に強く僕らに激しく打ち付けて行った。


・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


 ーーあの後、すぐに大人たちが来てから彼らは保護された。

ーーナユタは奇跡的に一命を取り留めることになったのだが、双方の心に深い傷を負わせた。


「ーー強くなければ、守れないんだ」


 ーーセツナは自分に言い聞かせるようにつぶやく。

ーー彼に暗闇のような影がさす。


 ーーハッと目が覚めるように気が付く。

ーー目の前には巨大な影、見上げたセツナは絶句する。


「……ここまでするか、普通」


 ーーもはやギャグでしかない。

ーー巨大な影の一撃はセツナの上に降りかかる。

ーーフェザーエヴォルダーを抜き放ち、光の奔流が渦巻いた。

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