5-4 レター・オブ・チャレンジ
何処だ?
何処にいるんだ?
早とちりと馬鹿にされてもいい。
頼むから姿を見せて笑いかけてくれ。
「ーーナユタ……」
セツナは祈るような思いであらゆる声を置き去りにしながら街を駆け巡る。
通行人を縫うように避け……肩がぶつかったのは一度二度ではない。
時間ばかりが経ち、風が汗を乾かしそして汗をじっとりとかく度に焦っていくのを感じる。
「ーーナユタ……」
セツナは彼女が自分を探しに通ったであろう経路を推理、探す。
公園、いない。
飲食店、いない。
近くの、あらゆる脇道……いない。
「ーーナユタ……」
恐らく彼女はセツナを探すことに夢中で気付かずに人気が少ない郊外へ邁進して行ったと思われる。
彼女は自他認めるほどの方向音痴だ。
セツナの推理が正しければ、ナユタは何処か知らない場所に出てしまいケータイで助けを呼ぼうにも呼べない状況である。
ケータイに繋がらない理由はそれで説明できる。
楽観的に考えるなら、圏外・電源が入ってない、もしくは故障だ。
それだけであれば、どうとでも見つけて保護すればいい。
悲観的に考えるなら、トラブルに巻き込まれた。
それもとびっきり厄介なものだ。
例えば、エグスキ……ベネノパイダスに襲われた、……そう考えることもできる。
「ナユタ、何処にいるんだ! ーーナユ姉ー!」
セツナは人目をはばからず叫んだ。
ーーもっとも、周りには人どころか、気配は無かったが。
彼が息を切らせ、項垂れるように止まったのは街外れにある、とある山の入り口。
セツナは近くの木に鬱憤を叩きつけるように殴る。
「ーーナユ姉……何処に行ったんだよ」
いつまでも探しても何処にもいない。
もしかしたら、この地球にいないような……そんな気さえする。
「ナユ姉……」
見上げた空がグニャリと滲みそうになる。
いつの間にか青空を曇天が覆い黒ずむ。
まるで自分の心を写しているかのようだ。
心細い、いや、違う。
ただ怖い。
また巻き込まれているかもしれないと思うと不安で不安で仕方ない。
彼女がいなくなって、……そのまま消えそうで。
ーーどうやら僕は強くなったつもりだけだったみたいだ。
強がりの仮面の下はいつも怖がりで弱虫の素顔。
彼女のヒーローだとはとても言えない。
「ーーセツナ?」
後ろからの不意の声に慌てて顔を拭い去り振り返る。
いたのは彼の妹、クオンだ。
ジャージでその場駆け足をしているところを見るに空手でロードワーク中なのだろう。
「クー……? 珍しいな、お前が練習なんて」
セツナはできるだけ平静を装い皮肉る。
彼女がその言葉にあっけらかんと返す。
「いやいや、ちょいとウェストが……って言わせんな!」
「クーが勝手に自爆しただけだろ!」
放たれた正拳突きを回避しながらツッコむ。
人のことは言えないが、本気で正拳突きを繰り出すとは……。
普通の一般人だったら一撃でノックアウトされていることだろう。
「ったく、あたしのことはいいの! ーーそれよりセツナ、あんたに手紙!」
「ーー僕に?」
クオンがジャージのポケットから取り出したのは白い封筒。
受け取り見る、……差出人は書いていない。
セツナは嫌な予感しかしない封筒の端を破く。
「ーーどれどれ」
「勝手に覗き込むな」
中には畳まれた紙が一枚。
セツナが彼女から隠すように手紙を開く。
読む彼の顔がみるみる曇る。
『ーー貴様が大切にしているモノを預かっている。 十七時に篠突採石場にて待つ』
大空市の隣接市である篠突市にその採石場はある。
ここからあまり遠くなかったはずだ。
「ーーこれを誰に貰った?」
クオンは少し考えてその人物を思い返す。
「……知らない人だよ。 若い、ガラの悪そうな男の人、セツナのことを知ってたから知り合いだと思ったけど……?」
「ーーああ、知り合いだ。 会いたくないがな」
ベネノパイダス……!ーーセツナはその名を噛み砕く。
そして、篠突採石場がある方向を見上げる。
手紙の中に、大切なモノを預かっている、と書いていた。
恐らく大切なモノとはナユタであると思われる。
彼女を物扱いされていることに苛立つ。
セツナは右手の時計を見ると16時を回っている。
今から向かえば、充分に間に合う。
罠が仕掛けられてなければ。
「ーーナユ姉を預かっているから向かえに来い、だとさ」
「なるほどね、……ってナユ姉?」
罠である、そう考えるのが自然だ。
ただで返してもらえるとは思わない、純粋に決闘だけをするとは思えない。
恐らくベネノパイダスはプライドすら投げ捨て、……いや、彼にプライドがあるのかは怪しいが……、何にせよなりふり構わず抹殺しに来るだろう。
ーーだったら蜘蛛の巣に引っかかりに行ってやろうじゃないか。
バードイーターがなんだと言うのだ。
自然界の弱肉強食の摂理を嫌ってほど教えてやる。
「クー、すまないが帰るの少し遅くなる」
「ちょ、ちょっと!?」
クオンが疑問を口にする前に彼は駆け出しあっという間に何処かに消えた。
今から追い付くのは無理があるだろう。
彼女がため息をついた。
「ーーにしても、『クー』に『ナユ姉』ね。 随分久々に聞いたよ、その言い方」
彼の幼い頃の呼び方だった。
その頃の彼はとてもなよなよしくおとなしい女の子といった雰囲気だった。
しかし、成長するにつれ、それはなりを潜めその頃の呼び方をしなくなっていた。
あの頃に比べれば充分に頼りになるし、もはや別人のようだ。
ただ、ふとした瞬間に彼の脆さを感じてしまうことがある。
「あいつ無理してるんじゃないかねぇ」
クオンは彼が走り去る際に例の手紙を落として行っていることに気が付き、それを拾い上げる。
読み上げるクオンがしかめっ面になった。
「げ、果たし状じゃんよ、コレ」
何してんだアイツーークオンが長い髪をクシャリとかく。
「ーーいや、ちょっと待てよ……こう考えたなら……ナルホドね」
確か彼が行く前にフッと零したのは彼女の名、そしてただならぬ彼の焦燥感を感じた。
それは使命感、いや、強迫観念と言ってもよい。
もしも、クオンが推理していることが正解ならば、最近感じていた彼への違和感が全て説明が付く。
「頑張ってくれよ、『ツナくん』」
クオンが彼が走り去った方向の空を見上げると、まるで天に帰るように一直線に飛行機雲が伸びていた。




