1-4 少年とトカゲとそれから鳥
抜かった。
奴がここまで執念深く、タフネスであるとは。
牽制しつつ誘い込んだのは……いや、追い詰められたのは建設中のビルのフロア。
息を潜め、影から広間の様子を伺う。
リザードマンはおどけるように放置された機材をぶちまけながらも彼を探している。
その姿は正に殺戮だけを目的とした狩人。
牽制目的だったとは言え、投げつけた石は普通の人間であるならば十二分に殺傷する程であり、そのつもりで致命傷となりえそうなポイントに当てていた。
しかし、こうもピンピンされると恐怖心を煽られるどころか逆に呆れてくる。
「……いよいよ腹を括るしかないな」
セツナは静かに深呼吸を一回、拳キュッと握る。
逃げ回って分かったことがある。
奴は決して無敵では無い事だ。
生物である以上当たり前の様に思えるが、あの暴れっぷりを見たあとだ、生身で敵う相手だと思えない。
ましてやこちらは普通の少年であり、手助けも期待できない。
つまり勝ち目は無い。
がしかし、勝ち目が無いと言う事が同時に勝機でもある。
奴はこちらを普通の少年だと思って油断している。
その証拠に最初に見せたような熱光線を使っていないし、どこかおどけたように侮っているように思える。
狩人の立場は揺るがないという自信の表れか。
「…馬鹿にしやがって」
ここが整理整頓のなってない工事現場である意味助かった。
武器の調達に困ることがないからだ。
眼にもの見せてやる、と言わんばかりに傍の、鉄杭を打ち込むために使ったのだろうか、鋼鉄製のハンマーを手に取る。
ズシリとした重さが妙に心にのし掛かった。
遠距離戦が駄目ならば近距離戦で決める。
セツナは音を立てぬように細心の注意を払いながら、物影から物影へと飛び移った。
チャンスは一度で一瞬、一撃で決めねばならない。
わざと足元に転がる小石を軽く蹴り出す。
こちらに気付くと共にリザードマンが嬉々として近づいてくる。
深呼吸一回、気持ちを落ち着ける。
この一瞬が永遠に感じる。
セツナ自身ケンカ慣れしている訳でもない。
ここまで落ち着けるのはあのバカな姉を守る、いや、守らなければいけないと言う強迫観念からかもしれない。
もう誰にも頼れない、あとにも引けない。
リザードマンの足音が一番大きく、最接近し、セツナは短く強く息を吐きながらそして。
「ーーー!」
一気にハンマーを振り下ろす。
リザードマンはそんな奇襲を予想済みだったのか、左腕で簡単にそれを防いだ。
セツナは素早く後ろに手を延ばし隠し持ったモンキーレンチを取り出し投げ付ける。
更なる奇襲に驚く風でも無くそれを軽々避けた。
「ザンネン、ダッタ、ナァ」
ケッケッケとリザードマンが眼を光らす。
セツナがグッとハンマーに更に力をいれる。
「僕のジョーカーは2枚だけじゃ無いぞ?」
リザードマンの後方から大きな金属音。
グラリと背中越しに何かが近づく気配、背の高い金属製の物置棚だ。
物置棚には機材が大量かつ乱雑に置かれていたか、もしか棚自体が古くなっていたせいか、あるいは両方か、何はともあれバランスが悪かった。
そこに衝撃を加えれば……火を見るより明らかだ。
リザードマンはそれを受け止め、撃ち溶かそうと右手を咄嗟に伸ばす。
その瞬間、セツナはハンマーに入れていた力を抜いてそれを滑らせる。
受け止めるために力を入れていたところ急にそれが無くなるともうバランスを崩すしかない。
一瞬でも別の方向に気が向いていたならば尚更だ。
「そして、4枚目…!」
リザードマンの右手から放たれた熱光線は棚を大きく外れコンクリートの天井を穿つ。
セツナは滑らせたハンマーの勢いのまま、後ろの物置棚の足を振り抜く。
同じくバランスを崩し、倒れ行く金属製の棚に雪崩が如く落ち行く機材。
その凶器の勢いをなす術も無く一身に受ける化物。
セツナはその様を確認せずに転がりながら退避した。
化物の叫びが醜く響いた。
残されたのはガラクタの山と砂埃、そしてセツナだけだった。
セツナはため息をつきながらぺたりと座り込む。
あえて何も言わない。
ガラクタの山と化した瓦礫をぼんやり眺める。
我ながら上手くやれたものだ、と。
瓦礫がガラリと音を立てて崩れる。
ーーもう遠くに行ったかな…。
セツナがハンマーを杖にしてヨロヨロと立ち上がる。
天を仰ぎ息を吸う。
眩しいな……ポッカリと空いたビルの天井から初夏の太陽が覗く。
セツナを照らし、もう一方は瓦礫の上に立ち上がる傷だらけのリザードマンを。
「体力バカが……!」
その表情は明らかな怒りを含んでいるように見えた。
リザードマンの皮膚はところどころめくれ更にグロテスクな姿となっていた。
その皮膚の下には生物らしからぬもの、機械が詰まっている。
ロボット……いや、サイボーグと言ったところか。
通りで……、セツナはため息をつきつつ再びハンマーを構える。
背中を見せても見せなくも結果は同じだ。
だったら、むざむざやられるものか。
せめて一太刀をいれる。
セツナはこちらに向かって跳躍するリザードマンに渾身の力を込めて叩き打つ。
が、それよりも速くリザードマンの手はセツナを捉えた。
迎撃することも防ぐことも避けることも叶わない。
「ーーー!」
声にならない叫びに目の前を覆うリザードマンの手のひら。
化物の手が万力のようにキリキリをセツナの首を締め上げた。
肺が骨が悲鳴をあげている。
何もどうすることもできない。
セツナは薄れ行く意識の最中にリザードマンを睨む。
眼の奥のカメラアイが怪しく灯る。
もう少し力を入れるだけで少年の首はさながら小枝のように潰れてしまうだろう。
だが、このまま楽にはさせない。
油断をしていたとは言えこの機械の身体にキズモノにしたのだ。
礼にじっくりといたぶってやろう。
思わず顔が歪む。
「サテ、ドウシテ クレヨウカ?」
「!!!」
痛いとか苦しいとか激痛とかそんな話じゃない。
命に直接触られるような味わった事のない苦しみの嵐の中ただ想うのは後悔ではない。
ナユ姉…ちゃんと逃げたかな……、ただあの笑顔だけが思い出される。
後悔が有るとすればナユタを最後の最期まで守れなかったことか。
見上げた最期の太陽はやけに眩しかった。
「ヤハリ、オマエハ、ココデシネ」
一層力がこもり、酷く嫌な音がした。
呻きすらあげる暇なく少年から力が抜ける。
リザードマンが満足げに覗き込む。
これで…終わりなのかな?
それにしても太陽ってあんなに綺麗な緑色だったっけ?
その時だ。
緑色の閃光がリザードマンの腕を撃つ。
思わぬ痛みと衝撃に獲物を取りこぼし仰け反る。
少年は地面に叩きつけられて小さく呻く。
光の珠が緑の粒子を散らし二度三度振り子のようにリザードマンに突進を繰り返す。
リザードマンはなす術無く猛攻に耐え晒され、やがて限界を迎え吹き飛ばされる。
「グワーッ!」
光の珠が音も無くセツナの傍に立つ。
ボンヤリと霞む夢のような光だけの風景の中セツナは見た。
彼を守るように立つのは緑色の鳥人。
脚色気味に言ってもリザードマンとはワケが違う。
それは麗しくそして美しい。
その姿はまさに……。
「ヤハリ、キタカ『プレステイル』ッ!」
ガラリとリザードマンが忍び笑いながら瓦礫の中から這い立ち上がる。
鳥人がキッと奴を睨みつける。
『悪の炎は全て掻き潰える。 私の嵐によってな!』
私が必ず助けるから……ーー鳥人はセツナにそう鈴のように囁いた。
たっ、と鳥人が軽くステップを踏み、消える。
否、リザードマンに向かって飛びかかった。
鳥人にとってはほんの軽くステップしただけであろうが、現在の少年にとっては瞬間移動のそれに近い。
鳥人は前腕部から伸びた翼を硬質化させ、それで斬りつける。
リザードマンがそれを防ぎ反撃する。
そしてそれを鳥人が受け流しまた反撃を試みる。
嵐のような応酬、としか表現出来なかった。
あんな奴に喧嘩売ってたのか、僕は。
『く……ッ!?』
どんなものにも終わりが訪れるように嵐のような攻防は収束を見せていた。
鳥人が押し負けて行くと言った結果で。
リザードマンが気味の悪い笑みをこぼす。
「コノホシデハ、100%ノチカラガダセナイヨウダナ」
『そんなこと……無いッ!』
右手にグッと力を込め、丁度裏拳のように振るう。
硬質化した翼が踊り煌めく。
狙うは首筋、急所だ。
『……え?』
驚愕の表情。
緑の光が砕けて散って行く。
奴は何もしていない、そぶりすらしていない、ただ攻撃を受けただけ。
なのに何故振り抜いた右腕が砕けている。
「イヤーッ!」
痛恨の一撃が鳥人を襲う。
緑光の粒子を散らしながら鳥人が宙を舞う。
地面をスライドするように叩きつけられ転がる。
セツナの側まで転がってくる頃には、美しい姿は泥と埃と血でとてみみすぼらしく見えた。
『…!』
鳥人はパッと光に変化しセツナを包む。
あたたかくも無くつめたくも無く、むしろ心地良い風が吹き抜けるような…光だった。
セツナの意識はそこで眠るように途切れた。
光がリザードマンから逃げ飛び立つ。
「ニゲラレタカ。 ……シカシマアイイ、タノシミハトッテオクモノダ」
リザードマンの顔が邪悪に歪んだ。