4-9 蜘蛛の焔
「チクショウ……チクショウ…!」
ベネノパイダスは恨み言を吐きつつ彼らの母艦に帰還していた。
その姿は最早ボロ雑巾と言っても過言では無かったが、その六つの眼にはプレステイルへの憤怒の炎が燃えていた。
「この際プライドは抜きだ……! アイツを倒せりゃどうでもいい!」
プライドなど捨ててもプレステイルを倒す事が出来れば十二分にお釣りがくる。
そのためにはもっと力が必要だ。
もっと絶対的な力が……!
「ーー随分と手こずってるようですね」
「……テメェは……!」
ベネノパイダスが声の方を振り返ると一人の女性ーーフェニーチェが薄い微笑を浮かべいた。
右腕の刃を彼女の首元に突きつける。
だが、その刃もまた、本当に斬れるのかが怪しい程に刃こぼれをおこしていた。
「おや、上司に対しての対応とは思えませんね」
「今となっちゃあ関係ねぇ!」
クスクスと笑うフェニーチェに対し、ベネノパイダスは明らかに攻撃的な態度をとる。
「どうしてあんなところにいやがった……!」
問い詰める刃がフェニーチェを襲う。
彼女はその笑みを崩さぬまま、それを打ち払う。
ベネノパイダスが舌打つ。
「いや、違ぇ……。 なんでプレステイルの手助けなぞしやがったんだ……!」
頭の奥底でずっと引っかかっていた。
占拠したバスの中にいた事もそうだが、仲間であるはずのベネノパイダスの眼を眩ませ、その次の瞬間にはプレステイルが現れていた。
「ーー裏切った、つもりか?」
あの裏切りの所為でベネノパイダスは奇襲を受け、折角の人質や手放す羽目となった。
そして、それを助けにのこのこ現れたプレステイルを袋叩く為に用意した人形……ホルシード兵をも結果的に失うこととなったのだ。
フェニーチェ自身は何も攻撃はして無いものの裏切ったと十分に言えるだろう。
「さて、何のことやら? 私は船長を裏切った覚えはありませんね」
「ーーチッ、そういうカラクリかよ」
ベネノパイダスが唾を床に吐き捨てる。
所詮彼女はあの男、ラウの操り人形、全て言いなりだ。
あの男は是が非でも自らの立場を譲り渡すつもりは無いらしい。
この敗北のシナリオも手の平上であると考えると反吐が出る。
「ーー手を貸しましょう」
ベネノパイダスは驚くどころか、怪訝な表情を見せた。
それも無理はない。
フェニーチェはラウの操り人形、あの男が立場を譲り渡すつもりが無ければ彼女も妨害こそしても手助けはしないだろう。
いや、違う、そうじゃない……彼女は、あの男はベネノパイダス自身をゲームの駒として利用するつもりだ。
「気に食わねぇな」
「無理も無いでしょうね。ですがーー」
彼女は3cm大の火の玉を創り出し、手の平で転がし遊ぶ。
一度ゲームに参加したならば、途中で降りることは認められない。
プレステイルを討ち取りそしてあの男に対しての下克上を目指すか、それとも負け討ち取られるか、二つに一つ。
「このままじゃ、俺のプライドが許さねぇ」
「ーーでは……」
「だが、覚えておけ。 プレステイルを血祭りを上げた後はテメェらの番だ……!」
フェニーチェは薄く微笑む。
何処か、機械的な冷たさを感じずにはいれなかった。
やはり気に食わない。
あの男への絶対的な信頼…いや、違うだろう。
全くもって反吐が出る。
「それは面白い冗談ですね。 私も協力を惜しみませんよ」
そう言ってフェニーチェは闇に溶け消えて行った。
しかし、彼女の声を最早聞いていない。
ベネノパイダスの眼にはプレステイルとあの男の2つの首を掴むであろう我が腕しか見えてなかった。
「プレステイル……次がテメェの最期だ……!」
ベネノパイダスの赤い眼が闇に燃える煉獄のようにいつまでも輝いていた。




