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疾風!プレステイル  作者: やくも
第四話 変わらない想い
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4-8 レイジング・ストーム!

「ーーそんな宇宙人ぶっ飛ばしてやれ!!」

「……勝手なこと言ってくれるなよ」


 プレステイルは小さくボヤく。

しかし、拳は蜘蛛の怪人、ベネノパイダスに向けて構えている。

いつの間にか車内の人質たちはこちらに熱い声援を送っていた。

彼らの目には差し詰め、悪の怪人から我らを守るために現れたヒーロー、程度にしか思ってないだろう。

……僕の本当の気持ちなんか知らない癖に。


「そこのスパイダーヤンキー、……早く立てよ」

「はっ! 言ってくれるじゃねぇか」


 ベネノパイダスが立ち上がる。

思ったよりもピンピンしているのを見て、プレステイルはある意味安心した。

簡単にダウンされては面白くない。

まだ、怒りをぶつけることが出来る。


「だが、これを見て驚くなよ!」


 ベネノパイダスが腕に力を加えると切断面から新たな腕が飛び出すように生えてきた。

その腕は鋭く、そして鈍く輝いている。

3対の腕が肘から先が片刃の剣に変化し、まるでその姿は阿修羅のように見えた。

小さく驚くがすぐに口角が上がる。


「てめえも得物出しな!」


 生えたばかりの腕の調子を確かめるように3対の腕を振るう。

刃が撫でた通り道が蜃気楼のように揺らめき空間が裂けた。

その斬れ味に満足するように刃を打ち鳴らす。

牙を鳴らし嗤うベネノパイダスを鼻で笑い返し首を横に振る。


「ーーここで剣を出したらあんたを殴れないだろうが」


 今度はベネノパイダスが驚く番だ。

それもすぐに消え失せ頭に青筋が浮かぶ。

プレステイルが前拳を返し挑発する。


「来いよ」

「後悔すんぞ、オラ!」


 プレステイルに向かって一直線に飛びかかる。

3対の刃がプレステイルを包むように鋭く襲いかかる。

思ったよりも素早い動きだが、想定の範囲内だ。

プレステイルは迫る刃をすり抜けるように蜘蛛のその懐に飛び込む。

左腕は弓のように弾き絞られる、このまま全力で撃つ。

不敵に笑んだ。


「ーー喰らいな!」


 悪寒。

プレステイルは拳を放たずに、その悪寒から逃げるように上空に向かって跳躍し、そのままベネノパイダスから距離をとる。

刹那遅れて彼の足下を紫の流動体が通過、今し方プレステイルがいた場所に着弾した。

着弾地点が音を立てて地面が蒸発する。

あの液体は差し詰め毒液と言ったところか。


「口も汚いと戦い方も汚いんだな」

「ケッ、てめえも言えた義理じゃねえよ」


 連射される毒液が地面に着地したプレステイルを襲う。

ベネノパイダスの吐き出す毒液は強力だ。

当たればひとたまりも無いだろう。


「クッ…!」


 激しい攻撃はプレステイルの回避地点を狭める。

回避の一番のネックは後ろのバスだ。

派手に避ければ後ろのバスに、ナユタを更なる危険に晒す。

今は硬質化した翼で打ち払えてはいるものの、その翼も長くは持たない。

どうにかしなければジリ貧だ。

ベネノパイダスの口が歪む。

相手もプレステイルの間合いまで近付けば危険だと慎重に考えてるのか、同様に攻めあぐねているようだ。


「ーー特大を……喰らいやがれ!」


 大きく息を吸い込むように腹を膨らませるベネノパイダス。

状況を打破すべく撃ち出すのは防御不能、回避不能の特大の毒液弾。

一度撃ち出せばいかにプレステイルであろうと為す術もないだろう。


「ーーこの時を待っていたぞ」


 プレステイルの額の紅玉が鷹の目のように輝いた。

こちらへの攻撃の手が緩んだ一瞬が、彼が待っていた攻撃のチャンス。

撃ち出される僅かな間隙、左手を振るい投擲されるナイフ状の羽根。

羽根は一直線にベネノパイダスに加速する。


「しゃらくせぇ!」


 金属音。

投擲された羽根は全て3対の刃によって全て防がれたが、これで良い。

目的は次の攻撃への布石だからだ。

プレステイルは自らに向いた脅威の間隙を見逃さず足に力を込め跳ねる。


「ーー僕の勝ちだ……!」

「勝利宣言にはまだはぇぜ?」

「なッ!?」


 飛びかかる瞬間、何かが足に引っ掛かった感触がした。

気が付いた時には地面に這いつくばっていた。

転倒したことに気が付いたのはそう時間がかからなかった。

足下を見る。

左の足に絡み付いた白い糸。

粘着性のそれはちょっとやそっとで取れそうもない。

白い糸はベネノパイダスを中心に蜘蛛の巣のように広がっていた。


「惨めだなぁ、プレステイルぅ!」


 ベネノパイダスの六つの赤い眼には這いつくばる自分が見えた。

ベネノパイダスの邪悪な笑みを浮かべる。


 プレステイルは両手の翼を再び硬質化させ蜘蛛の糸にその刃を突き立てる。

だが、刃が立たず。

先程から毒液を翼で弾いていた代償で既に翼は充分な斬れ味を持っていないからだろうか?

いや、本調子でもこの糸を断つのには手こずるだろう。


「更にダメ押しだ!」


 ベネノパイダスの腕から更に蜘蛛の糸が射出され、プレステイルに絡み付く。

プレステイルはそれをうち払おうともがくが動けば動く程絡み付いてくる。

そして、あっという間にプレステイルは身動きが取れないようにベネノパイダスの糸で拘束された。


「……こんな趣味は無いんだよ、僕は」

「ピーピーよく鳴くな、てめえはよ」

「褒め言葉として受け取っておこう」


 まるでギャグ漫画のようにグルグル巻きにされたプレステイルは如何にか糸が緩まないか身体を動かす。

しかし、ビクともしない。

それどころかもがく程に身体に食い込んで行く。

この蜘蛛の糸を処理しなければ、まさに赤子の手をひねるよりも容易い、そんな戦いになるだろう。


「硬化カーボンナノチューブを何十層も重ねてんだぜ!」


 ベネノパイダスが得意気に語る。

その得意気な顔が気に食わない……ますます足掻きたくなる。


「無駄無駄ァ! 俺の糸は簡単に切れやしねぇっての!」


 確かにベネノパイダスが言うとおり簡単には切れないようだ。

あざ笑うベネノパイダスを睨む。

プレステイルは蜘蛛の巣にかかった獲物の気持ちを理解した気がした。


「いいねぇ、その表情! もっと見せてくれよ」


 身動き取れないプレステイルを見下し歩み寄るベネノパイダス、その顔は愉悦に歪んでいた。

そうだ、もっと近付けーープレステイルは感情を押し殺す。

ベネノパイダスに気付かれぬように両手の翼から羽根をむしり加速の力を送り込む。

最大に接近した時がチャンスだ。

だがーー。


「どうした? スパイダーヤンキー」


 歩みを止めるベネノパイダス。

そして、その顔はさっきよりも醜く嗤っていた。


「てめえを痛めつけるよりも、もっと面白い事を思い付いた」


 ベネノパイダスの左腕が持ち上げられると3本の刃が光に包まれて変形していく。

変形の原理は理解できなかったが、左肢は銃口に変形していた。

カチャリと弾丸が装填される。


「そんなものが面白い、だと?」

「ーーああ、最高だな!」

「な……!?」


 ベネノパイダスが何を狙っていたのか悟る。

後ろのバスだ。

何故逃げてないんだーー絶句した。

ざわつくバス、ここからでは見えないが車内は相当なパニックになっていることだろう。

どうしてこうも何奴もこいつも野次馬魂全開なんだ。


 プレステイルは左手に握られた羽根を手首のスナップを効かせ投げる。

苦し紛れだ。

投げられた羽根は加速し、まるで矢のようにベネノパイダスの頭に向かって飛んでいく。


「おっと」


 苦し紛れの攻撃は容易く回避された。

舌打ちするプレステイルに対し、ベネノパイダスは彼を満足そうに見下している。


「そうだ、その顔だぜ? プレステイルぅ!」


 ひとしきりにあざ笑い、改めて大砲を構えチャージを開始する。

光が銃口に収束して行く。

手も足も出ない自分に腹が立つ。

みるみるうちに光は小さく、そして強く輝く。

プレステイルは祈るようにバスを見た。

これまでかーーまだ、避難完了まで程遠い……いや、バスから逃げ出しても焼け石に水であろう。


「ヒャッハー! 吹き飛べェ!」


 甲高い音と共に全てを焼き尽くす3本のビームがDNA螺旋を描きバスへと放たれた。

ベネノパイダスは下で這いつくばるプレステイルの顔を見た。

守るべき者を守れなかった、絶望に沈んだ顔が見られる事であろう。


 だが、プレステイルの眼は、表情は不敵に笑っていた。

不審を感じた刹那、異常は目の前で起こる。

バスに向かっていたビームが宙に霧散するように弾け消えた。

ゆらりとバスが陽炎のように揺れる。


「何しやがった!?」

「ーーお前がゴチャゴチャやってる間に舞台を整えさせてもらっただけだ」


 ベネノパイダスは周りの異変に気が付いた。

砂埃が舞う、彼らの周りには厚い風の壁とでも言えるものが外界との接触を阻む結界のように存在していた。


「バリアだと?」

「能力のちょっとした応用だっつぅの」


 風の壁は轟々と加速し、地面を削り取り大気の層は更に厚くなっていく。

なのにその中心、彼らの周りだけは無風でまるで小さな台風の目の中にいるようであった。

これだけのものを作り出すのはプレステイルと同様の能力を持ったものでも容易いものではないだろう。

決して大柄ではない、むしろ小柄な彼の身体が秘めた力に恐怖せざる得ない。

ーーだが、それだけだ。


 プレステイルはやっと体制を立て直し片膝をついていた。

這いつくばっているよりも多少動きやすくなっただろう。

しかし、過不足ない回避行動を取れるようになったとは言い難い。


「動けなきゃあ同じだろうがよぉ!」

「ーーじゃあ動けるようにすればいいだろ」


 怒号と共に放たれたビームを真後ろに跳ね避ける。

跳躍の先にあるのは破壊エネルギーを轟かす風の壁。


「まさか、こいつ!?」


 プレステイルはニヤリとほくそ笑み、風の壁の中に飛び込む。

風の壁は容赦無く彼に襲いかかる。

如何に身体が強化されてようとダメージが軽減されるわけでは無い。

両腕に力を込めたーー。


 プレステイルが風の壁に突入して1秒、2秒、3秒がたった。

4秒、ベネノパイダスは最初こそ彼の自殺的な行動に呆気を取られたが、次第に平静を取り戻しつつあった。

5秒、彼が何時迄も出てこないところを見ると自分の作り出した竜巻に吹き飛ばされたか……あるいは裂かれたか。

6秒、いずれにしても無事でいられようもない。

7秒、彼としても一か八かの賭けだったのだろう。

8秒、そしてプレステイルはその賭けに負けたのだ。

9秒、これを馬鹿なヤツだ、と笑いを堪える事が出来るだろうか?

10秒、何時迄経っても風鳴りしか聴こえずベネノパイダスは思わず笑いを押し殺す。


「これで全ては俺のモノだ……!」

「ーー勝ち誇るのはまだ早いぞ?」


 聴こえるはずも無い声が風の舞台に木霊する。

次の瞬間、奔る右の懐の衝撃と激痛。

ボディブローされたことに一瞬気が付けなかった。


「…テ、テメェ!」


 一瞬早くプレステイルは緑の風となり3対の刃が空を切る。

その刹那に再び奔る衝撃と激痛。

背中を踏みつけるような蹴りを食らったようだ。


 仰け反る時間さえ与えない。

プレステイルはまるでリングに張られたロープの反動を利用するように風の壁を蹴る。

ベネノパイダスの左の腕を手刀で撃ち抜けた。


「ーーそれも、これも!」


 緑の連撃がベネノパイダスを蹂躙する。

その様子はあたかも嵐の中にポツンと立つ柳のように思えた。

ただ一つ違うのは柳はどんな風にも耐えるのに対して、ベネノパイダスはただボロボロの雑巾のようになるだけだ。


「ーーあれも、どれもが!」


 ベネノパイダスが痛撃の中で気が付いた時にはプレステイルは自分の目の前で深くしゃがみ込んでいた。

慌てて残った肢でガードを試みるが無駄だ。

ガードをそのまま砕くように蹴り上げ、そのまま後方宙返り……サマーソルトキックを放つ。

2m強のベネノパイダスの身体が軽々と宙に舞った。

着地したプレステイルは宙を踊るベネノパイダスを睨み、両腕の翼を広げ跳躍した。


「全部、全部……ナユタの分だ!」


 プレステイルは宙を飛ぶベネノパイダスの前に躍り出た。

腕を押さえ込み固定し、蜘蛛の頭部を下に向ける。


「ビークツイスター……!」


 錐揉み回転をかけつつ、落下速度をあげていく。

その先には当然のことながら、アスファルトのハイウェイが見えた。

重力+二人分の自重+回転+加速度……答えは聞くまでもなく、威力は絶大だ。


「ーーチィッ! じょ、冗談じゃねぇ!」


 小さな爆発、ベネノパイダスはプレステイルに抑え込まれた腕を自切し彼から抜け出す。

宙で体制を立て直し、三下のような捨て台詞を吐いた。


「てめえは絶対に……絶対にブッコロス!」

「奇遇だな。 僕も同じセリフを言おうと思っていた」


 プレステイルはすかさず光に包まれ何処かに転送されようとしているベネノパイダスに言い返す。

心底彼を憎むように睨むベネノパイダスがまるでそこに最初からいなかったかのように転送された。


 プレステイルは鼻で笑うと反転、大量のアスファルトと噴煙を巻き上げ地表に着地した。

彼がふぅ、と一息をつくと風の壁が消失した。

空を見上げると太陽が真上に見えた。


「ーー不完全燃焼だ」


 周りの砂埃が晴れると、ややあってバスから歓声が上がる。

……まだいたのかーープレステイルは呆れ何も言えなかった。


「ーープレステイルぅ〜! 俺はお前の勝利を疑ってなかったぜぃ〜!」

「……うっせ、黙れ」


 聞き覚えがある声に聞こえないように小さく毒を吐きながら、翼を大きく広げた。

そして、一度も振り向かず空へと帰って行った。


「ーーにしてもセツナ……どこ行ったんだ……早いヤツだぜ」


 バスの中から観戦していたシュンは数十分前までセツナがいた座席を見た。

彼の席に風が通り抜けた。

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