4-3 ファインディング・ニチジョウ
「ーーくしゅん!」
セツナが鼻をすする。
夏風邪には用心しておきたいものだ。
ツライし、何よりコンディションは最高を維持しておきたい。
どんなことが起きてもいいように。
「セツナくんのクシャミって女の子みたいでカワイイ……」
「アホか、パープリンなバカナユタ」
「ウワン! 一息で三重の罵倒された!」
泣いちゃうぞ!ーー隣を歩くナユタが、正直よくわからない脅しをかけてくる。
セツナは、やれるもんなら、と興味無さげに言ってまた学校に向かって歩き出す。
僕はそれどころじゃないんだよーーセツナがため息をついた。
「お、おいていかないで〜!」
「ーー全くお前は……」
セツナがまたため息をついた。
何も変わらない静かな朝、いつもと変わらぬ風景の中、セツナとナユタは毎日変わらないルーチンワークのように学校に向かっていた。
ナユタがトンチンカンな事を言ってセツナがツッコむ。
いつもと変わらないのにどうしてずっと落ち着かないのだろう。
「人の気も知らずに、な」
「ん? なんか言った?」
「いや、なんも?」
あの日の事は無かったことで、自分だけが夢の出来事として知っている。
世界の全てがグルで自分を騙してるのではないか、そんな気さえする。
今更ながら相当面倒なことに巻き込まれたものだ、とセツナが小さくため息をついた。
「セツナくん、ため息ばっかついてると幸せが逃げるよ?」
「大きなお世話だ」
セツナは呆れたような不思議なものを見るような目で彼女を見る。
彼女がそれに気がついて首を傾げた。
「どったの?」
「いや、なんでもない」
あの日の光景は凄惨で救いようがないほどに無惨だった。
一週間たった今でも夢に出てきて、いつもの日常を送ろうとする足を引っ張るのだ。
プレステイルとして強大な敵と戦っていると言う理由を付け加えても十代の少年が背負うには如何せん大き過ぎる。
セツナは、全部一からやり直せたなら、と柄にもなく思ってしまいそれをかき消す。
それに引き換えナユタは、その記憶を何処かに置いてきたかのようにいつもの日常に戻れている。
緊張感は皆無であるがある意味羨ましく感じた。
「? さっきから変だよ?」
「ナユタに言われたくない」
「失礼しちゃうなっ。 わたしお姉ちゃんなんだよぅ!」
「はいはい、ナユ姉はスゴイスゴイ」
取って付けたようなやる気を微塵に感じない褒め言葉であったが、彼女は満足そうに笑顔になった。
ドヤァ、と擬音まで聞こえてきそうだ。
悩んでる僕が馬鹿なのかーーその様子にため息をついて先に進む。
今日は妙に空いているバス停、二人は並んで待つ。
沈黙ののち、ナユタが呟くように口を開く。
「わたしね、あの日からずっと考えてたんだ」
先に歩くセツナが振り向く。
彼女は少し真剣な顔をしていた。
「エグスキ……だっけ? 最近の事件の犯人って」
セツナは一瞬何の話か分からなかったが、もう公になっていた事を思い出し頷く。
「その最近、話題のエグスキがどうした?」
「その、みんな怖がってるな、って」
「当たり前だろうな」
セツナがツッコむ。
巻き込まれた者はあんな惨劇を二度も味わいたくないし、大切な人を失った者はただ生きて行く事でも辛いことであろう。
「わたしもあの最初の日からいつも怖いんだ。 何でこんなことになっちゃったんだろうって……。 死んじゃうかも、って考えると夜も眠れなくなるくらいだよ」
「死ぬのが怖くない奴なんか特殊な変態だけだ」
僕だって本当は怖いさーーセツナが心の奥で呟くと同時にセツナの中にいる彼の凄さを悟った。
彼はずっとこの孤独な感情と隣り合わせなのだ。
恐らくこれからも。
「あんな事を経験しちゃうとこれから先ずっと笑顔になれないよ」
「じゃあ、なんでーー」
いつものように笑顔になれるんだ?
呟いた言葉が詰まる。
「でもね、そんな時こそ笑顔にならなきゃって思うんだ。 カラ元気でも元気だからね。 それでみんなを笑顔に分けれたら、少しでも悲しみを癒せたらって思うんだ」
「やっぱりナユタはナユタだな」
ナユタが小さく笑う。
そんな様子のナユタを見てセツナは何故かホッとした。
自分でも理解出来ない感情で思わず頬が緩む。
そして、思い出すように悟る。
ーー僕はこの人を守るために戦うのだ。
何も難しくない、シンプルな答えだ。
エグスキを潰し、世界を守るのはそのついでだっていいじゃないか。
「……セツナくん、シリアスな展開なんだよ、ここは」
「シリアスブレイカーのお前が言うな」
「それ、そのまま返すよぅ。 セツナくんずっとにやけてる」
ナユタが手鏡を取り出しセツナに見せる。
そんなはずは……とセツナが覗き込むと少し笑う自分の顔があった。
カッと顔に熱を感じてしまい思い出す手で口を隠す。
ナユタを見ると何故か勝ち誇ったかのようにドヤ顔をしていた。
「ふふん。 まぁ、かわいいセツナくんスマイルが見れたから良しとしませう」
「か…っ、かわいいとか言うなぁ!」
「その反応もかわいいと言われ慣れてない男の娘みたいな感じでいいよ」
「……もうどうにでもしてくれ」
セツナはうな垂れて、全てなすがままに諦めた。
が、かわいいかわいいとひたすらまくし立てる彼女にフラストレーションがたまらない訳が無い。
「どうにでもしてくれ、と言ったがーー」
「あ、セツナくん、バスが来たよ」
「……タイミングよすぎだろ」
バスが止まりサイドブレーキがかかる音がした。
セツナは風船の空気が抜けるように気が抜けて行く気がした。
「おーいセツナくーん」
ナユタを見るとすでにバスに乗り込んでいた。
さも、早く乗ろうよ、言いた気だった。
彼は髪をクシャリとかき上げる。
「ったく、後で覚えてろよ」
セツナが毒づきつつパスを機械に通しバスに乗り込んでいった。
車内を見渡すと乗客はポツポツと少なからずいる。
いつもだったら座れないような勢いなのにな、とセツナは何気無く寂しく思った。
新聞を片手に座るサラリーマンや、違う学校の生徒、ずっとケイタイをいじっているOL、ヘッドホンから音楽がただ漏れなヒップホッパー風の人……。
随分少なくなったものだ。
「こっちだよ〜」
ナユタはと言うと、後ろから2番目の二人用の座席の、窓際の方から手招きしている。
近づくとナユタはキラキラと眩しい程のスマイルで隣の席をポンポンと叩いていた。
……隣に座れ、とな?
彼がため息一つ、彼女をスルーしてその後ろの席に進む。
「せっかくだから隣に座ってよぉ」
「やなこった」
なんとなく、全てナユタの思い通りになるのが癪だったからだ。
他意はない。
彼女とは反対の窓際の、隣に座れない一人用の座席に座る。
「もしか照れてるの?」
「それはない」
座る時に一番後ろの席に座る女性と窓の反射越しに目が合った。
何処かで会ったような気がしたが、不鮮明であったことに加え目が合った瞬間に顔を逸らされたためそれが誰であったかまでは分からなかった。
『ーーそれでは出発します』
バスの運転手のアナウンスを合図にエンジンが始動しバスが動き出す。
考えても仕方ない。
考えて分からないなら、それほど重要でないのだろう。
誰かがニヤリとほくそ笑んだ。
プレステイル……今日がお前の命日だ、と。




