3-9 ディクラレイション・オブ・ウォー
「ーー流石にキツイな」
十五体目の人形がグラリをバランスを崩しプレステイルの前に倒れる。
人形は雨に打たれ風化するように崩れて行く。
一体一体は確かに対したことはない。
問題は数である。
幾ら弱くても数多く相手していていればその分スタミナ消費は激しい。
それに加え先程の狼男……ウェアヴォルトとの戦闘でのダメージが残っていた。
「あと、一匹だ……!」
渾身の力を振り絞り地を駆け最後の一体に目掛け剣を振るう。
斬撃は右手の刃によって防がれる。
プレステイルは舌を打ち、剣を力任せに押し込む。
だが、もう限界のようだ。
力が入らない、徐々に押し戻される。
人形がケタケタ嗤うように唸った。
「ーー馬鹿にすんなよ……加速!」
プレステイルの額の紅い宝玉が輝き、剣に風が纏わり付く。
その刀身は翠の竜巻で形造られているようだった。
「ギ?!」
「ぶっ飛べ……ライドオンプレステイル!」
竜巻の剣は絶大な風圧により人形の刃を弾き、鎌鼬は人形のその身を裂き、疾風は人形を軽々吹き飛ばす。
受け身取れず吹き飛ぶ人形に追撃を仕掛けるべく跳躍し、その剣を人形の胴に突き立てる。
それは剣を中心に渦を巻き捻れ砕け散った。
「……ッハァ、ハァ……」
辺りはいつの間にか夕闇が徐々に支配しようとしていた。
一体、どれだけの時間戦っていたのだろうか。
まるで検討がつかない。
膝が言うことを聞かずにガクリと前にフラリ倒れそうになる。
剣を杖代わりに持ち堪えた。
目が霞む、ダメージの蓄積は多大であり最早立っているのもやっとだ。
プレステイルの姿を維持出来ない。
翠の粒子が砕けるように鳥人を包み、元の少年の姿に戻していく。
剣も空気に分解され、支えを無くしたセツナはそのままフラリと壁を支えにした。
「……ナユタは、何処だ?」
『セツナ! そんな身体では無茶だ!』
彼女を探しに行こうとするセツナを頭の中で彼の声が制止する。
しかし、その制止を振り切り、足取りも不確かのまま歩み出した。
『……セツナ……』
「ーー僕がナユ姉を、守らなきゃ……」
無意識の内に彼の声をシャットアウトしていた。
目に入る全ては静かで、全ての動きを止めたもの、そして赤い炎。
数時間前の街並みはもう思い出せない。
ただただ彷徨い歩く。
「ーー僕のせいで、またナユ姉が……」
記憶が混在している。
きっと、この雨のせいだ。
あの日、大人たちには黙って裏山を探検しよう、なんて言わなければあんなことは起きなかった。
「ーーゴメン、ナユ姉。 僕、ナユ姉を守れるくらい絶対強くなるから……」
フラフラと歪む視界に見憶えがある亜麻色の髪の少女が呆然と立ち尽くしていた。
嬉しくて安心して……雨が降っていて良かった。
弱い自分を隠すことができたから。
「ナユ、姉? ……良かった」
「……セツナくんーー!?」
糸が切れた人形のようにナユタに倒れ込む。
ナユタは彼を受け止め、抱き寄せた。
「ーーセツナくん、しっかりして!」
「……ナユ姉、無事か?」
セツナが息も苦しそうに言う。
小柄な彼の身体がもっと小柄に感じた。
「わたしは無事。 親切な人が助けてくれたから」
「ーーそっか」
彼は満足そうに、しかし、疲れ切ったように頬を緩めた。
こんなちっぽけな僕でも守ることができたんだ。
でもどうして彼女は泣いているんだろう。
雷が夕闇の空を裂き、光がまるでスクリーンのように空一面に広がる。
そして、響き渡る雷のような唸り声。
その日、誰もが空を見上げた。
『余興は楽しんで頂けたかな? 地球人よ』
空に映し出されたのは一人の狼男。
セツナがギリッと歯ぎしる。
『俺は宇宙海賊エグスキのウェアヴォルトである』
「ーーあ、セツナくん!?」
静寂の街を再び混迷が包む。
疑心暗鬼に陥った街でただ一人、セツナは敵意を向け立ち上がる。
ナユタは困り顔でセツナの顔を覗き込む。
その顔は憔悴し切った顔とは違う、怒り、恐怖、様々な感情を思い詰めたような表情だった。
「セツナくん、何がどうなってるの?」
「……」
セツナは答えない。
ただジッと空を見ているだけだ。
『我々、エグスキはこの星に対して宣戦布告を申し込む』
混迷が最大限に達する。
平和ボケをしていたこの世界にはその言葉は少々刺激的過ぎた。
ただ確実なのは日常が崩れていく音がした。
『ーーとは言ったものの、全面戦争を起こすつもりはない。 我らもこの星をできるだけ無傷で手に入れたいのでな』
できるだけ無傷で手に入れたい?
ふざけやがって。
セツナがフラフラのまま、ナユタに支えられながらも小さく毒づく。
スクリーンのウェアヴォルトが見透かしたように鼻で嗤う。
『そこで暴風、お前にゲームを申し込む』
セツナのこめかみがピクリと反応する。
プレステイル、それが指す意味を正しく理解できるのは自分しかいない。
『これから一定期間ごとに我らが精鋭を送り込む。 お前がそれを全て討ち倒した時はお前の勝ちだ。 この星は諦めよう。 ーーだが』
何が目的かは分からないーーいや、ウェアヴォルトは言っていた。
お前には強くなってほしいものだ、と。
ウェアヴォルトの真意はわからない。
一斉攻撃で侵略をしてしまえば良いものの、わざわざルールを設けてきたのだ。
それが罠であれ何であれ、この誘いに乗るしかないようだ。
『ーーだが、お前が負けたときは地球人ごと滅んでもらう。 逃げた時も同じだ』
……いよいよ逃げることなんてできそうもない。
元よりそうするつもりはないが。
負けるつもりも当然ない。
全て返り討ちにしてやる。
『健闘を期待している』
遠雷のような嘲笑いを残し、狼男の顔が溶けるように消えていった。
ナユタが心配そうに顔を覗き込んでいたことに今更気が付いた。
セツナは、自分はなんてエゴイストなのか、と弱々しく自嘲する。
「ーーセツナくん……?」
「……僕、強くなるから、ナユ姉を守るから」
会ったことすらない全人類の命運を背負うなんてことはできない。
生憎、そこまでの博愛精神を持ち合わせてなんかないからだ。
だが、この太陽だけはエグスキなどには飲み込ませない……。
雨上がりの空に雲の間から夕闇の覗いていた。




