3-2 モーニング・ランナウェイ
いつもと変わらぬ朝。
セツナは制服にいつものファンシーなエプロンを身に纏い、そして朝食の準備をしていた。
前回の戦いから早いもので8日が経過しようとしている。
この8日間、彼らの周りは平和そのものである。
この街では宇宙人、エグスキの襲撃が2度もあったにも関わらず、奇跡的に死者ゼロであり一部を除いて大した被害は出ていない。
人々は徐々に元の生活に戻りつつあった。
少々、暇を持て余すが……いや、命がけの戦いより断然良い。
改めて平和がこんなに良いものだと否応なしに気付かされた。
セツナは思い返す。
前回のダメージは決して小さいものでは無く、生身であったならば確実に死んでいた。
細かい事はよく分からないが、同化している彼曰く、変身していた時に負ったダメージは大きく軽減される、と言っていた。
その時は、便利な設定だ、と鼻で笑ったものの成る程確かにこれは悪くない。
しかし同時に、あまり無茶をするものでない、と彼に釘を刺された上に叱られたのだ。
それは理解できる。
無茶をして負けたら元も子もないし、誰がナユタを守るのか。
それはそれとして、お前はどうなんだ? と逆に問いかけたところ彼は口を噤んでしまった。
……無茶はお互い様だ。
「セツナぁ、朝飯まだぁ?」
双子の妹のクオンがリビングからひょっこりと顔を出す。
セツナはため息を一つついた。
「そう思うんだったら、お前も手伝えよ」
「えぇー、あたしが料理出来ないこと十分過ぎるほど知ってるっしょ〜?」
身をくねくねよじらせぶりっ子ぶるクオンにセツナはキモチワルイと叩き斬った。
ちぇっ、と拗ねるクオンに冷たい視線を浴びせ掛ける。
「カワイイじゃんカワイイじゃんよ」
「ウザい、連呼すんな。 駄目人間」
ブーブーと文句を垂れるクオンを急かして皿だけでも用意させる。
それに手際良く料理を盛り付けていく。
トースト、スパニッシュオムレツ、野菜サラダと牛乳だ。
それをテーブルに運ぶ。
「待っとりました! ーーって一人分?」
「ああ、僕の分はここにある」
そう言ってテーブルの上にあった彼の学校指定のカバンから黄色い小さな布の袋を取り出した。
その中には彼の分の朝ご飯が入っているのだろう。
「早く学校に行く用事があるからな」
「ふぅん。 ……ナユ姉とケンカでもした?」
「いや、してないな」
面倒臭そうに言うとクオンは、そっか、と彼女に似つかわしくなく小さく呟くように言った。
てっきりもう少しリアクションがありそうだと思っていたが、逆にその反応が怖く感じる。
クオンがテーブルにつき、いただきます、と手を合わせた。
……さて、何を考えているのやら。
ん、おいしーークオンはスパニッシュオムレツを口に運び頬を綻ばせた。
「んで、早く行く用事って?」
「やけに細かく聞くよな……頼まれ事だ」
「頼まれ事? ……何か弱み握られたの?」
……お前は僕を何だと思っているんだよーーセツナが呆れたように目を細める。
普通に生活していれば頼み事もあれば頼まれ事ある事だろう。
それすらない寂しい奴だと思っているのか?
「違ぇよ。 単なる親切心からだ」
「セツナにそんな親切心があったとは!」
「アホか。 人並みにはあるぞ」
本気で感心されるとは思っても見なかった。
どうやら彼女の目には彼が暴君ネロのように見えているようだ。
彼は怒る気にもなれずにため息をついた。
「……もういい、僕は行くぞ。 食器だけは洗ってくれよ」
「割っていいの?」
いい訳あるか、とセツナが冷たい目でクオンを見る。
クオンは2枚目のトーストに手を伸ばそうとしていた。
セツナは、よく食うな、と呆れる。
そして、エプロンを脱いでたたみ、鞄を手に登校準備をした。
そんなセツナに、ちょい待ち、と口をモゴモゴさせながらクオンが引き留める。
……頼むから喋るか食べるかどちらかにしてくれ。
「ナユ姉、『セツナくんに最近避けられてる。 嫌われたかも』って言ってた」
「避けてるわけでもないが……?」
嘘だ。
避けている。
しかし、それは彼女のことを思ってのことだ。
セツナ自身、なんだかんだで彼女を大切に思っているからなのだ。
ナユタが戦いに巻き込まれると考えただけでも……いや、考えたくない。
彼女の身に何かあったならば、何のために命をかけているか分からなくなる。
先に行くーーセツナは普段通り静かにリビングから出て行く。
「ナユ姉を悲しませるようなマネをしちゃダメだぜ?」
追い打ちをかけるようにクオンがリビングから声をかけた。
そんな事は分かってるよーーセツナは聞こえない振りで学校に向かって出て行った。




