3-1 ハウリング・ムーン
『ーー見てください。 この威風堂々とした姿を!』
男、ゼイル=マブロスは自分の為に開かれたパーティーを抜け出し一人夜風に当たっていた。
街頭テレビは昨夜からずっと英雄、つまりはゼイルの勝利を讃えている。
ゼイルはそれを聞いて少し居心地が悪く感じたが、どうして中々悪い気にはなれなかった。
『皆さん、今宵はこの若き獅子の栄光を褒め称えようでありませんかーー』
あの頃、街のゴロツキだった奴が今や格闘界の王者、世界の英雄である。
なにかの悪い冗談かと笑ってしまいそうになる。
この瞬間でも実は夢なんかじゃないか、そう感じたからだ。
自らが主役のパーティー会場を一人後にしたのはそのせいかもしれない。
逃げるように辿り着いたのはひと気のない小さな噴水のある公園。
なにか悩みがあるといつもここに来てしまう。
静かで、和み、わずわらしさを忘れる事ができる空間なのだ、彼にとっては。
近くのベンチにぶっきらぼうに腰を下ろす。
今にも月が落ちてきそうな程明るい。
「アニキ!」
ゼイルは一つため息をつき声の出どころを追う。
そこには12歳ぐらいの少年が夜の公園に不釣り合いな笑顔で立っていた。
「坊主、今何時だと思ってんだ?」
「気にしない気にしない。 おれとアニキの仲だろ~」
少年がゼイルの隣にヒョイと座る。
そんな明るい顔の少年を見て、頭抱えてため息をついた。
大方、この公園に行く為にこの少年の家の前を通ってきたのがダメだったのだろうか。
偶然見られていた、いやこの少年のことだ、ここで張り込んでいたと言っても信じてしまいそうになる。
「ガキが彷徨いて……いや、もういいや」
分かっている、この少年は人懐こい笑顔と裏腹に非常に頑固であることを。
それにこの太陽見てると邪険に扱う気が無くなる。
それ程までに純粋なのだ。
「アニキ、おれ信じてたよ!」
ゼイルは少年と拳と拳を打ち付け合う。
「ああ、サンキュー、坊主」
ゼイルは微笑み、少年の頭をくしゃりと撫でる。
少年はえへへ、とはにかむ。
「いつかアニキに挑むから覚悟しろよな!」
「ほー、そりゃ楽しみだ。 頑張れよ、坊主」
何時だったか、街のゴロツキだったころのゼイルを救いこの道に導いたのはこの少年だった。
この少年がいなければ、あの時に会わなければ、導いてくれなかったら、今でもどうしようもないゴロツキのままであろう。
口にはださないが感謝している、この少年には。
「おい、坊主。 そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
「げ、そうだった! 母ちゃんにどやされるのは勘弁!」
彼の母親はおっかない上にお節介であることでこの街ではちょっとした有名人だ。
オレも小さい頃はよくどやされたものだーーゼイルは思わず頬を緩めた。
それにしても、随分と長い時間話していたようだ。
たわいもなくどうしようもないほどくだらない話ではあったがやっと心が安らぐ時の流れであった。
「アニキー! またな!」
手を振りながら暗闇に駆けて行く少年にゼイルは微笑む。
安らぎを与えてくれたのは間違いない、この少年である。
感謝してもしきれないな。
「じゃあな」
少年が見えなくなるまで見送るとフゥと一つ息を吐き出す。
そして、肩越しに暗闇を睨んだ。
「ーーんで、いつまでそこにいる気だ?」
「流石に気付くか」
暗闇から一人の男が歩み出てきた。
その風貌は物乞いのようにボロボロでありながらとても物乞いとは思えない。
そのミステリアスな銀髪がそう見せているのだろうか。
「テメェなにもんだ? この殺気、少なくとも俺のファンって奴じゃねぇな」
スポーツでは決して味会う事ない程の殺気だ。
いや、ゴロツキだった頃にこれ程までに殺気を放つ奴に会ったことがあっただろうか?
「いいや、俺はただのお前の熱心なファンだよ……宇宙からのな」
宇宙? ーー言い方こそ冗談のように聞こえるが……。
だが、殺気を放つ理由にはならない。
「質問に答えやがれ!」
「質問には答えた筈だが? ーーふむ、なかなか難しいものだな。 地球の言葉も」
では言い方を変えよう、と男が歩み寄る。
近くで見ると大柄のゼイルに対して多少小柄であるものの、どうしてなかなか引き締まった筋肉質であると分かった。
「世界最強の男の前にいる……。 闘う者であるならばやることは、理解できるな?」
男は低く腰を落とし構える。
この高揚感、久し振りだ。
ゼイルが拳を構えた。
「……おもしれぇ…!」
男の目が狼のようにギラつく。
大きな月が紅く染まった。




