1-2 いつもの日常、僕はいつも待ちぼうけ
何処までも透き通った蒼い空。
白い絵の具を垂らした様な純白の雲。
緑の葉を優しく撫でる様にそよぐ初夏の風。
黒髪の少年は木陰の間から差し込む太陽を仰ぎ見て呟く。
「……遅い」
人が忙しく右往左往する昼前の駅のエントランスを駅前広場のベンチから眺めながらアイスバーを頭からかぶりつく。
シャクッと心地良い爽やかな音をたてながら口の中でほぐれ崩れる。
少年は軽い頭痛を感じながら目を細め、目的の人物を探すが全く見当たらない。
見逃したか?
いや、その可能性は無い。
言ってしまえば目立つのだ、彼女は。
「……ハズレか」
少年は食べ終えたアイスの棒を真っ二つに折り、傍らのゴミ箱に投げ入れた。
目立つとは言っても容姿が派手と言うわけでは無い。
どんな人混みの中でも友人を知らず知らずの内に自動的にピックアップしてしまうような感覚に似ていた。
少年は右腕にはめたお気に入りの黒の電波時計を見る。
12時、3分前だ。
待ち合わせの時間なんてものはとっくの昔の事、2時間も過ぎていた。
彼女のケイタイに何度もかけても繋がらない……いつもの事であるが。
流石に待ち過ぎたか、と浅くため息をつき諦めてベンチから立ち上がる。
「ハラ、減ったな……」
到底、今から料理を作って食べる気にならない。
家に帰る途中にバーガー屋があったはずだ。
そこに寄って帰るか、あまり気が進まないが。
一人納得しながら歩を進める。
初夏と言えども真昼間、腹は減るし陽射しは痛い。
サッサとフィレオフィッシュバーガーでも買って、サッサと家に帰ろう。
約束は……もう、どうでもいい。
来なかった彼女が悪いのであって、自分は悪くない。
もし、来れない事情が出来たならば連絡を寄越すべきだ。
もしか、トラブルに巻き込まれていたら?
首を突っ込みたがる彼女であるからあり得ない話じゃない。
がしかし、そんな事を感知出来ようか。
いや、出来ない。
なぜならば、超能力なんてないごく一般的な高校生なのだから。
一人ブツブツと彼女への文句を垂れながらも、自然と早足になった。
昼を告げるサイレンが彼の耳にも届く。
その時だった。
少年に影が差した。
思考の波から引き戻される様にハッしたが、遅かった。
迫るそれを避けることも、迎え撃つことも叶わず。
「おっはよ!」
一瞬、息が出来なかった程の衝撃。
背中から抱き着かれた、否、タックルされたことに気付くのはそう時間はかからなかった。
「セツナくん、ゴメンね? チョット遅れちゃって」
背中から柔らかな、女性特有の柔らかさと匂いを感じながらも圧倒的圧力で締め付けられそうになる。
少年、カガミ・セツナにはこの女性に心当たりがある……というよりもこんな事をする奴は他にもいない。
「いい加減に離れろ、馬鹿ナユタ!」
「あだっ!」
多少無理な体制だったが左の裏拳で彼女の頭があろう場所を小突く。
彼女はオーバーに仰け反り、セツナはようやく開放された。
振り向くと案の定、少年の待ち人である彼女、ヤマブキ・ナユタが亜麻色の長い髪を抑えるように悶絶していた。
「ば、馬鹿になったらどうするのっ……?」
「お前を賢いだなんて思ったことない」
丸い瞳をうるうると潤ませるナユタを目の前にして良心が揺れ動く。
彼女の頭を小突いたとはいえ、その原因を作ったのは紛れもない彼女だ。
「大方、遅れたのは寝過ごしたんだろうが」
ギクッ、とナユタが分かりやすく焦る。
十何年の付き合いだ、分からないでか。
「ち、違うの、セツナくん。 アラームに気付かなかっただけなの!」
「同じだ、それは」
すかさずカウンター。
ナユタがビクッと更に焦る。
見抜かれている。
目の前で冷ややかな目を送る少年に言い訳なんて通用しないのか。
「そこまで分かってるなら迎えにーー」
「ーー『乙女の秘密』とか言って、こさせなかったのは誰だ? 来るのが遅いから心配して連絡したのに出なかったのは誰だ? 大体なーー」
言葉に詰まり、何も言い返せない。
更に続くセツナの攻撃。
言葉は凶器でもあるとは言うが、彼のそれは兵器であるように感じた。
なんだかんだでまるで家族のように大切に扱ってくれてることは伝わって来るのだが、かなり過保護であるとナユタは思う。
これではどちらが年上かわかったものじゃない。
まぁ、それはそれで嬉しくもあるが。
セツナはそれを知ってか知らずか大きくため息をつき、ヤレヤレと言った風に肩を小さくすくめた。
そして、今更になって周りの好奇の視線が気になり出したのか、顔赤くして取り巻きに対して散れと殺意を込めて睨む。
取り巻きが蜘蛛の子のように散って行く。
バカップルとか残念がる声が聞こえたのは気のせいだろうか。
セツナはまたため息をつき、まぁ深くは追及すべきでないな、と照れながら頬をかく。
「……ハラ減ったな、飯行くか?」
ナユタがパッと思わず直視するのを躊躇うほどの輝かんばかりの表情で頷く。
そして、照れるセツナにお構いなしに腕を組む。
「じゃあね、お姉ちゃん一押しのお店がこの近くにあるのです。 れでぃごぅ」
ぐぃっとセツナを引っ張って行く。
頼むから、少しは人の目を考えてくれ。
気恥ずかし過ぎて、あぁ視線が痛い。
はたから見れば仲の良い姉弟に見えるだろうが、ある意味合っているがそれは真でない。
まぁ、カレシカノジョの関係というわけでもないのだが。
彼女から見れば幼馴染の弟分、であるのだろう。
ナユタは愛らしい姉だ。
クリクリとした丸い瞳も、サラサラの長い亜麻色の髪も、太陽のように笑顔も全てが彼女の魅力に繋がっていると言っても過言でない。
しかし、浮ついた噂が聞こえてきても良いだろうが彼女のそれなんて今まで聞いた事が無い。
普段の言動が色々残念だからだろうか?
姉弟仲が度を越して良いせいか?
何にせよもし聞いたならば、弟分として全力で祝福という名の凄惨な妨害をするだろうが。
「セツナくん、コッチだよぅ」
見上げるとナユタと太陽、眩しくて目を背ける。
こんな関係、いつまで続くだろう。
ずっと続けばいいのに。
その時だ。
真昼間の喧騒を引き裂き一つの光が大地に降り爆発したのは。