2-9 暴風と疾風
「そろそろだな」
窓際に座って居たパルイフォックスがそう嬉しそうに口角を上げて呟く。
視線は窓の外、ナユタは釣られてガラスの向こうの空を見上げる。
キラリと何かが光った。
「っと、マジかよ!」
次の瞬間、ガラスを打ち砕きまるで矢のように緑の暴風が飛び込んできた。
横殴りのガラスのシャワーの最中、それは迷い無く狐顔を殴りつける。
文字通り突風のように。
一寸前までパルイフォックスが居座っていた場所には、緑の鳥人が殴り終えた格好のままそこに立っている。
狐男は反対の壁まで吹き飛ばされ壁に激突し、そのままそれを突き破り大きな穴を作り出した。
コンクリートの噴煙が舞う大穴の向こう側には店の倉庫であるのか真っ暗闇が広がっている。
ガラスの破片がキラキラ反射する中、彼はその拳を構え静かに名乗りを上げた。
「ーー疾風『プレステイル』推参……!」
パラパラと崩れたコンクリートから破片が零落ちる音以外は静かなものだった。
店内にいる人質である彼女たちはもちろん、外で騒いでいた野次でさえ、彼の、プレステイルの一挙手一投足に釘付けである。
「あの人…」
「…知っているのか? ナユタ」
レキが彼から目を離さず、ナユタだけに聞こえるように耳打ちをしてきた。
ナユタは小さくコクリと頷く。
「えっ? うん、まぁ…」
その言葉が彼に聞こえたかどうかはわからなかったが、彼はナユタの方をチラリと見やり小さく舌を打つ。
それが何だったのかはナユタにはわからなかったが、何かの憤りを感じていることは理解できた。
「だから早く逃げろっての…」
ただ分からないのは、怒りたいのか、呆れているのか、悲しんでいるのか……そんな複雑な表情をするのは何故だろう。
しかし、これだけは言える。
彼は守ろうとしている。
「邪魔だからあっちに行ってくれよ」
そう言うと彼は右腰に手を構え、抜刀した。
引き抜くと同時に翡翠の刀身が精製されていく。
それは正しく宝剣と言うべき美しさだった。
彼は具合を確かめるように一振り、二振り、その剣を振るい中段に構えた。
……まだ居たのか、と彼がため息をついた。
戦えぬ者がここにいても彼の言う通り邪魔になるだけだ。
ならば、従う他ない。
それからは蜘蛛の子を散らすように店内から脱出する人の波が彼女達をさらう。
「ーーどうしたんだ、ナユ」
ふと足を止める。
手を引いていたレキが顔を覗き込む。
……わたし、あの人に何も言えてない。
振り返ると彼はまだ店奥の大穴に向かって剣を構えていた。
大きく息を吸い込む。
「ありがとー! ーー頑張って!」
彼が照れ臭さそうに手で追い払う。
今は上手く言えないけど…いつかちゃんと言いたいな。
ナユタは振り返らずにレキの元に駆け寄っていった。
「……もう、僕に関わってくれるなよ」
彼女を見送った後、プレステイルは大穴に一人対峙した。




