2-7 静まれ俺の中に潜む邪鬼よ……! 的な?
ペキッといかにも硬そうな音をたてて煎餅を割り食べる。
ギャグ漫画のようにたんこぶを3つ重ねたクオンはとても暇だった。
期末試験が近いからと言って別に部活動まで休みにするべきじゃない、と彼女は思う。
別にどうせ、とっぷりと夜にならないと勉強する気なんて起きないし。
リビングのテレビをぼんやり眺める。
何処のテレビのチャンネルに変えてもニュースニュースニュース。
どこもかしこも昨日のニュース。
ちょうど朝のニュースでは聞き逃していたが、どうやらトカゲの怪人が犯人なんだと。
何処かの特撮か何かか、胡散臭いにも程がある……と言いたいがどうやら真実らしい。
クラスメイトの何人かもあれに巻き込まれたと証言していたからだ。
それも1、2人じゃなくて何人も。
こりゃ、セツナに何があったか問いたださないといかんね。
「煎餅ばっか喰ってると夕飯入らなくなるぞ、クオン」
「ん……うぃっす」
奥のキッチンからセツナが半分振り返り視線を寄越した。
彼は夏制服の上に彼の趣味だとは言い難い程ファンシー尚且つピンキーなエプロンと揃いのバンダナを装着している。
その姿は良く似合ってるようで似合ってない絶妙なラインを形成していた。
もちろんと言うべきか、ナユタからの誕生日プレゼントであるのだが……半年以上経った今でも噴き出しそうになるし……正直どうなんだろう、あれ。
毎日装着してるところを見るとなんだかんだでセツナ自身気に入ってるのかもしれない。
セツナがクオンの放つ視線に気が付いたのか不機嫌に眉を寄せる。
そして、観念したようにため息をついて調理に戻った。
ナユタめ、どうしてこんなにファンシーなものをチョイスしたんだーー差し詰めそんな感じな事を思っているに違いない。
わかりやすいから彼は。
「セツナ~、まだ~? お腹空きすぎてお腹と背中がくっつきそ~」
「もう少し待てよ……。 ーー全く空腹は最高のスパイスだと言う事がなぜ分からん」
セツナはブツブツ文句を垂れながらも食材を中華鍋に放り込む。
不意に聞いたところで彼ははぐらかすだろう。
さり気なく聞かないとね、さり気なく。
ジャッジャッと美味しそうな音と匂いが部屋を満たして行く。
この匂いは……チンジャオロースか?
「セツナ、今日の夕飯はーー」
「青椒肉絲、だ」
ビンゴ。
うっしゃ、と小さくガッツポーズをとる。
肉は好物だ。
なんで自分は肉食動物、ライオンとかに生まれなかったんだろうと疑問に思うくらいに。
「ーー良いから少し黙ってろ。 僕は料理に向き合いたいんだ」
全くどいつもこいつも僕の料理の邪魔ばかりして……ーーセツナがぶつくさ言う。
どいつもこいつも?
こいつは、の間違えじゃないのか?
今現在、この部屋……この家にはセツナとクオンの2人だけ。
と、なれば他の誰か、クオンには見えない誰かがそこにいるのか?
ナユタが言っていた違和感、それらを分析、まとめていく。
もしかして……。
クオンが頭をかいた。
「ねぇ、セツナーー」
『ーーニュース速報です』
あちゃあ、今日はやけにタイミングが良いな。
何気なくニュースに目を配る。
しかし、そのニュースに目を疑う。
「ーーセツナぁ、セツナぁっ! くっきんすとっぷ!」
ソファーから跳ね起きるように立ち、慌ててキッチンで調理するセツナを呼びに行く。
腕をグイグイと引っ張る彼女に何か言いかけていたが、問答無用と言い放つ。
そして、テレビの前のソファーに押し倒すように座らせた。
「んだよ、クオン」
「良いからニュースを見る!」
何が何だか分からないと言った風に渋々テレビを見る。
ニュースキャスターが淡々と告げる。
「『大空市で立て籠もり事件』だと?」
「ライブだよライブ! ホットな生中継だよ!」
大空市とは、ざっくり簡単に言ってしまえば彼らのホームタウンである。
物騒だな、何処か他人事のように呟く。
遅かれ早かれこんな事件は警察やら何やらの手によってすぐに収束するだろう。
「見せたかったのはこれだけか?」
「ちょい待ち!」
クオンが立ち上がろうとするセツナを止める。
無表情を貫いているニュースキャスターから現場からの中継に変わった。
見覚えがある風景だ。
そう、そこはナユタたちと何度か行った事のある日常の風景。
しかし、その中央に非日常が陣取っていた。
「何あれ……? 新手の特撮番組?」
セツナが眉を僅かにひそめた。
占拠している犯人らしきものは狐の顔を持った男だった。
着ぐるみにしては精巧、伊達や酔狂であんな格好はしないだろう。
ーーだとすれば……。
「セツナあれ……」
クオンがテレビの片隅を指す。
……マジかよーー絶句した。
片隅には、人質のつもりだろうか、見知らぬとは到底言えない顔が怯えていた。
昨日の今日だ、運が無いとか不幸だとかそんなレベルじゃない。
「ナユ姉……だよね、あれ。 隣はれっきぃ先輩だね……あとは、えと…あちゃあ、ウチの生徒ばっかりだ」
彼女の事を守り通そうと改めて誓いを立てたばかりではなかったのか。
頭の中がカッと熱くなるのが分かる。
十中八九、昨日の続きだ。
そして、狙いはプレステイルであろう。
仇討ち、とでも言いたいのか?
宇宙海賊エグスキ、その名を強く噛み締める。
あの狐男が何者であろうが関係無い。
今、重要なのはナユタがピンチだと言うことだ。
『ーーセツナ!』
彼の声が思考に反芻する。
ああ、答えはもう決まっている。
「ーーああ、分かっている」
……何が?
クオンは理解出来なかった。
理解出来たのは、セツナがイラついて……怒りを感じてると言うことだけだ。
セツナが無言で立ち上がり、ファンシーなエプロンとバンダナを脱ぎ捨てる。
「ちょ、ちょいセツナ!? 何処に行くのさ!」
「……頭冷やしに散歩行ってくる」
そう言ってズカズカとリビングから出て行く。
扉を閉めようと手を掛けた時、何か思い出したように振り返った。
「あとは炒めるだけだから、続きは任せる」
とだけ言ってバタンと扉を閉めた。
何なのさ、一体ーー呆然と立ち尽くすクオン。
いきなり独り言を呟くし、何を思ったのか何処に飛び出して行くし、宇宙から電波でも受け取ってるんじゃなかろうか。
「……もしかしてアレか、厨二病か? 今更厨二病に目覚めたとかアレか?」
クオンが、おおぅ、と手で顔を覆った。
セツナ……今のあたしらではむしろ高二病のが近いし、そして何よりイタイよ……。
しかしまぁ、何か考えのあってのことでしょーーポリポリと頭をかく。
考えなしに動く奴じゃないし。
チラリとキッチンに放置された中華鍋を見た。
「……任された手前、たまには妹としての実力を見せちゃいますかね、焼くだけなんだケド……」
余談ではあるが、この日のカガミ家の食卓にはコゲコゲに焦げたチンジャオロースが並ぶことになるのはまた別の話である。




