1-10 たたかいのあとはつわものどものゆめのあと
「セツナくん!」
一時避難場所に指定され人がごった返している講堂の中、懐かしい声に不意に呼び止められ足を止める。
振り向くとそこには目に涙を溜めに溜めたナユタが立っていた。
なんだ、こんな所にいたのか。
「セツナ、くん…」
ナユタがグスリと鼻をすする。
何か嫌な予感だ……。
セツナがジリっと後ずさる。
「…セツナく~ん!」
熱い抱擁、と言えば聞こえはいいがこれは抱擁なんかじゃない。
当て身だ。
ボディプレスだ。
ベア・ハッグだ。
「ーーうん! うん! ちゃんと足があるね! 幽霊なんかじゃないね! チビスケってセツナくんの事じゃなかったんだね! ネズミが沢山いたからネズミのことだったんだね!」
「!! ちょ、おま…バ、カ……!」
息がーー!
息ができない!
何かとは言わないが圧倒的な柔らかさの中に顔が埋まる。
気が…遠く……。
「……セツナくん? ……きゃあ! セツナく~ん!」
グッタリしたのに気付いたのか、やっと開放される。
セツナが咳き込む。
……また、死ぬかと思った。
絶対にコイツは小動物とか撫で過ぎて衰弱させてゲンナリさせるタイプだ、間違いない。
と言うかこのバカ力はどこから来るんだ。
「僕を…殺す気か、……お前は」
「ごめんごめん、つい嬉しくなっちゃってサ」
エヘヘ、とナユタははにかむ。
それで殺されかけちゃたまったもんじゃない。
セツナは呼吸を整えながらも呆れるしかなかった。
言いたい事は沢山ある。
だが、言うべき事はこれだけだろう。
「ごめん、心配かけた」
精一杯素直になって、折角のセリフを言ったというのにどうしてそんなにキョトンとしてるんだ、お前は。
唐突に言った僕が悪いのか?
「いやだって、素直に謝るなんてセツナくんじゃないし」
「お前はどんな目で僕を見てるんだ…」
冷ややかな視線をナユタに送る。
ナユタは何かに気付いたように急にハッとする。
「もしや、ニセモノーー!」
「ーーなワケあるか!」
スパーンと気持ち良い音が講堂の中で反響した。
周りの好奇な視線を集める。
ナユタといるといっつもこうだ。
セツナは一つため息をつくと、彼女の手を強引にとり引きずるように引っ張る。
「ーーいいから行くぞ、ナユタ」
「あ、セツナくん!?」
ズイズイと人垣をかき分け進む。
目指すは外、掴んだ手を離さぬように力を入れる。
いや、離してなんかやるもんか。
外の空気は暑かったが、それ以上に晴れ晴れとしていた。
帰り道、ふとセツナはナユタに尋ねた。
「ところでさ」
「ん? なぁに?」
ナユタが無垢にセツナの顔を覗き込む。
「チビスケ、ってなんだ?」
「ーーあ゛……」
「それはーーもしか僕の事か?」
ミスった。
彼は同年代の男子にし比べ小柄である。
それをどうやら女性にしては背の高めな彼女と比べコンプレックスに感じているようなのだ。
「ーーあ、あのね! それは何というかその、言葉のアヤって言うかなんて言うか。 別にセツナくんがちっちゃいとかーー」
「ーーちっちゃい?」
あぁ、火に油ー。
セツナの後ろに何かが見える。
守護霊的な何かが。
何を言っても無駄無駄無駄無駄無駄無駄。
おとーさん、おかーさん、わたし一つ学んだよ。
何でも勢いだけで言っちゃいけない事を。
少年の怒号が青空の下、鳴り響いた。
青い青い、本当に青い空だった。




