Ⅷ 母と娘
第八話です。
辺りには、ただ田畑が広がっている。
その中を、一人で歩く少女がいた。
少女はある畑の前で足を止めた。
「おかあさん!」
その畑の横に置いてある小さな長椅子、そこに背の高い、すらりとした女性が座っていた。
「ミリナ。来てくれたの?」
母は少し嬉しそうに言って、自分が座っている横をポンポンと軽くたたいた。
自分と同じ、少し赤が混ざったような茶色の髪。赤色の瞳。
自分と母は、本当によく似ていた。
「うん。おばあちゃんたち、話終わったみたいだったから。」
母がたたいたところに腰をおろしながらミリナは言った。
「ほんと仲いいわよね、お義母さんとダンカンさん。」
母はいつも、祖母が誰と話したなんか言わなくてもわかっているのだ。
まあ、祖母がよく話をするのはダンカンさんぐらいしかいないのだが。
ちなみにいうと、ダンカンは母の父にあたる、つまり、ミリナからすれば母方の祖父にあたる人なのだ。
だから、同じダンカンの孫にあたるランティスとは、従姉妹にあたる。
「……ねえお母さん。」
ふと、ミリナは母があのことを知っているのか疑問に思った。
「ランティスのお母さん、覚えてる?」
母が言い出すまでは言ってはいけないと思い、まわりくどい聞き方にすることにした。
「ええ。アイビスさんのことでしょ?あの人にはお世話になったわ。」
母も、祖母たちのようにお世話になったようだ。
「アイビスさんって、今どうしてるの?」
その質問に母は苦笑を浮かべた。
「――おばあちゃんに聞いた方が、良いと思うわ。お母さんも、あまり知らないの。」
「……」
母の言葉に、ミリナは困った。これでは、知ってるのか知らないのかわからない。
「急に、どうしたの?」
母が聞いてきた。ミリナは詰まった。
「な…なんでもないの!た…ただ、気になっただけなの!」
急に叫んだ娘に、母は不思議に思った。
「やっぱり何かあるの?」
「う…ううん…ほ、ほんとになんでもないから!」
こんな返事で母が納得するとは思えなかったから、何とか誤魔化そうとバスケットを見た。
中には、ベリーパイが入っている。これだ。
「そ、それよりお母さん、ベリーパイ、持ってきたよ!」
急いで取り出し、一緒に持ってきた小皿に切り分けのせた。
母に手渡すと、母はわぁっと、嬉しそうにほほ笑んだ。
「丁度、今食べたいなって思ってたの。ありがとう。」
母はすぐに食べてしまった。よほどお腹がすいていたのだろう。
ミリナはしばらく考えていたが、やがてひらめいた。
「ね、お母さん。アイビスさんは、お母さんになにをしてくれたの?」
これなら、少しは天使とかいう単語も出てくるかもしれない。
結構自信はあったのだが、返ってきたのは、的外れな答えだった。
「え?そうねぇ。一緒にご飯作ってくれたり、あなたの子守もしてくれたし…色々やってくれたわよ」
「色々…そうなんだ」
ミリナは肩から力が抜けた。
「あ、でもね、一番心に残ってるのは、結婚式ね。」
母は、懐かしそうに言ってきた。
「結婚式?」
首をかしげた私に、母は嬉しさを秘めた眼で教えてくれた。
「そう。アイビスさんと兄さんの結婚式。」
兄さんは、ランティスのお父さんだ。フレッド、という名前で、とても優しい人だった。
「アイビスさんはね、自分のいたところから花嫁衣装を持ってきたんだけれど、それが、ほんとに綺麗だったの。」
「どんな衣装だったの?」
「――大きな翼を広げたような、真っ白な、鳥のような…そうねぇ。まるで、天使のような衣装って言うといいかしらね」
母の瞳は輝きで満ちている。
だが、この口調からして母は知らないと思う。
なら、簡単には言えない。内緒にしなければ。
「でね、指輪は、兄さんが、町の職人さんと手作りで作ったそうなんだけど、指輪の外側には鳥の装飾、内側には仲のよかった二人にピッタリな、羽根の装飾があって。」
「どうして、羽根の装飾がぴったりだったの?」
どうして羽根の装飾がぴったりなのか、ミリナにはわからなかった。
「一つずつだったから、二つの指輪をを合わせると、二つになるの。だから、二人いないと片方だけじゃ飛べないでしょう?」
それは、フレッドさんがアイビスさんに、天使として生きていたことを、誇りに思ってほしかったから、忘れてほしくなかったからじゃないのかなと、ミリナは思った。
きっと二人は、ずっと一緒に入れなかったことを知ってたんだ。
それでも、一緒にいることを選んだ…
ミリナはふむ、と考えて、やがて、ひらめいた。
「お母さん、用事思い出したから、ちょっと行ってくるね!」
「え?ちょっとミリナ??」
ミリナは、母に告げると、バスケットを持って、走り出した。




