Ⅴ 母の秘密
第五話です。
「これは、『スーズ』と契約した人間が持つペンダントだ。これがないと『スーズ』の力は借りれないからな。常に持っているといいだろう。」
そう言って彼は右手で左手の甲をなでた。すると彼の『スーズ』である虎が消えた。
どうやら、『スーズ』をしまう時の方法らしい。
ランティスも同じように左手の甲をなでると、雌鹿も消えた。
「わかったわ」
早速首に付けて答えた。ジ―クは付け足すように言ってきた。
「それから」
「まだあるの?」
もうすでに覚えることだらけで頭はパンパンだ。まだあると聞くだけで目眩がしてきそうだ。
「これで最後だ。絶対にこのことは他言してはならない。いいな?じゃないと俺の首が飛ぶ。」
あ…そうなの…よほど自分の首が大事なのね……
ランティスはもう、突っ込むしかできなかった。かろうじて声は出さなかったのに、聞こえたようなそぶりでジ―クは言ってきた。
「当たり前だ。人間とは違って、天使は本物の首が飛ぶからな。お前も気をつけた方がいい。」
「あ…本物の首……」
天使の世界って厳しいのね、と、思わざるを得ない一言だった。
ランティスには構わずジ―クは続けた。
「よし。今日からしばらくは仕事をしてもらうことになる。家を空けると祖父に伝えておいた方がいいと思うぞ。早く行って来い。」
「うん!」
さっき祖父は工房に行くと言っていた。帰りはいろんなところに寄り道しながら帰ってくる祖父なので、帰る時間帯はどこにいるかわからないが、今ならまだ工房にいる時間だろう。
猛ダッシュで工房へと駆けて行った。工房は、村の外、北側にあたるところにある大きな森の中にある。
森の奥の方は危険なので入り口付近に立っている。が、村の門を出てからしか行けないため、遠いと言えば遠いのだ。
だって、ランティスが住むこの家は、門から一番遠いのだから。
それでもがんばって走っていくと、やっとの思いで門のところまでこれた。
「畑が多いのよ!この村は!」
思わず叫んでしまった。
この村は、ほかの村よりも農業がさかえているため、田畑は広いのだ。
まあ、そのおかげで他の村よりは裕福な生活ができるのだが。
「ふう。もうちょっと…」
そう言ってランティスはまた走り始めた。
一方、祖父はまだ工房に行っていなかった。
今いるのは、左隣の隣の家に住む友人、サリアの家だ。
彼女は娘と孫の三人暮らしで、娘は畑に出かけていたため、孫が二人にお茶を入れに行った。
「―――というわけで。どう思う、サリアちゃん。」
孫がおかしかったため、壊れたのかどうか、サリアに相談に乗ってもらいに来たのである。
「どう思うって言われても、私にはわからないわ」
ダンカンは、サリアの、いつまでたっても変わらない、このさっぱりとした話し方が好きだ。
「もしかしたら、あれかも知れん…」
「まあ、アイビスがそうだったものね」
二人はお茶を机の各前に置いて座っていた、同席していたサリアの孫、ミリナのことなど全く気にせず話していた。
そのためミリナには、なにがなんだかさっぱりわからなかった。
「あの…」
「どうかした、ミリナ?」
恐る恐る口を開くと、祖母が何事かと尋ねてきた。
「あの、『あれ』って、何です?」
「『あれ』か?それはな――」
ランティスの祖父、ダンカンはいたって気楽に答えようとした。が。
「ダンカン!」
瞬時にサリアが叫んだ。ダンカンは、忘れていたとでもいうような口ぶりでミリナに言った。
「あ…内緒だったな。すまんのう、ミリナちゃん。これは教えれん。」
ミリナにはさっぱりわからなかったが、一応謝っておくことにした。
「はい…。変なこと聞いて、ごめんなさい。」
するとダンカンは、むう、というような顔で言ってきた。
「そうじゃのう。絶対に、他言しないと、誓えるなら…」
「ダンカン!ミリナにまで言うつもりか!!」
叫んだサリアに、まあまあ、と言ってダンカンは続けた。
「少しぐらいは教えてあげよう。どうだね?」
「はい!約束します!」
ミリナはランティスより少し年上で、よく面倒を見ていた。そのため、ダンカンはよくお礼と言って、色々な事を教えてくれた。
「まったく…私は知らないわよ、どうなっても。」
「わし一人の首が飛ぶくらい、どうでもいいわい。」
サリアの言葉に軽く答えてから、ダンカンはミリナの方へ向いた。
「『あれ』とはな、天使のことだ。ランティスの母は天使なんじゃよ。」
ダンカンの言葉に、ミリナはなんにも言えなかった。