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竜と人が暮らすアステリア王国の物語

村のお祭りに来たい竜は、人がこわくて空から下りられない

作者: みき
掲載日:2026/09/26

 アステリア王国の南に、リーネという小さな村がある。


 広い畑と、ゆるやかな丘。


 春には白い花が咲き、秋には小麦が金色になる。


 王都のような大きな建物はない。


 有名な店もない。


 けれど、年に一度だけ、近くの町からも人が集まる日があった。


 秋の収穫祭だ。


「リオ! そっちの旗、もう少し右!」


「右ってどっち!」


「そっちは左!」


「最初に言ってよ!」


 十五歳の少年リオは、村の広場で大きな声を出していた。


 祭りは明日。


 大人も子どもも、朝から準備に追われている。


 広場には長い机が並び、家々から料理が運ばれてくる予定だった。


 焼いた肉。


 野菜の煮こみ。


 甘い焼き菓子。


 今年取れたばかりの小麦で作る大きな丸パン。


 リオが一番楽しみにしているのは、そのパンだった。


「今年は三つ食べる」


 そう言うと、幼なじみのメラがあきれた顔をした。


「去年も同じこと言って、二つでお腹いっぱいになってたよ」


「今年は大きくなったから」


「一年でそんなに変わらないって」


 二人が言い合っていると、村の老人が空を見上げた。


「また来てるな」


「何が?」


 リオも上を見る。


 青い空。


 白い雲。


 その間に、小さな黒い影があった。


「……竜?」


「ああ」


 かなり高い場所を、一頭の竜がゆっくり回っている。


 大きさまではわからない。


「最近よく見るぞ」


 老人が言った。


「三日くらい前から、村の上を飛んでる」


「下りてこないの?」


「来ないな」


 リオはしばらく空を見ていた。


 竜は何度か村の上を回ったあと、山の方へ飛んでいった。


     


 次の日。


 収穫祭が始まった。


 朝から村の広場は人でいっぱいだった。


 楽器を鳴らす人。


 料理を売る人。


 走り回る子ども。


 酒を飲んで、まだ昼なのに顔を赤くしている大人。


「リオ!」


「今行く!」


 メラが手を振っている。


 二人は屋台を回り、焼き肉を食べ、丸パンを一つ買った。


「うまい!」


「早く食べすぎ」


 その時だった。


「あ!」


 近くにいた子どもが空を指さした。


「竜!」


 広場にいた人たちが顔を上げる。


 昨日と同じ竜だった。


 今日は少し低いところを飛んでいる。


「祭りを見に来たのかな」


「まさか」


「でも昨日もいたよ」


 村人たちは楽しそうに話した。


 アステリアでは竜を見ること自体は珍しくない。


 それでも、村の上を何日も回る竜は少し変わっている。


 竜は一度だけ低く下りてきた。


 その瞬間。


 広場の子どもたちがいっせいに手を振った。


「おーい!」


「こっち来いよ!」


「竜だー!」


 すると竜は急に上へ逃げた。


「あれ?」


 リオは首をかしげた。


 竜はそのまま山の方へ消えていった。


「……人がこわいのかな」


 メラが言った。


「竜なのに?」


「竜だって、こわいものくらいあるでしょ」


「そうなのかな」


「人間だって、人がこわい人いるじゃん」


「それはいるけど」


 リオは、竜が消えた空を見た。


     


 昼すぎ。


 祭りの手伝いを少しぬけて、リオは山の方へ向かった。


「どこ行くの?」


 当然のようにメラもついてきた。


「あの竜を探す」


「なんで?」


「気になるから」


「それだけ?」


「それだけ」


 二人は村の外へ出た。


 森の近くまで行くと、大きな木が何本もある。


 しばらく歩いたところで、メラが立ち止まった。


「リオ」


「何?」


「あれ」


 木の向こう。


 一頭の竜がいた。


 思っていたより小さい。


 馬より少し大きいくらい。


 赤い体に、黄色い翼。


 まだ若い竜に見えた。


 地面に座り、遠くの村を見ている。


「いた」


「静かに」


 二人は少しずつ近づいた。


 枝を踏んだ。


 ぱきっ。


 竜が飛び上がった。


「待って!」


 リオが言う。


 竜は翼を広げた。


 けれど、すぐには飛ばなかった。


「何もしないから」


 竜はじっと二人を見る。


「祭り、見に来てたんだろ?」


 返事はない。


「パン食べる?」


 リオは持っていた袋から、半分残していた丸パンを出した。


「それ、自分で食べるんじゃなかったの?」


 メラが小声で言う。


「今はいい」


 地面へ置き、少し下がる。


 竜はしばらく動かなかった。


 やがて、ゆっくり近づく。


 パンのにおいをかぐ。


 一口食べる。


 もう一口。


 全部食べた。


「食べた」


「そりゃ食べるでしょ」


「うまかった?」


「きゅう」


 二人は顔を見合わせた。


「鳴いた」


「聞こえた」


 竜は少しだけ首をかしげた。


     


「名前あるのかな」


「聞いてみれば?」


「お前、名前ある?」


「きゅう」


「わからない」


 首を見ると、細い革ひもがあった。


 そこに小さな札がついている。


「文字がある」


 リオは目を細めた。


「……ナナ?」


「そう書いてあるね」


「お前、ナナっていうの?」


「きゅう」


 今度は少し大きく鳴いた。


「そうみたい」


 メラが笑う。


 どうやら野生の竜ではない。


 どこかで人と暮らしていたのだろう。


「なんで村に下りてこないんだ?」


 リオが聞いても、もちろん答えない。


 けれど人が近づくと体が固くなる。


 少し大きな声を出すだけでも、すぐ翼を広げる。


「やっぱり、人がこわいんだ」


 メラが言った。


「昔、何かあったのかな」


「わからない」


 二人は少し離れた場所に座った。


 無理にさわらない。


 近づきすぎない。


 ただ、同じ方向から村を見た。


 遠くから音楽が聞こえる。


「祭り、行きたい?」


 リオが聞いた。


 ナナは村を見る。


「行きたいんだろ」


「きゅう」


「でも人がいっぱいだもんな」


 ナナはその場に丸くなった。


     


 リオは考えた。


 そして急に立ち上がった。


「メラ」


「何?」


「ちょっと村に戻ろう」


「ナナは?」


「ここで待っててもらう」


「待っててくれるかな」


「たぶん」


 リオはナナを見る。


「すぐ戻るから!」


 当然、返事はない。


     


 二人は村へ走った。


 広場では、まだ祭りが続いている。


「父さん!」


 リオは父を見つけた。


「どうした。そんなに走って」


「お願いがある」


「何だ」


 リオは事情を話した。


 村の上を飛んでいた竜。


 名前はナナ。


 祭りを見ている。


 でも人がこわくて下りてこられない。


 父は腕を組んだ。


「それで?」


「祭りを少しだけ、村の外でもやれない?」


「村の外?」


「みんなで行くんじゃないよ」


 リオは説明した。


「少しだけ料理と音楽を持っていくんだ」


 父は目を丸くした。


「竜一頭のために?」


「だめ?」


 近くで話を聞いていたパン屋のおばさんが笑った。


「面白いじゃない」


「え?」


「丸パンならまだあるよ」


 肉屋の男も言った。


「焼いた肉も持っていける」


 楽器を持っていた老人が手を上げる。


「一曲くらいなら山まで行ってもいいぞ」


「待て待て」


 リオの父があわてる。


「大人数で行ったら意味がないだろ」


「あ」


 みんな止まった。


「竜は人がこわいんだろ?」


「そうだった」


 結局。


 リオ。


 メラ。


 リオの父。


 パン屋のおばさん。


 楽器を持った老人。


 五人だけで行くことになった。


     


 山へ戻ると、ナナはまだいた。


「いた!」


 リオが走りそうになり、メラに服をつかまれた。


「走らない」


「あ、そうだった」


 五人は少し離れたところで止まった。


 地面に布を広げる。


 丸パン。


 焼いた肉。


 りんご。


 甘い菓子。


「なんだこれ」


 父が言う。


「小さい祭り」


 リオは答えた。


「ナナ用の」


 老人が小さな笛を吹き始める。


 村で流れていたのと同じ曲。


 大きすぎない音。


 ゆっくりした曲。


 ナナが顔を上げた。


 こちらを見る。


「来てもいいよ」


 リオは言った。


 ナナは動かない。


「来なくてもいいけど」


 メラが続けた。


「見てるだけでもいいよ」


 しばらくして。


 ナナが一歩だけ近づいた。


 止まる。


 また一歩。


 また止まる。


 最後には、布から少し離れたところまで来た。


 パン屋のおばさんが丸パンを置く。


「これ、今日の祭りのパンだよ」


 ナナは近づいて食べた。


「おいしい?」


「きゅう」


 みんなが笑った。


 ナナはびくっとした。


「あ、ごめん」


 すぐ静かになる。


 少しして、ナナも落ち着いた。


     


 夕方まで、小さな祭りは続いた。


 ナナは人にさわらせなかった。


 それでいい。


 近くに座ることはできた。


 音楽を聞いた。


 パンを食べた。


 リオたちが話す声を聞いていた。


 夕日が山の向こうへ下りるころ。


 ナナが急に立ち上がった。


「帰るの?」


「きゅう」


 翼を広げる。


 そして空へ飛び上がった。


「またな!」


 リオが手を振る。


 今度はナナも逃げるようには飛ばなかった。


 村の上を大きく一周する。


 それから山の向こうへ消えていった。


     


 次の朝。


 村の広場を片づけていると、大きな声がした。


「竜だ!」


 リオは空を見る。


 ナナだった。


 昨日より低く飛んでいる。


 村の上を一周。


 二周。


 そして。


 広場のはしへ、ゆっくり下りた。


 村人たちは驚いた。


 でも、だれも走って近づかなかった。


 昨日の話を聞いていたからだ。


「おはよう」


 リオが少し離れた場所から言った。


「きゅう」


「今日は下りられたな」


 ナナは広場を見回した。


 もう祭りは終わっている。


 机も片づけ始めている。


「来年は、最初から来る?」


「きゅう」


「約束な」


 もちろん、本当にわかっているかは知らない。


 でも、それからナナは時々リーネ村へ来るようになった。


 人の少ない朝。


 静かな夕方。


 少しずつ。


 少しずつ。


 村人も無理に近づかなかった。


 いつか人の中へ入れるようになるかもしれない。


 ずっと少し離れた場所が好きなままかもしれない。


 それでもいい。


 竜と人が共に暮らすというのは、いつも近くにいることではない。


 相手が安心できる場所を、ちゃんと残しておくことでもある。


 そして次の年。


 リーネ村の収穫祭の日。


 一頭の赤い竜が、朝から広場のはしで丸パンを待っていた。

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