9話 料理人ミレイユ
今私の目の前に、ノア、レオニード、クラウス、三人の攻略対象が並んでいる。
頭を抱える私とは対照的に、ワクワクしているセシリアとルイン。
(どうして...どうして..こんなことになったんですの......)
時は遡る――
◆
「火は一定に。強くしすぎないように」
「はい、お嬢様」
厨房で鍋を前に立つミレイユ。
掌に灯る炎は、揺らぎの少ない穏やかな光。
戦闘用の爆炎ではない。煮込みのための、均一な火。
(強さではなく、安定。日常魔法の応用ですわ)
隣ではリヴィアが焼き菓子の最終確認をしている。
本日の研究テーマは――炎魔法による精密調理
試食予定はセシリアとルイン―――それだけのはずだったのだ
◆
「まあ……良い香り」
最初に目を輝かせたのはセシリア。その隣でルインが控えめに微笑む。
「炎が……とても安定しています」
「色の変化も見えますの?」
「はい。熱が均一です」
さっそく研究モードである。
ミレイユは少し誇らしい。
(研究仲間たちとの平和な時間...こんな日がいつまでも続けばいいのだけれど...)
心の中でそんな事を思っていたが、そんな希望は簡単に打ち砕かれることとなる。
◆
「……ミレイユが料理を?」
執務室で父が顔を上げる。
「はい旦那様。炎魔法の研究の一環だとか」
「ほう……」
沈黙、数秒。
「味見は誰が?」
「セシリア様とルイン様が」
「どうして私は呼ばれていないのだろう...?」
執事が一瞬言葉を失う。
数分後、父が厨房の中に入ってきた。
「あら、お父様。今はお仕事中では?」
視線をオーブンに向けながら近づいてくる。
「ミレイユが料理していると来てね、その、是非試食に預かりたいと思っているんだけど」
「ああ、ではこちらをどうぞ」
少し焦げてしまったクッキーだったが、味はそこまで変わらないだろう。
目を輝かせながら、一口。そして満面の笑みを浮かべ
「美味しい!ミレイユは料理の天才だ!!」
(それ炎魔法の火力を間違えて焦げてしまったものなんですけど.....ホント親バカですわ...)
そんな父を見送った後、リヴィアを筆頭にセシリアとルインにも手伝ってもらい、クッキーを初めとしたお茶菓子が完成した。
「ふう、何とか出来ましたわね!みんなのおかげよ!ありがとう」
額の汗を拭い、一息つく。
「いえ、とても楽しかったです!どんな味になっているのか楽しみですわ!」
「ミレイユ様の魔法、とても安定していました...火の色に偏りがなかったので、均一に焼けているはずです...」
(2人とも楽しんでくれたようで良かったですわ....)
「さあ、温かいうちに食べましょう!リヴィア、紅茶を入れてくださる?」
「かしこまりました、お嬢様」
颯爽と茶葉を取りに行くリヴィアに声をかける。
「リヴィア!これはリヴィアの分。形も色もいい自信作よ!」
袋に詰めたお菓子をリヴィアに渡す。
「....あ、ありがとうございます。お嬢様」
ぎこちない言葉の割に、その顔には優しい笑みを浮かべていた。
ただ、ミレイユは知らなかったのだ。この日の夜、父が王宮に行く予定があることを
◆
翌日、セシリアとルインが再び屋敷に訪れる。
「昨日、王宮で侯爵様が大変誇らしげでしたわ」
ルインがくすりと笑う。
「……え?...お父様が...王宮に...?」
嫌な予感がした時にはもう遅かった。
「失礼します、ミレイユ嬢」
穏やかな声。そこに現れたのはノアだった。
「侯爵からミレイユ嬢が作ったお菓子が絶品だったお伺いして、是非私もと思いまして」
にこり。逃げ場がない。
セシリアがぱちぱちと瞬きをし、ルインは緊張で背筋を伸ばす。
(.......お父様には....失敗して炭になったものを渡すことにしましょう)
ため息を我慢しているのも束の間、次の来訪者が現れる。
「ノアだけズルいよ」
軽やかな声と共に入ってきたのはレオニードだった。
「レオニード様.......?」
セシリアは突然の婚約者の登場に慌てふためくと思いきや、全く動じていない。
(セシリア、落ち着きすぎていません?自分の婚約者であり、最も慕っている人物の登場よ.....随分と潮対応な気が...)
「セシリアが来てるときいてね」
(であれば、私を見るのではなく、セシリアを見て言ってほしいんですが.....)
「侯爵令嬢が炎魔法を使って料理をする。こんな面白そうなことを見過ごす俺じゃないよ。流石、セシリアが懐くだけはあるね」
「レオニード様、私はミレイユ様を慕っているのです。懐いているのではありません。お間違いないように」
セシリアがピシャリと釘を刺す。第三王子の扱いがあまりにも雑なので、ルインは双方の顔色を窺っているようだ。空気が一段階騒がしくなる。
◆
そして最後に、静かな声。
「炎の出力安定値を確認したい」
クラウス・ヴァルンハルト
ルインが思わず息を呑み、しどろもどろになりながら挨拶を交わす。魔法を重んじるセレフィア家からすると、下手をしたらクラウスは王子よりも敬う対象なのかもしれない。
(ただ、もうなんか来る気がしてましたわ......はぁ....王子二人に加え、魔法の天才まで……)
クラウスの視線は完全に炎。
(目つきが熟練の研究者にしか見えないわ)
「揺らぎが極端に少ない。どうやら、本当に魔法の鍛錬を行っているようだな」
◆
結果、ミレイユ、セシリア、ルイン、ノア、レオニード、クラウスが厨房に集まった。
本来は、セシリアとルインとの穏やかな研究会だった。
今や、断罪側三名が勢揃い。
セシリアは優雅に試食。
「とても美味しいですわ!流石ミレイユ様です!」
「あ、ありがとう、セシリア。ただ、ちょっと苦しいですわ。魔法の調整が.....」
最近セシリアはお礼を言う度に抱き着いてくるようになった。
貴族社会において仲が良い女性同士ではこれが普通らしく、中々に大胆なスキンシップで驚いている。
そんな中、ルインとクラウスは真剣に観察。
「熱の入り方が……本当に均一です」
「...ふむ....色彩魔法によって炎の熱伝導も視覚化できるのか...面白い」
(...あら、この2人中々に良いペアじゃありませんの。いっそのこと二人がくっつけば、一つ外的要因がなくなるのでは....)
ノアは静かに口に運び、笑顔で答える。
「火加減が絶妙ですね、ミレイユ嬢にこんな特技があったとは驚きです」
「あ、ありがとうございます」
(追放する張本人に褒められると、複雑な気分になりますわね...)
レオニードは笑う。
「うん、美味しいよ。それにこういった魔力の調節は剣技にも活かせるし、どうミレイユも?剣を習ってみない?」
「い、いえ。剣は遠慮しときますわ.....」
(切られそうで怖いですし......)
セシリアが楽しそうに言う。
「次は、わたくしも何かお手伝いできますか?」
ルインも勇気を出して。
「炎の色、少し調整してみましょうか」
女性陣は平和。対して男性陣。
「また機会があれば是非拝見したいですね」
穏やかなノア。
「今度は厨房じゃなくてもっと広い庭とかで盛大にやりたいな。あ、でも庭では炎柱が立つからダメか」
軽口を叩くレオニード。
「色彩魔法を交えた実践的な魔法訓練も面白いな......」
魔法の事しか頭にないクラウス。
(拡大しておりますわ……)
静かに研究するはずだった。地味に、慎ましく、なのに.....
気づけば破滅フラグを巻き込んだ研究会になっている。
ミレイユは完璧な笑顔を保ちつつ、心の中でそっと頭を抱えた。
(どうして...どうして..こんなことになったんですの......)




