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悪役令嬢転生物語  作者: だいふく


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7話 侍女視点の主

私はリディア。ミレイユ様が5つになった時からお仕えしている。

3年間、ミレイユ様の侍女として一番近くにいた。だから分かることがある。

庭園で頭を打った日を境に――あの方は、別人のようになった。


ミレイユ様は正直に申し上げれば、手のかかるお方だ。

気に入らないことがあれば癇癪。

紅茶の温度が違えば叱責。

他家の令嬢が少しでも目立てば露骨な嫌味。

「わたくしが一番でなければ意味がないの!」

それが口癖だった。

自尊心は高く、負けず嫌いで、感情がすぐ表に出る。

……それでも私は嫌いではなかった。

いや、正確に言えば好きでも嫌いでもないが正しい。ミレイユ様に特段の感情を抱いたことがなかった。

私は没落貴族の一人娘。好調だった事業が失敗し借金まみれ。

そんな私が何故、侯爵家で侍女をやっているのか。これは簡単な話だ。

そう、実の親に売られたのだ。借金を肩代わりする対価として。

そこからは、あまり覚えていない。私の意志とは関係なく話が進み、いつの間にかこの屋敷の侍女となっていた。

一通りの作法を学び、人前に立ち、数か月が経った頃。私はミレイユ様の侍女として仕えることを命じられた。直接会ったことはなかったが、良くない噂は屋敷中に蔓延していた。

癇癪に耐えられず辞める者、機嫌を損ねクビにされるもの。

そんな我儘な人間を相手にさせるのに、私は適任だったのだ。侯爵家の侍女ともあれば、貴族の出も多いため、度が過ぎると周りの目も自ずと厳しくなる。

その点、私は没落貴族の出身。辞めたところで侯爵家にとってデメリットが何もない。

それに、私には選択肢がなかった。生きるためには今の環境で言われたことをやるしかない。

だから、ミレイユ様の我儘は我慢できた。野垂れ死ぬよりはマシ。そう思えば大抵の我儘は流すことができる。それに、言うことを聞いてればお金がもらえ、その日が終わっていくのだから。

けれど——

庭園で炎が暴走しかけたあの日、氷で鎮火されたあと。

ミレイユ様は、燃え残った花壇を見つめ、ぽつりと呟いた。

「……死ぬかと思いましたわ」

それは、癇癪でも怒声でもない、本物の恐怖。

そして、次の瞬間、私に向き直り。

「リディア、怪我は?」

そう聞いたのだ。

私は言葉を失った。以前ならまず自分の体面。次に怒り。

使用人を気遣うなど、後回しだったはず。

「……ございません」

そう答えると、ほっと息を吐いた。ただ、その仕草が、あまりにも自然で―—

逆に、怖かった。


その日以降、ミレイユ様を注意深く観察していると、最近人を怒鳴っていないことに気が付いた。

小さく深呼吸をするようになった。

「これは新たなフラグ……?いいえ、落ち着きなさい、わたくし」

癇癪の代わりに、意味の分からない独り言が増えた。

けれど、確実に変わってきている。

以前は“勝つこと、目立つこと、一番になること”が目的。

それがどうだろうか。

今は”何か”を恐れている。それが何なのかは私にも分からない。

ノア殿下からのお茶会の申し出があった日もそうだ。

以前なら飛び上がって喜び、勝ち誇り、甘えた顔を見せたはず。

だが違った。

「……今回は、わたくしからではないのよね」

鏡の前で、戸惑っていた。期待よりも不安。

それに、お茶会ではあろうことか、小さい子供を庇い、ドレスを汚されたのだ。

あの時は本当に驚いた。今までのミレイユ様なら、まず子供がお茶会に乱入したことに激しく怒りをぶつけ、庭師を叱責。その後、私にもありがたいお言葉を頂戴することになっていただろう。そんな方が子供を庇うなんて.....

第三王子レオニード殿下が来訪された日のこと。

私は、怒号を覚悟していた。

以前のミレイユ様であれば、王族が突然訪ねてきたと聞いた瞬間、

「すぐにお通しなさい!」

と目を輝かせていたはず。

しかも相手は第三王子。自分が“注目された”と受け取り、鏡の前で入念に身支度を整え、誇らしげに笑っただろう。それが当然の反応だった。

けれど、あの日も予想が外れた。

「……どなたが?」

聞き返す声は、明らかに硬かった。

私の報告に、持っていた本を落とし。

「なぜ……?」

と、本気で困惑していた。

喜びではなく、警戒。そして――わずかな恐れ。

応接室へ向かう前、また意味の分からない独り言つぶやく

「....淑女..淑女...とにかく破滅フラグは笑顔で...迎え撃つものですわ」

“迎え撃つ”という言葉に引っ掛かりを覚える。

王子の訪問は、かつては“誇り”だった。

今は“危険”なのだ。

そして、殿下と対面した後も浮かれていなかった。

距離を詰められ軽口を叩かれても、舞い上がるどころか、必死に均衡を保っていた。

殿下が去った後、私が何かありましたか、と声をかけると

「……わたくしにも分かりません」

その声にあったのは、高揚ではなく疲労だった。


私はある日、思い切って聞いた。

「ミレイユ様。その...何か、ございましたか」

一瞬だけ、目が揺れたように見えたが、すぐに微笑む。

「いえ、特に何も」

そういった後に、顎に手をあて考えるそぶりを見せる。

「ただ、そうですね...強いて言うなら...少し…少しだけ…目が覚めただけですわ」

「左様でございますか.....」

目が覚めたという言葉だけでは到底納得できなかったが、私はそれ以上聞くことができなかった。


「リディア」

ある日の午後、ミレイユ様に呼び止められる。

「如何いたしました、ミレイユ様」

「そのね....もし...もしもの話なのだけど」

ここ最近にしては珍しく、歯切れが悪い。

「もし...もし、わたくしが以前のように戻ったら...どうします?」

戻るとはどういう意味だと逡巡するが、私は今の思いをそのまま言葉にする。

「止めます」

「今のミレイユ様の方が、わたくしは好きでございます」

沈黙。

それから、ミレイユ様は小さく笑った。

「……そう。よかった」

その笑みは、勝ち誇った笑顔ではなく、安堵した笑みだった。


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