5話 唐突なお茶会
「……ノア様から、お茶会のお誘いでございます」
その一言で、ミレイユは持っていたカップを危うく取り落としかけた。
「……え?」
侍女がもう一度丁寧に繰り返す。
「ノア様より、お茶会の招待が来ております。ぜひお話ししたいことがあると」
――は?
ミレイユの頭の中で、過去の記憶が一斉に蘇る。
転生前のお茶会。あれは――
(私が無理を言って取り付けたものよね!?)
あの時のノアは、正直あまり気乗りしていなかった。むしろ露骨に「面倒そう」だった。
それでも必死に頼み込んで、やっと実現したのだ。
なのに今回は――ノアから?
「……な、なぜ?」
侍女は困ったように首を傾げる。
「詳しいことは何も」
それなのに、今回は自分から?
「……これは、バッドエンド回避の兆し?それとも新たな破滅フラグ?」
ミレイユは真剣に悩んだ。
「……正直、あまり気が進まないわね」
ぽつりと本音が漏れる。転生前は、あんなに必死だったのに。
(追放してくる可能性がある相手と呑気にお茶なんてできない...行きたくありませんわ....)
「お返事はいかがなさいますか?」
どうするも何も、婚約者、ましてや第二王子からの誘いを断れるはずもない。答えは最初からYES一択の招待。
「……お受けするわ」
覚悟を決めた声だった。
◆
「お待ちしていました、ミレイユ嬢。本日はありがとうございます」
「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」
向かい合って座る。紅茶の香り。春の花。柔らかな風が東屋を抜ける。
ノアが静かに口を開いた。
「先日、クラウスと話をしました」
(クラウスと!?…ま、まさか…嫌な予感しかしませんわ)
「あなたの魔法実技について。」
にこり。逃げ場がない。
「確認ですが……どの部分をお聞きになりましたの?」
「庭園が燃えたとか」
(ですわよねぇ!.....てか燃えてませんわ!なんで微妙に話盛ってるんです!)
「...ノア様、一つ訂正を。”燃えた”のではなく、燃え“かけた”だけです」
「炎柱が三本上がったとも」
「嘘すぎる!?」
思わず前のめりになり、ノアの目がわずかに和らぐ。
「嘘なのですか?彼は“なかなか壮観だった”と」
「炎柱などあがっていませんし、壮観などではございません......」
(クラウス、確実に楽しんでおりますわね)
「すぐに鎮火されたそうですね」
「ええ……クラウス様が氷魔法で」
少しだけ視線を逸らす。
「助けていただきました」
ノアは静かに頷いた。
「恐怖は?」
不意に真面目な声音。
ミレイユは一瞬だけ言葉に詰まる。
「……ありましたわ」
あの瞬間、炎が風に煽られた光景が脳裏をよぎる。
「ですが、原因は理解しております。次はあんな失敗しません」
ノアは数秒、じっと見つめてから、静かに頷いた。
「確認したかったのです」
「何をですの?」
「無謀さではなく、理解の上で扱っているのか」
視線は真剣だが、どこか楽しんでいる。
「でも、今日の態度を見て安心しました。ちゃんと理性がある上で魔法を使用していると判断しました」
「それは……光栄ですわ」
魔法の失敗を叱責されるのかと思っていたが、そうではないらしい。
(よ、よかったですわ。なんなら今までと少し違った印象まで与えられたようですし。結果オーライ)
「確認したいことはこれで以上です。後はいつも通り、お茶を楽しみましょう」
◆
他愛無い話をしていると、お菓子が運ばれてくる。
ノアが菓子皿へ視線を移した。
「本日の焼き菓子は、新しく迎えた菓子職人のものだそうです」
勧められた菓子を一口。
「……」
甘い、非常に甘い。
(砂糖の祝祭ですの?)
「いかがですか?」
穏やかな問いに一瞬迷ったが、視界の端に柑橘の実が映る。
「少々、お待ちいただけますか?」
侍女に頼み、薄切りの柑橘を用意させる。
軽く搾り、もう一口。
「やっぱり……ちょうど良いですわ」
ノアも試す。
「……なるほど」
目がわずかに見開かれる。
「甘さが引き締まりますね」
「生地が軽いので、酸味を足すと香りが立ちますの」
だがノアはじっと見ている。
「少々意外でした。もっと形式的なことにしか関心がないのかと」
「形式だけでは、つまらないでしょう?」
思わず出た本音にノアは静かに微笑む。
その時だった。
東屋の外から、ぱたぱたと小さな足音。庭師の子どもらしい小さな女の子が走ってくる。
追いかける庭師が青ざめている。
「も、申し訳ございません、殿下、ミレイユ様!!」
あまりの気迫にあっけにとられる。
恐らく、ノアのお茶会を邪魔してしまった思っているのだろう。しかも、相手はあのミレイユ。お茶会を邪魔したことで何をされるか分からないといった所か。
「止まりなさい!エリス!」
そんな、静止を促す声を振り切り元気よく走っていく。意識は庭園の煌びやかな装飾に奪われたままだ。
(あらあら、前を見ていないと危ないです.....わ!?)
と思っていた矢先、子どもは庭園に気を取られたまま東屋の柱に向かって一直線に走ってくる。
考えるより先に、ミレイユは立ち上がっていた。
「危ない!」
ふわりとスカートが広がる。とっさに柱と子供の間に入り、子どもの肩を抱きとめる。
子どもは目を丸くする。
「...ふう....エリスといったかしら?大丈夫?怪我はない?」
ミレイユは視線を合わせ、微笑む。
エリスは次第に状況を飲み込んだのか、こくりと首を縦に振った。
「良かったわ。ただ、走るときはちゃんと前を見ませんと。お姉ちゃんとの約束よ?」
叱るでもなく、柔らかい声音。
”うん!ありがと、お姉ちゃん!”元気な声が庭園を包む。
追いついた庭師が平伏する。
「た、大変失礼を――」
「いえ、怪我がなくて何よりです」
そう一言いうと、ミレイユは自然に立ち上がり、何事もなかったかのように席へ戻る。
(あら、ドレスの裾が……まあ、このくらいは後で整えればよろしいですわね)
そのとき、ノアの視線に気づく。じっと見られている。
「……何か?」
「いえ」
だが目が、先ほどよりも明らかに柔らかい。
「驚きました、彼女助けるのに躊躇がありませんでしたね」
「頭をぶつけそうでしたし。何より考える時間がありませんでしたわ」
ノアは少しだけ視線を落とし、それから言った。
「あなたは、優しいのですね」
「普通ですわ」
(大げさですのよ)
だがノアは静かに首を振る。
「いいえ、立場を考えれば、侍女に任せる選択もあったはずです」
「私が一番近くにいましたから」
ノアは微笑む。
「今のあなたを見られて、嬉しく思います」
その声音は、先ほどよりも少しだけ深い。
(……なぜそんなに見つめますの。何か企んでそうでちょっと怖いですわ...)
ノアは改めて紅茶を口にした。
「本日は良い発見が多いですね」
「...発見?ああ、お菓子の件ですか」
一瞬間があく。
「そうですね。そして、貴方についても」
さらりと言うが冗談ではない響きがある。
ミレイユは小さく咳払いをした。
「そうですか、ただ本日はお茶会。主役は菓子職人ですわ。このお菓子がなければ何の発見もなかったかもしれませんし」
「ふふっ.....そうかもしれませんね」
穏やかに笑う。
ノアの中で、確実に何かが変わり始めていることを、ミレイユはまだ知らない。




