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悪役令嬢転生物語  作者: だいふく


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4/7

4話 社交界の片隅で

 温かな料理の香りが漂う中、穏やかな雰囲気で食事をしていた時のこと。

 「ミレイユ」

 向かいの席で書類を眺めていた父が、ふと顔を上げる。

「今度の週末、王都で小さな社交界があるんだが……行ってみないかい?」

 声音はどこまでも優しい。というより、明らかに“断られても構わないよ”という甘さが滲んでいる。

「社交会、ですか?」

 首をかしげると、父はにこにこと頷いた。

「ああ。無理にとは言わないよ? ただ、同年代の子も多いらしくてね。ミレイユが少しでも興味があるなら、どうかなと思って」

 完全に娘優先である。

 横に座っていた母が、呆れたようにため息をついた。

「あなた……甘すぎます。社交界は経験がものを言う場ですもの。そろそろ慣れておかなくては」

「そ、そうだね!どうだい、ミレイユ」

 慌てて取り繕う父。

 そのやり取りを聞きながら、ミレイユはぼんやりと考えていた。

(社交界……)

 華やかな場、という印象はある。けれど――

(あれ?)

 ふと、嫌な汗がにじむ。

(私、社交界のマナー……覚えていたかしら?)

 カップを持つ手がぴたりと止まった。

 優雅な礼の角度。正しいカーテシー。会話の切り出し方。ダンスの順序。

(……ひとつも思い出せませんわ.....)

 にこやかな顔のまま、内心は軽く混乱していた。

 いや、以前習ったはずだ。習ったはずなのに。

 ここ最近は魔法だの本だのに夢中で、社交作法は頭の隅へ追いやられている。

「ミレイユ?」

 父が心配そうに覗き込む。

「気が進まないかい? 嫌なら――」

 そこまで言うと、母からの鋭い視線が突き刺さり、父は言葉を止める。

「い、いえ!」

 私もあまりの視線の鋭さに、思わず食い気味に否定してしまった

 そう、嫌というわけではない。ただ、準備が、心の準備が。

「参加いたしますわ!

 勢いで言ってしまった。

 父の顔がぱっと明るくなる。

「本当かい? さすが私の娘だ!」

「当然ですわ。ええ、当然……」

 母が満足げに頷く。

「では、ミレイユ。明日から一度作法の確認をしておきましょうね」

「……はい」

 穏やかに返事をしながら、ミレイユの頭の中では警鐘が鳴り響いていた。

(確認って、何をどこから……!?)

 お辞儀の角度って何度でしたっけ。笑うとき歯は見せてよかったかしら。ダンスって右から? 左から?

 震える手で紅茶を飲み干しながら、そっと決意する。

(とりあえず、今夜はマナーの本を引っ張り出しましょう……)

 こうして、若干の焦りとともに社交会への参加が決まった。

 

 レッスンが始まった日以降、母の声が屋敷中に轟くことになったのは言うまでもない。

 そして数日後――

 私は豪奢な馬車に揺られていた。

「……当日ね」

 本日は公爵家主催の小規模な茶会。

 父の仕事関係もあり、顔を出さねばならない。

 八歳とはいえ、貴族は貴族。

 逃げ場はない。

「粗相だけはしないように……」

 私が作法を見せた時、母は開いた口が塞がらないという(ことわざ)を体現していた。

 それから、マンツーマンレッスンの日々。

「お母さまは、あんなに怒れる人でしたのね.....」

 今思い出すだけでも、若干の身震いが起きる。

「なんとか形にはなったはず。落ち着いてやれれば大丈夫なはずです....」

 炎さえ出さなければ大丈夫。多分。

 会場は華やかだった。

 高い天井。磨かれた床。香る花々。

 子ども向けとはいえ、立派な社交の場。

 私はにこやかな笑みを浮かべ、いくつかの挨拶をこなしていく。

 ――つ...疲れましたわ......

 心の中でだけ呟く。

 自分でいうのも何だが、第二王子の婚約者という肩書はとにかく人を呼ぶ。

 隙を見て、バルコニー近くの静かな一角へと移動する。

「ようやく、休憩できますわ.....」

 そう思った瞬間。

 かすかに震える声が聞こえた。

「……申し訳、ありません……」

 視線を向けると、一人の令嬢が数名の少女たちに囲まれていた。

 淡い栗色の髪。柔らかな雰囲気。華奢な肩。

 とても...綺麗な子ね.......

「婚約者様なのに、随分と大人しいのね」

「第三王子殿下がお優しいから、甘えていらっしゃるのかしら?」

 遠回しな棘。悪意は薄いが、確実に刺さる類の言葉。

 セシリアは俯いたまま、小さく「申し訳ありません」と繰り返している。

 ……あらまあ。

 私は小さく息を吐いた。

 関わる必要はない、ないけれど。

「その辺りでやめて差し上げてはいかが?」

 気づけば、口が動いていた。

 少女たちが一斉にこちらを見る。

「ミ、ミレイユ様....」

 表情が変わる。

 噂の“高慢侯爵令嬢”登場。

「ミレイユ様、私達は彼女と楽しくお喋りをしていますの。挨拶もなしに急に割り込むのは如何なものでしょうか?」

 私は微笑み、

「あら、それは失礼しましたわ。ただ、貴方達のお喋りは少し声が大きすぎるようです。ここは社交の場。時と場所を選ばなければ、貴方達が言う”楽しい”お喋りもそこらの喧騒と同じ。品がありませんわよ?」

 にこり。笑顔は崩さない。

 少女たちは気まずそうに目を逸らし、

「わ、私たちはそのようなつもりでは……し、失礼いたします!」

 と散っていった。どうやら嵐は去ったようだ。

 残されたのは、震える小さな令嬢。

「……大丈夫ですの?」

 声をかけると、彼女ははっと顔を上げた。

「ミ、ミレイユ様……」

 瞳が揺れている。

 吸い込まれるような碧い瞳を見ていると、記憶のピースが”かちり”とハマる音がした。

 あれ....この子.....まさか......

「ご、ご迷惑を……わ、私はセシリア・アルヴェーンと申します....助けていただき、ありがとうございました.....」

 やっぱり.....彼女はセシリアだ!

 セシリア・アルヴェーン、第三王子の婚約者。ヒロインが第三王子ルートに入ると話に濃く絡んでくる。ただ、彼女はまさに侯爵令嬢の鏡といっても過言ではない。傲慢さは一切なく、ヒロインのことを認め、共に切磋琢磨していく。恋のライバルポジションキャラだ。

 セシリアはこんなに良いキャラなのに、ミレイユはどうしてあんなキャラにしたんだ...許せん....。

 ただ、ゲームとは少し印象が違う。こんなオドオドしたキャラではなかった。確かに大人しいキャラではあったけど、芯が通っていて、言いたいことはしっかりと言うキャラだったはず....まだ幼少期だから....?

 そんな考察をしていると、

「ミ、ミレイユ様?」

 声を掛けられ、意識を現実に呼び戻す。

「んんっ、初めまして、セシリア様。私はミレイユ・アルノーと申します。セシリア様は私の事をご存じなのですか?私の名前を呼んでおりましたが」

 そう聞くと、セシリアは少し目を伏せた。

 「は...はい。以前開かれたパーティーでお見掛けして...その...目立っておりましたので...」

 以前のパーティーで目立っていた.....目を伏せられたことでどんな意味で目立っていたのか想像がつくけど、敢えて聞かないでおきましょう。うん。

「そ、その、本当にありがとうございました....私のせいでセシリア様にもご迷惑もおかけしてしまって...」

 即答する。

「わたくし、ああいうの少し苦手なんです」

「.....え?」

「嫌味を言うのって、疲れません?」

 小声で言うと、セシリアの目が丸くなる。

「わ、わたくしが至らないから……」

「私たち、まだ八歳ですわ」

 思わず言う。

「今から完璧である必要、あります?」

 セシリアが言葉を失う。

「わたくしも失敗ばかりですわ」

 庭を燃やしかけたし!言わないけど。

「婚約者だから、優秀でなければならないなんて。あまりにも滑稽で、お腹がよじれてしまいそうですわ」

 少し肩を竦める。

「それに、至らぬのなら、これから努力すればよろしいのでは?」

 正論というより、単純な感想。

 セシリアは、じっと私を見る。

「……努力、しても、よろしいのでしょうか....?」

「もちろんです」

 なぜ疑問形なんだ。

「努力は誰の許可もいりませんわ」

 その瞬間、彼女の表情がほんの少し変わった。不安の奥に小さな光が灯る。

「……わたくし、強くなりたいのです」

「では、なればよろしいのでは?」

 簡単に言うと、彼女はふっと息を呑む。

「ミレイユ様は……お強いのですね」

「いいえ?」

 首を傾げる。

「私は、普通で平凡です」

 魔力量も普通。炎も暴れる。

「ただ、普通でも、努力はできますから」

 セシリアの手が、ぎゅっと握られる。

「……わたくし、もっと頑張ります」

 声が、さきほどよりはっきりしている。

「ミレイユ様」

「はい?」

「本日、お声をかけてくださったこと……一生忘れません」

「大袈裟ですわ」

 一生だなんて...思わず笑ってしまう。

「ま...また、お話していただけますか....?」

「ええ、もちろん」

 軽く頷くと、セシリアはまるで救われたように微笑んだ。その笑顔は、最初に見た怯えたものとは違う。まだ小さいけれど、確かな変化があったように見えた。

 社交界の片隅で芽吹いた小さな決意。

 その決意がやがて、侯爵令嬢の鏡とまで言われる存在にまでさせるとは。

 このときの私は、

「……社交会、意外と疲れますわね....」

 としか思っていなかった。

 隣で、セシリアが嬉しそうに頷き、碧い瞳に熱を込め、私を見ていることにも気づいていなかったのだから。

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