2話 確認作業
――抗う。
そう決意したものの。
「……具体的に、何をすればいいの……?」
私は自室の机に突っ伏した。
破滅エンド回避、と言うのは簡単だ。
だが、ゲームの知識はあくまで“大まかな流れ”しかない。
ヒロインが学園に入学。
攻略対象と出会い、好感度が上がる。
そして――私が嫌がらせをし、断罪。
「嫌がらせ……」
私は顎に指を当てた。
ヒロインは平民出身で、マナーも魔法の扱いも拙い。
貴族社会で生きるには厳しい指摘も必要だ。
多分、ミレイユはそれを注意しただけ。本人に嫌がらせをしたという気は全くなかったのだろう。
けれど、記憶の奥がちくりと疼く。
そうだ。あの子は――ただの平民ではなかった。
入学式で規格外の魔力量を叩き出し、王族しか扱えないはずの特殊魔法を発現させた。
“特別な存在”
だから周囲はざわめき、攻略対象たちは興味を示し、そして――ノアまでもが視線を向けた。
「……それで、ミレイユは腹を立てた」
立場を脅かされた気がして。
婚約者として当然だと、思って。
……いや、完全に嫉妬ですねこれ。
幸い、転生した私にはノアに対して恋心はない。特に推しキャラってわけでもなかったし!
であれば、追放もされないのでは?なんて思っていたが、
「今後、私が全く違う理由でノアを怒らせ、追放される可能性は......大いにありえるな...」
正直、貴族としての立ち振る舞いが分からない。今はミレイユの口調が自然と出てるから令嬢っぽくなってるけど、ダンスとか挨拶の仕方とか知らんし。
これが原因で婚約者であるノアに恥をかかせてしまい追放......
.....いや、とりあえず、そこは一旦置いておこう。
問題はその先だ。
追放されたらどうなる?
侯爵家の後ろ盾を失い、王都からも離される可能性が高い。
財産没収ルートもあったはず。
「……詰んでない?」
背筋が寒くなる。
いや、まだだ。
「七年あるのよ、七年!」
私は勢いよく立ち上がった。
「まずは情報よ。ゲームで見ていない部分を知るの」
この屋敷。家の財政。領地。魔法の体系。
ゲームでは“悪役令嬢の家”としてしか描かれなかった。
だが、今は違う。私はその当主の娘なのだ。
◆
翌日。
「図書室の鍵を開けてくださるかしら」
「えっ……? お嬢様が、ですか?」
「そうよ。何かおかしくて?」
メイドは一瞬目を丸くしたが、すぐに恭しく頭を下げた。
侯爵家の図書室は広い。
王国史、魔法理論、領地経営書、魔道具設計書――。
私は背表紙を次々に眺める。
「……魔法」
この世界には、確かに魔法がある。
属性は火・水・風・土・光・闇。
貴族は血筋により適性が偏る。
ゲーム内でのミレイユはたしか――火属性特化だったはず。
「攻撃型、ね……」
悪役令嬢らしいと言えば、その通りなんだけど。
ふと、記憶の奥から別の事実が浮かび上がる。
「……でも、ミレイユって確か……」
火属性特化ではあったけれど、
魔力量も制御も、優秀というわけではなかった。
というか、魔法技術の成績も周りのフォローがあって、中の中くらいだったような。
決して弱小ではない。けれど、“特別”でもない。
それなのに、ミレイユはずいぶんと大仰な態度を取っていた。
まるで自分が、誰よりも優れた魔法使いであるかのように。
「……家柄で威圧していただけ、ですわね」
ヒロインは本物の才能を持っていた。だから余計に、気に入らなかったのだろう。
嫉妬する気持ちは分かるけど、嫌がらせはやっちゃいけないよミレイユ.....
目が疲れてきたので、休憩も兼ねてゲームの内容を思い出していると、一冊の本が私の目に留まった。
~簡単!補助魔法!これさえマスターすれば人生楽々~
この世界にもこんな胡散臭い本があるのか......
そんな風に思いつつ、手はその本に吸い寄せられ、本を開く。
「ふむ...........」
”生活魔法は平民でも使用可能です!応用すれば、店を開くことも可能!”
”生活魔法を駆使して、お小遣い稼ぎをしちゃいましょう!”
私はページをめくりながら、小さく笑った。
「……これ、追放されても生きていけるんじゃない?」
むしろお店なんか開ければ、一人で生きていくほうが楽なのでは?
私が追放される大きな原因の一つにノアとの婚約関係がある。ただ、ノア含め攻略対象たちはヒロイン と恋に落ちていくわけで。遅かれ早かれ婚姻関係は解消されるはず。
お店を開くノウハウを学びつつ、生活魔法をモノにしていく。そうすれば、追放されてもどこか異国の地で暮らして行けて、私自身の人生を歩める!
正直、現状では誰のルートに行くかは分からない。けれど、ノアのルートに行くって前提で動けば間違いないはず。
「ふふ……少しずつ形になってきた....悪くない....悪くないわ!」
不敵な笑みを浮かべるその姿を遠巻きに見ている使用人たちは困惑していた。
普段なら宝石やドレスの本を好むはずの令嬢が、難解な魔法理論書を真剣に読んでいるのだから。
◆
その頃、ノアはいつも通り勉学に励んでいたが、昨日の出来事に少しの引っ掛かりを覚えていた。
「ミレイユ嬢のご様子は?」
何気ない口調で問いかける。
「はい。本日は侯爵家の図書室にて魔法書をお読みになっているとか」
「……そうですか」
それだけ。それ以上、何も言わない。
だがノアは、ほんのわずかに視線を伏せた。
昨日の医務室での会話。
“ご迷惑をおかけしましたわ”
あの一言が、頭のどこかに引っかかっている。
しかしそれを言語化することはない。
「……体調が戻られたのなら何よりです」
そう言って、彼は再び書類に目を落とした。
◆
「……魔力を、巡らせる……?」
私は両手を広げ、目を閉じた。
意識を体内に向ける。
すると――
じんわりと、熱のようなものが胸の奥に灯る。
「……これが、魔力」
前世にはなかった感覚。
私は嬉しくなって、勢いよくそれを外へ放った。
ぼんっ!
「ぎょわぁぁぁぁ!?」
カーテンの端が焦げた。
「お嬢様!?」
部屋の外に控えていたメイドが叫び声を聞き、慌ただしく入ってくる。
「だ、大丈夫! ちょっと実験をしてただけだから!」
慌てふためくメイドをよそに、私は額の汗を拭った。
「……分かってはいたけど、いざ炎が出ると.....焦るわね」
とはいえ、まだ8歳ということも関係しているだろうけど、大した威力ではない。実に一般的な炎魔法といった感じだ。
やはり私は、ゲームの通り“圧倒的”ではないのだ。
「でも――」
制御さえできれば、十分に武器になる。
「ふふ……面白くなってきたわ!」
七年。
長いと思っていた時間は、もしかすると、あっという間かもしれない。
私は、何も知らない悪役令嬢ではない。
「覚悟なさいよ、運命!」
窓の外の青空を見上げながら、私は小さく呟いた。
破滅回避のための準備が、少しだけ楽しくなってきた。




