11話 お見舞い
自宅のベットで養成したいた日。ノアとレオニードが見舞いに来るという連絡が入った。
ここ数日、両親、セシリア、ルインと異常なまでに心配をしてくれ、ものすごい量の見舞いの品が届いていた。ありがたい話ではあるのだが、少し見舞い疲れしているのも事実。
セシリアに関しては、私がミレイユ様のお世話をすると言い出して、一緒のベットで寝る羽目になった。
大丈夫と言っても一切引かず、あれほどまでに頑なセシリアを見たのは初めてだった。
ルインも火傷の跡を治癒できるような、魔法の研究をするといって部屋に引きこもっているようだ。色彩魔法の応用が効くかもしれないと、私に熱心に説明してくれた。
(皆さん少し火傷したくらいで大袈裟すぎません?まあ、お父様、お母様から1週間程度は絶対安静と言われて、暇を持て余してるので別にいいんですけれど.....)
正直、追放する側の人間の見舞いというのは今まで以上に気疲れする。何が失礼に当たり、破滅フラグが立つか分からないからだ。
しかし、今回の件に関しては仕方ないかとも感じている。私が魔力の調整をミスして負った怪我だとしても、レオニードを助けた事実は変わらない。そのことに対して、婚約者(今の所)であるノアと助けられたレオニードが来るのは当然ともいえる。
「ああ~....でも気乗りしませんわ.....」
ボソッと愚痴を呟くと、リヴィアが反応する。
「お嬢様、ご気分が優れませんか?ノア様達のご訪問を後日にしてもらうことも可能ですが」
「ああ、大丈夫よ。リヴィアもそんな心配しなくても.....それよりも少し魔法の調整....訓練を...」
調整訓練をしたい――と言い切る前に、
「お嬢様?冗談でも言っていいこと、悪いことがございます。それと念のための確認ですが、今のは冗談ということでよろしかったですか?」
「......冗談です.....ごめんなさい.....」
言葉遣いはいつも通りだが、目が笑っていなかった。素直に謝ることにした。
◆
アロマの甘い香りが漂うなか、ノアとレオニードはミレイユを前に座っている。
「本当に申し訳ない。僕のせいで怪我をさせてしまった」
真っ先に頭を下げたのはノアだった。子どもとは思えな礼儀の正しさ。
よく勘違いされるが、ノアはレオニードの兄であるが年齢は同じ。
ノアが4月生まれ。レオニードは3月生まれだ。
継承順位のせいか、はたまた元来の性格なのか、所作はノアの方が常に落ち着いている。
その姿を横目に、レオニードは腕を組んだまま黙っていた。
「いえ、ノア様。私は自分の意思で動きましたの。どうかお気になさらないでください」
ミレイユは包帯の巻かれた右手を膝に置き、いつもと変わらぬ声音で答える。
火傷は軽度とはいえ、赤みはまだ残っている。それでも彼女は眉一つ動かさない。
「ですが……跡が残る可能性もあると聞きました」
ノアの声はわずかに沈む。
侯爵令嬢の手。本来なら傷一つあってはならないものだ。
レオニードの胸が、またざわつく。
ミレイユは苦笑交じりにはっきりと言った。
「自分で魔力の調整を誤ったんです。自業自得ですわ。それにルインが色彩魔法の応用で跡を目立たなくすることができるかもと言ってましたし。何の問題もありません」
それよりも――とミレイユは言葉を続ける。
「レオニード様がご無事で何よりでした」
迷いのない言葉。レオニードは思わず彼女を見る。
本気で言っている。継承権のあるものとしてあらゆる人物を見てきた。結果として目を見れば嘘をついてるかどうかわかるようになってきた。この目は取り繕いではない。
ノアもまた、その真っ直ぐな瞳を見つめている。
「……君は、本当に変わっているね。初めてあった時と印象がまるで違う、別人みたいだ。それなりに観察眼はあったつもりですが、僕もまだまだ人を見る目が甘いようです」
今まで落ち着き払っていたミレイユがノアの言葉に動揺する。
「べ、別人!?ノ、ノア様、ご冗談を....私はミレイユ・アルノー。それ以上でもそれ以下でもありませんわ!.....オ....オホホホホ.....」
ノアはくすりと笑う。
「普通なら、自分の身を案じるとこですよ。ましてや王族を街中で攫おうとする連中相手なら尚更……」
「王族かどうかは関係ありません。大切な方が危険なら助けるのは当然ですわ」
「それに、今度はレオニード様が守ってくださるそうなので、安心ですわ。ね、レオニード様?」
その一言に、室内の空気が静まる。
大切な方、安心、この言葉がレオニードの心臓が強く打つ。
一方、ミレイユは静まった空気を感じ取ったのか、ノアと自分の顔を見比べ、一人で破滅だ選択肢を間違えた?などと意味の分からない言葉をボソボソと呟いている。
静まった空気を弛緩させるようにノアは柔らかく微笑み、語り掛ける。
「ありがとう、ミレイユ。改めてレオニードを助けてくれたことに感謝を。君が僕の婚約者で本当に良かった。心からそう思っています」
その言葉は、婚約者として自然なものだ。誰もおかしいとは思わない――けれど。
胸の奥がひりつく。何だろう、この感覚は。
ミレイユは少し首を傾げた後、丁寧に礼をする。
「そのようなお言葉、光栄です」
彼女はノアの婚約者だ。それは決まっている未来。
自分は、ただの弟なのに――嫌だ。
心の奥底から湧いた感情に、レオニードは自分で驚く。
守りたいと思った。傷ついてほしくないと思った。
それだけだと思っていた。
だが違う。ノアの隣に立つ彼女を見て胸が痛む。これは悔しさだけではない。
ただの政略。そんな言葉で片付けたくない。
レオニードは視線を伏せる。自分はまだ子ども。王子としても未熟。
昨日だって守られた。でも、それでも。もし、いつか彼女の隣に立つ資格を持てるなら。
レオニードは腰に携えている剣をそっと撫でた。
◆
「……ノア」
「どうした、レオ」
「ミレイユは……強いね」
ノアは少し目を細めた。
「そうだね。強くて、優しい」
レオニードは小さく息を吐く。
その強さと優しさに自分は惹かれている。もう誤魔化せない。
「レオ」
ノアが自分を呼ぶ。見透かしているような目を向けて。
「彼女は僕の婚約者です。彼女に何かあった時、剣になるのは君じゃない。僕だよ」
分かってるよ――
そう呟き、目をそらしてしまう。
気付いてしまった。この感情に。ただ守りたいだけではない。
彼女が笑うと嬉しい。彼女が傷つくと苦しい。
彼女が誰かに褒められると誇らしくて――少しだけ悔しい。
それはきっと。“弟”の感情ではない。
レオニードはベットに身体を預け、目を閉じる。
思い浮かんだ彼女は穏やかに微笑んでいた。




