1話 転生してしまいました
朝の城内は、いつも以上に慌ただしかった。
回廊の先から、使用人たちが行き交う気配が伝わってくる。
その中心を、ミレイユ・アルノーは当然のように進んでいた。
「……そこ、私の邪魔になっているのが分からない?さっさとどいてくれないかしら」
前を歩く使用人が立ち止まる。
「ノア様とのお約束の時間が迫っていますの。こんなところで人の流れを塞がれては困るのよ!」
「も、申し訳ございません!!」
小さく頭を下げる姿を横目に、私は歩みを進める。
そうして庭園へ抜けると、木陰に立つ少年の姿が目に入った。
「ノア様!」
思わず声が弾む。
振り向いた第二王子のノア・エルヴァインは、いつもと変わらない穏やかな表情で微笑んだ。
「お待たせしてしまいました?」
「いえ。問題ありません」
差し出された腕に、私は迷いなく指先を絡める。
「今日は風も心地よいですし、ゆっくりお話しできますわね。ノア様、最近はお勉強ばかりで、わたくし少し寂しかったのですのよ?」
「そうでしたか」
殿下はにこやかに相槌を打つ。
その態度に、私は満足してさらに距離を詰めた。
「ですから今日は、わたくしのために時間を使っていただかないと困ります」
「承知しました」
そうして歩き出した、そのとき。
足元の感覚が、わずかに狂った。
「……あ」
視界が傾き、身体が前につんのめる。
次の瞬間、後頭部に走った衝撃で、意識が遠のいた。
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目を開けると、白い天井が広がっていた。
鼻をつく、消毒薬の匂い。
「……?」
「お気づきになりましたか」
視線を向けると、殿下が椅子に腰掛けていた。
「医師の話では、特に異常はないとのことです。しばらく休めば問題ないと」
「……ご迷惑をおかけしましたわ」
ノアは一瞬、言葉を置き、頷いた。
「申し訳ありません。私が付いていながら、お怪我をさせてしまうとは」
「いえ、ご心配ありがとうございます、ノア様。わたくしが勝手に転んだだけですから。本当にお気になさらないでください」
そう告げると、殿ノアはそれ以上何も言わなかった。
ただ、ほんの一瞬だけ視線を私に向け、静かに立ち上がる。
「では、今日はこのままお休みください」
「お気遣い、ありがとうございます」
扉が閉まり、足音が遠ざかる。
その瞬間――。
頭の奥が、じくりと痛んだ。
知らないはずの光景が、次々と浮かぶ。
文字の並ぶ画面。
選択肢。立ち絵。
「……なに、これ……」
息が浅くなる。
でも、すぐに全ては繋がらなかった。
屋敷へ戻った私は、自室に籠もった。
落ち着かない。
理由は分からないけれど、胸の奥がざわざわする。
何かがずっと引っかかっている。
そんな様子を不安げに見守っていた側付きのメイドから恐る恐る声をかけられた
「あの....ミレイユ様、大丈夫ですか?...その、顔色が優れないようですが.....」
名を呼ばれた瞬間、頭ので火花が飛び散った。
「……え?ミレイユ...?」
脳裏に、はっきりとしたタイトルが浮かぶ。
『運命と恋のアカデミア』
記憶が、一気に溢れ出した。
社会人だった私。仕事の合間に、夢中で遊んだ乙女ゲーム。
「……うそ」
この世界は、ゲームの舞台。そして、私は――ヒロインじゃない。
「……私、悪役令嬢!?」
声が裏返る。頭が真っ白になる。
追放。断罪。破滅エンド。
「ど、どうすればいいの……!?」
心臓が、痛いほど鳴る。
けれど、ふと冷静になる。
「……待って、待って、落ち着け私」
今の年齢。自分の姿を見る限り、私はまだ8歳くらいの子供だ。あのゲームの舞台は魔法学園で、入学時の年齢は15歳くらいだったはず。
つまり、学園入学は――7年後。
「……7年、ある……」
長い。十分すぎるほど。
大きく息を吸い、吐く。
「まずは……情報整理ね」
これだけ時間があれば対策は立てられる。
「……簡単に追放されてたまるものですか!」
一人で決意を固めていると、横から声を掛けられる。
「お、お嬢様....ど、どうされましたか...私、何か気に障るようなことを......申し訳ありません!」
あまりの衝撃に側付きのメイドがいることを忘れてしまっていた。
ただ、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
これは、私の新たな人生の始まりだ。
たとえ運命が決まっていようと――
抗って抗って、破滅エンドを回避して見せる!




