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いじめる貴方といじめられる私  作者: 月星 星那
溺痛美毒(裏)

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真実

「紅葉!」


 倒れている紅葉を見て、わたしは駆け寄っていく。

 背負っていたリュックは、その辺に投げ捨てて、紅葉の肩を揺さぶった。


「紅葉、ねぇ……返事してよ……!」


 紅葉の体は軽くて、驚くほど冷たかった。

 呼吸はある。胸がかすかに上下している。

 でも、その弱さが怖くて、わたしの手が震えた。


「どうして……どうしてこんなになるまで……!」


 でも、紅葉は目を開けてくれない。

 彼女は完全に意識を手放していて、もう二度と目を見ることが出来ないのかと思えてしまう。


『もう、会うことはないと思うから』


 紅葉がわたしに対して、そう言ったのは、彼女が自殺するつもりだったからなのかもしれない。

 でも、どうして! 紅葉が自殺する理由なんて、どこに無いはずなのに!


「そうだっ! 救急車!」


 震える指でスマホを操作しながら、わたしは紅葉の体を支えた。

 紅葉は微動だにしない。呼吸はあるのに、まるで深い眠りの底に沈んでしまったみたいだった。


「紅葉……お願いだから……起きてよ……!」


 頬に触れても、肩を揺らしても、紅葉のまぶたはぴくりとも動かない。

 返事がないというだけで、こんなにも怖いなんて知らなかった。


 通話が繋がり、状況を説明する声が震える。

 救急車が向かっていると言われても、胸のざわつきは全然おさまらない。


「紅葉……聞こえてる? わたし、ここにいるから……」


 返事はない。

 でも、わたしは紅葉の手を離さなかった。


 冷たい。

 けれど、その冷たさの奥に、かすかな温度が残っている。


「大丈夫……絶対に助けるから……」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、わたしは紅葉の体を抱き寄せた。

 紅葉の頭がわたしの肩に落ち、重さがずしりと伝わる。


「紅葉……一人にしないよ……絶対に」


 遠くからサイレンの音が聞こえ始める。

 その音が近づくたびに、わたしの胸の奥で何かが締め付けられた。


 紅葉は、目を開けない。

 呼びかけても、まつげは震えない。……もう一回、話したいよ。


――――――――――――――――――――――


「重度の脱水症状と、飢餓状態です。命に関わるレベルでしたが……処置が早かったのが幸いでした」


 医師の言葉に、わたしは胸を押さえた。幸いと言われても、紅葉はまだ目を開けていない。

 

「……意識は、いつ戻るんですか?」

「それについては、まだわかりません。ただ……少なくとも、明日以降の話でしょう」

「そうですか……ありがとうございました」


 紅葉は病室のベッドの上で、点滴を受けながら目を閉じている。

 白いシーツに沈むように、静かで、弱々しくて、まるで眠っているだけみたいなのに――呼びかけても返事はない。


 そして――


「やっぱし、これってこういうことなの?」


 手元には、紅葉の家の中で見つけた紙がある。それは、DNA鑑定の結果を伝えるための容姿であり、これには異母姉妹と書かれていた。

 つまり、この紙が示しているのは……


「本当に、紅葉はわたしのお姉ちゃんなの?」


 でも、そんな話聞いたことが無い。

 両親の話では、大学の頃から付き合っていて、そのまま結婚したと聞いている。だから、離婚した昔の妻の娘だという可能性は低いし……そもそも、同じ学年である以上、妊娠時期がかぶっている可能性が極めて高かった。


「すみません……」


 そんなことを考えていると、また医師が戻って来た。

 どうやら、新しい事実が判明したようで、それについて心あたりが無いかと聞きに来たようだった。


「それで……新しい事実とは?」

「はい、普段の神崎さんについて聞きたいんです。ですが……これは、辛い事実でもありますので、聞きたくないのなら、聞かなくていいですよ」

「……いいえ、しっかり受け止めます」


 わたしがそう答えると、医師は一度だけ深く息を吸い、言葉を選ぶように視線を落とした。


「保護者に連絡しなかった理由がでもありますが、神崎さんには虐待を受けていた可能性があります」

「虐待……?」

「はい、服で隠れているところには、古いやけどの跡などがあり、レントゲンを撮ってみたものの、そこには歪んだ骨が何か所も存在していました。……これはおそらく、骨折を適切な治療を受けずに治してしまったからだと思います。そして……それらの傷はとても古い物であるという点から、いじめでは無く、虐待だと判断しました。しかも……これらの傷の中には、まだ痛む物があったでしょうに」

「うそ……そんな、素振りは……」


 わたしが言葉を失うと、医師は静かに首を振った。


「神崎さんは、普段から痛みを我慢する傾向があったのかもしれません。古い傷は、長い時間をかけて慣れてしまうことがあります。周囲から見て分からないことも多いんです」

「そんな……」

「保護者の方への連絡は、今の段階では控えています。ただ、未成年の患者さんですので、どこかしらの大人に状況を伝える必要があります。神崎さんの所属する学校を教えていただけますか?」

「……はい。わたしと同じ学校です」


 声が震えた。

 紅葉の手を握りしめると、冷たさが指先に伝わる。


 保護者……もしかしたら、それは――。


「学校には、わたしが伝えます。いや、伝えさせてください」

 

 思わず強い声が出た。

 医師は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに静かに頷いた。


「……分かりました。ただ、神崎さんの状態については、学校側にも最低限の説明が必要になります。あなたが連絡してくれるのなら、こちらからも後ほど正式に連絡します」

「はい……ありがとうございます」

「では、今日は遅いので、家で休んでいてください」


 医師がそう言って頭を下げると、病室の扉が静かに閉まった。

 残されたのは、わたしと紅葉だけ。


 点滴の滴る音が、やけに大きく響く。


「紅葉、絶対に目を覚まして、わたしに隠していることを教えてよ。そのためなら、何だってしてみせるから」


 そう決意して、わたしは帰路に……いや、紅葉の家に足を進めた。


――――――――――――――――――――――――――――


「ここが、紅葉の部屋……」


 病院から出たわたしは、自分の家では無く、紅葉の家へと足を進めた。

 両親には、恵の家でしばらくお泊り会をするとだけ伝えたから、何日かは家に帰らなくても、大丈夫なはずだ。


(少なくとも……お父さんに会うことは出来ない)


 きっと、紅葉の父親でもあるわたしのお父さん。時系列から推測すると、わたしのお父さんが紅葉のことを虐待していた可能性は低いが、それでも虐待の原因になっていたことは、想像しやすい。

 なのに、自分の娘のことを無視して、わたしに笑顔を向けていたのかと思うと、とってもおぞましく感じ、会いたいとは思えなかったのだ。


「なにこれ……血?」


 紅葉の部屋の床に、血のような赤色の斑点がある部分があった。

 何かでふき取られた形跡があるから、かさぶたのような血の結晶になってはいないけど、染料で彩られた赤黒い模様になってしまっている。


(もしかして……あの手首の傷が原因?)


 わたしが紅葉のいじめに溺れていた時に見た、あの手首の傷。

 もしかしたら、あの傷は自分でつけたもので、これはその時の跡なのかもしれない。……なんで、紅葉は自分を傷つけてしまうほどの苦しみを抱いていたのだろうか。


「それにしても、この家って……結構ボロボロだ」


 壁がボロボロになっていて、所々欠けて、叩かれたような跡もあれば、何かがぶつかったようにへこんでいる場所もある。


(……こんなところで、紅葉は暮らしてたの?)


 思わず息が詰まった。

 部屋の空気は冷たくて、乾燥していて、誰も住んでいないみたいに静かだ。こんな部屋で、紅葉は過ごしていたんだ。


「あ、あった……」


 わたしは、紅葉の家の漁って、クローゼットの中にとあるものを見つけた。

 それは、知らない赤ちゃんと知らない女性。そして……知っている男性が映っている写真だった。この男性はきっと、若いころのわたしのお父さんだ。

 でも、笑ってない。いや、性格には笑ってはいるんだけど、それに心がこもっていないとでもいうような……表面に張り付けたような笑顔だった。


 ……違う、違う。


 嫌な予想が頭をよぎり、指先が震え、喉が酷く乾く。


 ……そんなわけない。


 でも、この写真を見ると、そうとしか思えない。お父さんが、紅葉の母親と不倫しているのなら、こんな表情は絶対にしない。


 ……そんなわけ、ない。ないはずなのに。


 でも、この写真を見ていると、頭の奥で、どうしてもひとつの可能性が浮かんでしまう。


 ――ねぇ? わたしは、お父さんの……不倫相手の子供だったの?

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