終わり(裏)
チャイムが鳴った。けれど、そんなことは関係ない。
「美羽、美羽、私の物に……なって」
私は間違ってない、私は正しい。だから、証明しないといけないんだ。
ねぇ、そうでしょ? 美羽。
「美羽……来てよ。お願いだから」
幸せになるにはこうするしかない。
美羽を私のモノにしたら、全部、全部うまくいくんだ。そうに、決まってる。
「……紅葉、ここだよ」
美羽が近くに寄ってきて、私の手を掴んでくれる。
(あったかい)
ほら、私は正しいじゃんか。こうして初めて、私は温かさを感じることが出来るし、誰かと同じ世界で生きていると実感できるようになるんだからさ。
「あはは……美羽、私の美羽だ。私の大切なもの。私のおもちゃ。私の彩り。もう、どこにもいかないよね」
強く、より強く美羽の手を握る。
逃がしたくない、ずっとここに居させたい。
もしいなくなってしまったら、私には何もなくなってしまうから。
「いるよ。ここに」
「ずっと、ずーっとだよね?」
怖い、怖いよ。美羽がどこか遠くに行ってしまって、私が一人で死んでしまうんじゃないかって。
せめて、私が死ぬ時まで一緒にいてほしい。だって、生まれ育った時は、誰も寄り添ってくれなかったんだから、死ぬ時くらい一緒にいてよ。
「返事、してよ。それとも、美羽は私から離れるの? それなら、壊さなきゃ」
「待っ――」
美羽の髪を引っ張り、私の側に持ってくる。
逃がさない、何があっても、私の側から離さない。
だから、この足も、手も、身体も、全部邪魔だ。私から離れることが出来ないように、美羽を動けなくしないといけないんだ。
「美羽……離れないで。もし離れるなら、壊してでも私のものにする」
より多くの痛みを、より多くの苦しみを与えないと、美羽は蝶みたいに飛んで行ってしまう。
それはとっても美しくて、それでこそ美羽なんだろうけど、そしたら羽の無い私は地に這いつくばって、それを見ていることしか出来なくなってしまう。
そんなこと、絶対にいやだ。
「紅葉、なんで……なんでこんなことをするの?」
「口答えしないで。美羽はずっと、黙って私の言うことを聞けばいいの」
「せめて、せめて理由を言ってよ! それに納得できれば、いくらでも言うことを聞くから!」
美羽がそんなことを言ってくる。
うるさい。何度も何度も何度も。
もういいや、めんどくさい。隠すのをやめよう。
「……それは、美羽は私の最も大切で、同時に憎まないといけない妹だから」
美羽の顔が驚愕に染まる。
……はは、そんな顔、見たことない。その顔も……可愛いよ。
「……言うつもりは無かったんだけど。まぁ、これでいいよね」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 理解が出来ない!」
「それじゃあ、美羽が壊れたら、詳細に全て話すよ」
もういいでしょ、私はこんなにも我慢したんだから、ちょっとくらい欲張っても。
「いたっ――!」
「壊れて、もっと壊れて」
耳を引っ張って美羽を倒し、横になった美羽を足で踏みつける。
痛みで逃げることを出来ないようにするために、歯向かうことのできないようにするために。
「壊れて、もっと壊れて」
蹴る、殴る、踏みつける、引きずる――道具が無いから、出来ることはこのくらいしかないんだけど、これでも十分のはずだ。
(あはは……、あるで芋虫みたい。そんな美羽も、可愛いよ)
空に飛び立つことなんて、許せない。私のところまで堕ちてきて。そして、ずっと一緒にいて。
……歪んだ感情が止められない。こんなこと、間違いだって分かってるはずなのに。
「あはは……ボロボロになっちゃったね。まるで、昔の私みたい。でもね、私はお母さんのような人じゃないから。美羽にもしっかり、優しさを注ぐよ」
お母さんは、私のことを見ていなかった。
あの虐待は、ただのストレス発散であり、愛情なんてどこにもない。
でも、私のこれは、あの虐待とは全く違うよね。
「そう言えば、共感って人と人が付き合うには大事な物なんだって。今ならきっと、私と美羽は、互いに共感しあうことが出来るかもしれない」
私は痛みを感じることが出来なかったけど、暴力を何度も受けていたという点では、美羽と全く同じだ。
今ならきっと、私たちは本当にわかり合えるよ。
「あれ? 美羽、逃げないの?」
「……ほんとうに、そうなの?」
どういう意味? あ、妹ってところか。
まだ気にしていたんだ。そんなこと……。
「……うん、そうだよ。私は、美羽に嘘を吐かないと決めているから」
それは、私が美羽という大切な友達、そして大切な妹に接する上で、絶対に破らないと決めたこと。
暴力は散々浴びせたし、親友と仲違いさせるように仕向けたりしたけど、それだけは、することが出来なかった。
「いいよ……好きにして」
「本当に? いいの?」
「……うん、出来れば、幸せにして」
あはは……やっと美羽は私を受け入れてくれた!
これで、私は幸せになれる!
「……うん、私に任せて」
その言葉と同時に、私の顔を美羽に近づけ、唇と唇が触れ合わせた。
温かくて、とても甘い。溺れてしまいそうなほどに。
でも――
「……くれは、えんりょ、してるの?」
私は理解してしまった。
(なんだ、これ……心がいたいよ。本当にいたいよ)
今までに感じたことの無い痛みが私を襲う。胸が締め付けられ、血を吐き出してしまいそうになる、激しい痛み。
こんなの、今まで感じたことが無い。……嘘、ずっと前から感じているモノだ。
(私が美羽を壊してしまったんだ。私が美羽から幸せを奪ってしまったんだ。大事な、大事な、初めての友達で、私のことを見てくれる唯一の家族なのに)
「いいん、だよ。わたしは、どうなってもいいから」
(私が……間違ってたんだ)
今まで悦楽だと思い込んでいた物は、本当は罪悪感だった。
だって、これほどまでに心が痛い。今までで一番痛い。
私は……間違って、その間違いを信じれなくて、ただの八つ当たりとして、美羽のことを傷つけていたんだ。
(……最低だ。お母さんや父親より、私の方が最低だ)
こんなことをしても、私は幸せにならないし、何より美羽も幸せにならない。誰も幸せにならない、醜悪な八つ当たりだ。
そんなもののために、私は美羽から幸せを奪ってしまったんだ。
「……いいの? もう、引き返せないんだよ」
逃げて、逃れて。私から離れて。私を否定して。お願い、お願いだから。
私は全てを間違えてた。美羽を傷つけたことも、幸せを望んだことも、全部間違いだったんだ。
できれば、私のことを傷つけてほしい。
(いや、これは私の我儘だ。心の痛みから逃げようとしているだけだ)
過去は変わらない。
この罪から逃れることは出来ない。
その証拠に……
「うん、ありがとうね……きづかってくれて」
美羽が私を受け入れてくれる。
私が美羽を変えてしまったんだ。美羽はずっと幸せに生きて、みんなに包まれていたはずなのに、その未来を私が潰したんだ。
ごめん、ごめん。
「……ごめん、美羽。わたしのために、壊れて」
こうなったら、最後までするしかない。
美羽が私を受け入れてしまった以上、私はその責任を取るしかない。……こんなことをしても、誰も幸せにならないのに。
(だれか……私を止めて)
そんな都合のいいことが無いなんて、ずっと前から分かってる。
でも、こうするしかなかったんだ。
その時――
「美羽!」
屋上の扉が勢いよく開き、篠宮恵と先生が飛び出してくる。
それは、私が待ち望んでいた……救いそのものだった。
(ありがとう、これで……私は止まれる)




