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いじめる貴方といじめられる私  作者: 月星 星那
溺痛美毒(裏)

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涙の重さ(裏)

「いたっ……!」


 次の日の昼休み、私は今日も美羽を呼び出し、暗くて人気のない校舎裏で腕を強く引いた。

 壁に背中を押し付けられ、逃げ場を無くす。


「美羽、昨日のこと……忘れてないよね?」


 美羽の眼には怯えしか残っていない。

 少し前までは……私に溺れ切っていたのに。

 

「やめて……」

「やめない。美羽が壊れるまで、私は止まらないから」

「どうして……」


 どうしてって、しつこいな。


「だって、美羽が正気でいるのは許せないから。美羽も、私と同じところまで堕ちてきてよ」


 私は美羽の首に噛みつく。

 きっと、ここに歯を食い込ませると、半分同じ血が流れてくれるはずだから。


「――ッ!」

「へぇ、美羽の血ってこんな味がするんだ。私の血と大して変わらないんだね」

「やめて……っ」

 

 あははっ、やっぱり美羽の血の味と、私の血の味は同じだ。

 ほんと、とことん姉妹なんだね。背筋がぞくぞくとしてくるよ。


「美羽は、私に歯向かうの? 勘違いしているようだね。美羽は、私のおもちゃで所有物なんだよ。私の言葉に逆らうなんて、許されないんだよ」

「……っ、やめ……」

 

 ミウノカオガドンドンユガンデイク。ワタシノテデソレヲナシテイルトイウジジツガ、トッテモウレシクテ、モットモットホシクナッテシマウ。


「ははっ、どうしようかな? どう壊そうかな? いい案がたくさん溢れてきて、その中から選ぶことが出来ないよ。壊し方なんて、いくらでもあるんだ。心を折るのもいいし、体を傷つけるのもいい。どっちにしようかな……」


 ああ、私は優柔不断だったんだね。知らなかったよ。未だに選ぶことが出来ていないんだから。

 

「ねぇ、美羽? ああ、何でもないよ。美羽は答えないんだよね。……うーん、そうだ。こうしよう」


 そうして、私は美羽の顎から手を離し、ゆっくり首へと添えていく。

 美羽の首には、とっても温かくて、命が宿っていることが伝わってくる。うん、温かいって良いことだよね。温かいということは、命があるということであり、人に安らぎを与えてくれる物なんだから。


(私一人では、それ()を感じることが出来ないんだけどね)


「そんなに怯えなくていいよ。だって、美羽の首を絞めることはしないから」

「……うそ、でしょ」

「嘘じゃないよ。美羽が私の思い通りになるのなら、そんなことはしないからさ」


 私は美羽に嘘は吐かない。それは誓える。神のことは嫌いだから、誰に誓うのかわからないけど。

 

「いいねぇ。今の美羽の顔も、すごくいい。恐怖で歪んでいて、震えが止まらないその顔は」

「えがお、じゃなかったの……?」


 笑顔か……確かに、今まではそれも良かったんだけど、今はもういらないや。


「ああ、それね。もういいよ、やらなくて。もう二度と、美羽が笑顔でいることは望まないから」

「それは、どういう……?」

「今の私はね、美羽に私と同じように壊れてほしいの。壊れて、感情を失って、自分が何なのか分からなくなって、私の傀儡となって一生を過ごす、そんな存在に。だから、今の美羽に笑顔を求めない。……今までごめんね、あんなにつらいことをされながら、笑顔を強制させられるのは苦しかったでしょ?」


 私は、私の手元に美羽がいてくれるのなら、他のことはどうでもいいのだから。

 

「でも、安心して。壊れてしまったら、そんな苦しみも感じなくなってくれるから。壊れたら……毎日が幸せに包まれて、悦楽に溺れることが出来るんだよ? 今の毎日より、ずっといいよね?」


 私たち姉妹にとって、これが理想の形。

 私がこうなっているんだから、妹もこうなるのが当然でしょ。

 

「ほら、壊れてしまえば楽になるんだよ。壊れて何もかも失ってしまえば、唯一残ったものが、何よりも大切で、何よりも輝かしくて、それだけで生きていくことが出来るほど、立派なものになるんだから。私なら、壊れた美羽にそれを与えられるんだよ。だから、すべての友達、すべての大人、そして……忌々しい両親との縁を切って、私のところにやって来て」


 いらないいらないいらないいらない。私からすべてを奪った美羽に、それらの物を持つ権利なんてない。

 美羽の義務は、私にすべてを差し出すだけ。まぁ、私はそこまで強欲ではないから、美羽以外の物はいらないんだけどね。


 でも、私は美羽のことを愛してあげる。

 誰よりも深い愛で、何よりも溺れてしまいそうになるほど、染め尽くしてあげるから。

 

「ごめん……それだけは、いやだ」

「なんで? 美羽はわたしの言うことを聞けないの? なんで? どうして?」


 はぁ、妹は本当に我儘だ。ここまで私が誠意を示しているのに、まだ拒絶してくるなんて。

 仕方がない。有無を言わさず、溺れてさせてあげる。


 でも――

 

「壊れるのが幸せなら――どうして、紅葉は泣いているの?」






 

「え?」








 私はすぐに美羽の首から手を離し、自分の顔に優しく触れた。

 そこには、今まで感じたことの無い水滴があり、それはとても冷たかった。


「なに? これ?」

 

 目から液体が流れる。そんな現象、私は一度も経験したことがない。


 喜んでいるはずなのに。

 美羽が私のものになるはずなのに。

 悲しむ理由なんて、どこにもないはずなのに。


 なのに。


 胸の奥が、ひどくざわつく。

 

「ははっ……あははっ、なぁに? これ? こんなの、私は知らないよ」

「紅葉……」


 だから、だからだからだからだから! この水滴が! 私の物であるはずが無いんだよ!

 だって、私は今までの行動を、心底楽しんでいたんだから。この心は、生まれて初めて手に入れることが出来た悦びだったんだから。

 

「わからない、わからないよ、おかあさん……。こんなの、生まれてから経験したことが無い」


 言葉が震える。

 自分の声なのに、知らない声みたいだ。

 

「……なんでこんなことに」


 いいや、言わないで、誰も言わないで。気付きたくない、こんな残酷な真実に、気づきたくない。


 やめて。

 やめてよ。

 私は間違ってなんかいない。

 私は――

 

「――あっ、もしかして……そっちが本物だったの?」


 沈黙。

 けれど、その沈黙がすべてを肯定していた。


『……そうだよ』


 善性の声が、静かに返す。

 責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ事実だけを告げる声で。


 その優しさが、いちばん残酷だった。


 今まで、もう一人の私(私の善性)はただの幻聴だと思ってた。今まで良い子であろうとし続けて来たせいで、私の中に生まれてしまった――創られた偽物の私。


 でも、逆だったんだ。


「どうして……なんで……そうだとしたら、今までの私はなに?」


 そんなの、わかってる。

 美羽という大切な友達と、美羽という憎むべき妹。その矛盾に挟まれて、生まれて初めての苦しみから逃れるために作る出した、ニセモノの私(狂った私)

 

 ずっと偽物だと思ってた私は、本当の私で、苦しみも悲しみも全てニセモノの私に押し付けることで、正気を保とうとした。


 そして、そして……所詮、私はニセモノ。実際の思いは、本物の私の方が正しい。

 だから、いつも私が喜びだと思ってたものは、実際は罪悪感だったんだ。

 美羽をいじめる度に感じていた高揚も、美羽が苦しい顔をするたびに感じていた興奮も、ただただ……私の罪悪感が悲鳴を上げていただけ。


()には、物心がついた時から五感が異常だらけだった。そのせいで、まともな成長が出来ず、嬉しさや悲しさを感じる機能が育っていなかった。

 でも、美羽と出会うことで、五感が戻り、初めての友達が出来ることで、幸せを感じた。……きっと、ここまでは正しい。


 けれど、私は美羽の真実を知った。許せない事実、でも美羽は大切な友達。その矛盾に挟まれて、最初は耐えていたけど、結局は耐えきれず爆発し、美羽のことを苦しめてしまう。

 その後、私のナカに残ったのは、今までに経験したことの無い得体の知れないナニカだけ。今まで経験したことが無く、理屈だと判別することが出来なかったから。私は、それを悦びだと仮定していしまった。……本当は、罪悪感と呼ばれるモノだったのに。


 だから、私が今までしていた行動の全て間違いで、こんなことをしても、罪悪感に押しつぶされるだけ……。私が幸せになることは、永劫に無い。


『ごめんね……。私のせいで、そこまで苦しませてしまって』


 ホンモノが謝ってくる。


 やめて……やめて……私の間違いを肯定しないで。




 

 そうだ、私は間違ってない、間違ってないんだ。

 今のは全部ウソ、美羽が私に幻想を見せただけなんだ。


 


「うるさい! そんなことない! 私が私なんだ! 私が幸せになるためには、こうするしか方法が無くて、私の意志で、私の選択で、この道を選んだんだ! だから、お前が偽物なんだ!」


 そうだ、そうに決まってる。

 私に間違いなんてあるはずがない。私に過ちなんてあるはずがない。

 これは罪悪感なんかじゃなくて、生まれて初めて感じることのできた……悦びなんだ。


「あははっ……美羽、私の美羽。こっちに来てよ」


 だから、それを証明しないと。

 

「やだ……来ないで」


 美羽を私に染めて、私が幸せになれると証明しないと。


「美羽……私だけを見て、私だけを見て。……美羽だけは、私の側から離れないで」


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 小学生の頃から何度も耳にしてきた、あの馴染み深い音。

 けれど今の私たちには、ただの雑音にすぎなかった。

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