刷り込み(裏)
「美羽、いい子だね。素直にここに来るなんて」
次の日の昼休み。
いつもの校舎裏で、私たちは美羽のことを待っていた。
「はい、出して」
「……うん」
美羽は、昨日と同じように弁当を私に差し出す。……いや、正確に言うと少しだけ違う。
昨日、美羽が弁当を差し出した時は、ぎりぎりまで葛藤があって、こんなにもすんなり渡してくれなかった。なのに、今日はこんなにもスムーズに渡してくれた。
つまり……昨日の放課後での出来事が、きっといい具合に働いてくれたのだろう。これで、美羽はより私の物になってくれる。
「アハハッ! 神崎、昨日何したの? コイツ、くっそ従順になってるじゃん」
そんな美羽の様子を見て、私の取り巻きの一人が腹を抱えて笑い始める。
「ははっ、昨日はいろいろあってね。それで、今日も弁当は愛しいお母さまが作ったの?」
「う、うん」
「へぇ、そうなんだ」
そんなの許せない。美羽のお母さんは、私から家族という形を奪った人だ。
私の人生がこうなった理由のひとつを作った人だ。
なのに、その人が美羽に弁当なんて作っている。
温かくて、優しくて、愛情の形みたいなものを。
(どうして、美羽だけ……)
胸の奥がじわりと熱くなる。
それは怒りなのか、嫉妬なのか、悲しみなのか、自分でも分からない。
私のお母さんは、与えてくれなかった。なのに、同じ腹違いの妹は、こんなにも愛されてるなんて。
(……赦せない。私の方が、もっと美羽のことを愛してる)
だから……今日も美羽の弁当を捨てるんだ。
「まぁまぁ、そんな顔しないでよ。今日は、代わりの食べ物を持ってきたんだから」
悲しそうな顔をしてるけど、安心してほしい。
今日の私は、優しいから。
「これは……?」
「今日の美羽のお昼ご飯だよ。ほら、栄養価があるでしょ?」
きっと、喜んでくれるよね。
だって、これは普段の私が食べている物の一部なんだから。
「……これを、食べろっていうの?」
「うん、美羽のお母さまの弁当より、ずっとマシでしょ。……あんな汚物に比べたらね」
キャベツの芯、大根の葉、ブロッコリーの茎――大根の葉は好きでも嫌いでもないけど、それ以外は私の好物だ。
だって、それらは固いから、食べていることを実感できる。……柔らかい物や、小さい物とかは、触覚や味覚、嗅覚が無い私だと、食べてることすらわからないからね。
「なに、その目? 反抗する気?」
「……い、や。そうじゃ、ない」
「なら、さっさと食べなよ」
美羽は袋を見つめたまま、完全に動きを止めていた。
なんで、食べてくれないんだろう? こんなにも、良い物なのに。
「……いただきます」
そして、美羽は小さな声で呟き、震える手で袋の中に指を伸ばした。
口に入れた瞬間、口元は歪み、目に涙が溜まり始める。……そっか、泣いてしまうほどおいしかったんだ。それはそうだよね。だって、美羽のお母さんのような人が作った料理なんて、絶対においしくないんだから。
「よかった。涙が出るほどおいしかったんだ。これからも、毎日作ってあげるから楽しみにしててね。わたしがこんなことをするのは美羽だけ……本当に特別なんだよ」
「……あり、がとう」
ねぇ、聞いた? ありがとうだって、あの美羽が私に感謝したんだよ。あぁ、今日は何て良い日なんだろうか! 今までの人生でも、トップ10に入るよ。
……今までが悪すぎただけかもしれないけどさ。
「はははっ、感謝しなくていいよ。美羽は、私の大事な大事なおもちゃなんだから、大切にするのは当然じゃない? ねぇ、笑おうよ。ほらっ」
ありがとうって言うんだったら、笑ってくれないと。
私は、美羽の笑顔が見たくて、わざわざ鉱物を上げたんだよ。だから、いい加減笑ってよ。
「いたっ」
「ほら、早く。私の前ではいつも笑っていなきゃダメなんだよ」
美羽の足を踏む。……いつもなら、これで笑ってくれるんだけど、今日は中々笑ってくれない。
なんで? いい加減にしてよ。
そして、やっと美羽は笑顔のような物を作った。
不細工で、どこからどう見ても、作り物の笑顔を。
「ふざけているの?」
つい、怒りが叫び声をあげてしまって、美羽のことを殴ってしまう。
でも、これは美羽が悪いよね。私は美羽に笑ってほしいと言っただけなのに、言われた通りにしてくれないんだから、
「……っ」
「美羽、私は笑顔になってって言ったでしょ。そんな不細工な変顔をしてとは言ってないよ。美羽は、私の言うことが聞けないの?」
「ち、ちがっ。そんなつもりじゃ……」
「言い訳はいいから、さっさと笑顔になりな」
私は美羽の頭を掴みながら、強引に顔を持ち上げさせる。
視線が絡み合い、どこにも穢れが無い綺麗な瞳が、私の視界に映る。
「ほら、笑って。私の前ではいつも笑顔じゃなきゃダメなんだよ」
美羽は、そう言われて、今できる最大限の笑顔を作った。
目には涙が溜まり、口物は震えていたけど、それは笑顔と言える物だった。
「良い子いい子、その調子。美羽は私の言うことを聞いていればいいんだよ」
私は美羽の体を包み込んで、耳元で甘く囁いた。
私の腕の中に納まった美羽は、私とは違って、温かく、柔らかかった。普段一食……たまに何も食べない日がある私とは違って、毎日三食食べている証なんだろう。
本当に、羨ましい。
「はい、復唱」
「……わたしは、神崎さんの……言うことを、聞いていれば。いい」
美羽は、震える声で言葉を繰り返す。目には涙が滲んでいるけれど、笑顔は崩していなかった。
「もう一回」
「わたしは、神崎さんの言うことを、聞いていればいい」
一回目は、途切れ途切れでスムーズに進むことが出来ていなかったけど、二回目では言葉が自然に口から零れ落ちていた。
まるで美羽の意思ではなく、私に洗脳させられたかのように。
「そうそう、それでいい。美羽は私のもの。私だけの特別なんだよ」
私は満足げに微笑み、美羽の頬に指を添える。
本当に可愛い。カミサマガユイイツワタシニクレタ、サイコウノオクリモノ。
「この手に収まっている小さな顔も、この綺麗な瞳も、このしっとりしていて白く輝いている肌も、全部ぜーんぶ、私の物。わかった?」
「……う、ん」
美羽が、私の言葉を受け入れてくれる。穢れの無かった綺麗な瞳に、私の顔が映り込み、どんどん私という存在が美羽の中に入って行く。
もっと奥深く、もっと根深く、私という根が絡み付けたのなら、どれほど気持ちいいのだろうか。
「良い子だね、美羽。全部私の物だって、ちゃんと理解できたんだね。それなら……もう、そのすべてを誰にも触らせないよね?」
「……うん」
声は震え、喉の奥でかすれていた。
でも、美羽は拒まなかった。
「そうだよね。美羽は私のもの。誰にも触れさせない、誰にも渡さない。美羽は私だけを見て、私だけのために笑って、私だけのために生きるんだよ」
そうすれば、きっと私たちは幸せになれる。




