同棲
鈴木が会社に着くと、課内の部下・山田が妙に晴れやかな顔をして、先輩の田中と話し込んでいた。
つい昨日まで、好意を寄せていたコンビニ店員の女性に「しつこい、キモい」と言われて玉砕し、机に突っ伏していた男とは思えない。
「どうしたんだ? 昨日まで落ち込んでたのに」
田中が代わりに説明した。
「先日こいつが引っ越したアパートの部屋に、女の幽霊が出るらしいんですよ」
横で山田は、なぜか誇らしげに胸を張っていた。
「……は? 女の幽霊? なんでお前、嬉しそうなんだ」
訝しげに鈴木は山田を見た。
「生まれて28年、僕の部屋に入ったことのある女性なんて、母親だけだったんですよ。それがついに“女性”が僕の部屋の中に来たんですよ。あー、幽霊だからノーカウントとは言わないでくださいね」
満面の笑みで答える山田。
「カウントの制度なんか知らんけど、生きていないんだろ、その女」
「僕はこの際、女なら生きていようが死んでいようが構いません」
「なんだ、その投げやりな女性観」
黙って山田と鈴木の話を聞いていた田中が山田に訊いた。
「その女の幽霊はどんな幽霊なんだ?若いのか?」
「年齢は分かりません」
「じゃあ顔は?美人か?」
田中は興味津々の顔で山田に尋ねる。
「彼女はいつも俯いているので顔は見たことがありません……ただ、髪のツヤはすごく綺麗です。たぶん毎日しっかりトリートメントしているんじゃないかな」
幽霊のヘアケア事情に興味はなかったが、どんな女の幽霊なのかは鈴木も強く興味を覚えていた。
翌日、山田は朝から寝不足の顔で欠伸を連発していた。
「おい、大丈夫か」
そう鈴木が声をかけると、目をしばつかせながら山田が答えた。
「すみません、昨夜、彼女とずっと話していたもので」
「彼女?ああ、例の女の幽霊のことか。会話はできるのか?」
「いえ。彼女は黙って聞いているだけです」
「それじゃ、会話って言えないだろ」
「いえ、ちゃんと僕の話を聞いてくれています。微動だにせず、真剣に……ずっと、ずーーっと、ただ黙って僕の話を聞き続けてくれるんです」
「あっ、そうなんだ......」
(それって、ただの幽霊に取りつかれているんじゃないのか)
鈴木は他人事ながらも山田のことが少し心配になり始めていた。
それから、山田の目の下のクマは日に日に濃くなっていき周囲の皆をも心配させていた。
鈴木は山田を呼び出し体調は大丈夫なのかと訊いたが、本人はいたって元気だと笑って答えた。
しかし数日経ったある日に、山田は突然会社を休んだ。会社に体調不良で休むと連絡があったらしい。
翌日には出社した山田だったが、まるで魂が抜けたような青白い顔をしていた。
「どうしたんだ、まだ具合が悪そうだぞ」
鈴木がそう声をかけるが、山田は溜息をつくばかりで何も答えない。
「おい、大丈夫か」
そう言って鈴木は山田の肩を掴み揺らすと、山田はやっと小さい声で答えた。
「……いなくなっちゃいました」
「えっ?いなくなったって、もしかしてあの女の幽霊のことか?」
「そうです」
「なら、良かったじゃないか。やっと成仏したんだろ」
だが、鈴木は泣き出しそうな声で言った。
「全然良くないですよ。僕、毎晩、彼女と過ごす時間が唯一の楽しみだったのに」
あまりの答えに鈴木は唖然とした。幽霊が成仏したのを惜しむケースを初めて聞いたかもしれない。
「それで、なんでいなくなったんだ? お前、何かしたのか?」
「何もしてませんよ。ただ、いつものように彼女と話していたら……急に彼女が顔を手で覆って泣き始めたんです」
「はっ?幽霊が泣くのか?」
「はい。肩も震えてました。しばらく泣くのを黙って見ていたんですが、僕、さすがに心配になって声をかけようとしたんです」
山田はそこで一度喉をグッと鳴らした。
「しばらくすると彼女、ゆっくり顔を上げたんです。初めて見る彼女の顔は、想像していた通りに綺麗な顔でした。ああ……やっぱり美人だったんだって安心しました」
(安心するポイントはそこなのか?)
やはり何か鈴木はズレている。
「でも、よく見ると、彼女のその顔……悲しいというより、怒っているように見えました。僕、どうしていいか分からずにいたら……彼女、初めて喋ったんです」
山田は泣いているのか震える声で続けた。
「なんて言ったんだ?」
「『――しつこい、キモい』って」
山田が以前好意を寄せていた女のコンビニ店員に言われた言葉と、まったく同じだった。
「そう言って、彼女、すっと消えたんです。それから一度も姿を見せてくれません。僕、いったいどうしたら……」
山田は力なく項垂れた。




