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月琴の魔法使い 〜月夜中学校バイオスフィア部の日々〜  作者: MUMU
第一章 青バニーは静かに泣く
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第四話「第一の鍵とは、秘密」





その翌日、僕はひとまず学校に行く。


やはり不来方こずかたさんは来てない。授業は淡々と進み、あっという間に放課後に。


バイオスフィア部に行くと伊勢先輩がいた。


まったく活動しない日が続くのもよくないので、僕たちは一時間ほど部活をすることになった。二人でNPCのトレーニングを行う。これはソロでもできる部分だ。


バイオスフィア部が作っているのは閉鎖環境施設だが、そこで実際に生活するNPCもゼロから作っている。人種や体格、20歳になるまでの略歴を設定し、訓練施設に放り込んで座学にトレーニング、サバイバルの教練などを行う。


「不来方さん、しばらく休むみたいね。三輪先生から聞いたわ」

「そう、ですね」


僕はどうすればいいのだろう。不来方さんに会うべきなんだろうけど、家を訪ねるにしても、どう切り出したものか分からない。それとも夜の町で青バニーに出会うのを待つべきなのか。


「だめね、どうもうまく育たない」


伊勢先輩がため息をつく。


「何かありました?」

「5人組を作って山でキャンプさせたの。数日はうまく行くんだけど、1週間を超えるといさかいが起きるみたい」


先輩の画面がこっちのタブレットに飛んでくる。なるほど「険悪」「対立」状態になってる。


「これは確率でなるみたいなんですよね……違う組み合わせで何度もやるしかないかも」

「原因は何なのかしら」

「非表示のパラメータが関係してるみたいです。数値上は見えないけど相性があって、長いこと共同生活してると対立が表面化してくるんです」


伊勢先輩は指を口元にあてる。


「秘密を抱えてるってこと?」

「そうかもしれません。「攻撃性」とか「経済感覚」なんかは性格診断で知ることができるけど、それ以外にもたくさんあるらしくて」

「バナナはおやつに入るか入らないか、みたいな?」

「ええ、まあ、うん、そうです」


かわいすぎて動揺した。


「でもそれって、いざ本番になってから露呈したらどうするの」


閉鎖環境実験、それは短くとも一年、バイオスフィアの中で共同生活する実験だ。史実でのバイオスフィア2も、実験の過酷さゆえに対立やグループ化が発生した。


「それは……参加者を増やして柔軟性を持たせるとか、カウンセリングや宗教のスキルを持つ人物を参加させるとか」

「でも、対立があっても、それを乗り越えていくのがバイオスフィアじゃないかしら」

「確かに、そうです」


どうすればいいんだろう。対立に陥るのはいわばゲームとしての必然だと受け止めていた。

対立を乗り越える、隠れている秘密のパラメータなど物ともしない。


そんな参加者を育成できればいいんだろうか。どうすれば……。





日が落ちて、またもや月夜公園である。

月夜公園にはまばらにベンチがあるだけで遊具などはない。そもそもここだと「よいち」の音がかなり衝撃的なので、子供が遊ぶには適さないんだ。月夜町から少し遠いし。


銀バニーのお姉さんは今夜もいた。何となく名前を聞かずにやり過ごしている。本名を教えてくれるとも限らないし、名前を聞くことはバニーさんを卑俗なものにしてしまう気もしてる。


「それで、友人のことが心配なのだね」

「そうです」


その言葉に嘘はないと思う。確かにそんなに親しくなかったけど、数少ない月夜町の同年代だ。それに小学校から六年間の付き合いだ。


僕はひととおり不来方さんのことを説明した。本当は夜の町で見かけた赤バニー、緑バニーのことも気になるけど、今はともかく不来方さんだ。


「普通じゃなかったんです。学校を休んでるのも心配だし、もしかして、その……」

「妊娠ではないよ」


銀色の葉っぱみたいな静かな声。僕は首を傾ける。


「なぜそう言えるの?」

「月夜町の公共トイレでは常にバイタルチェックを行っている。これはグロスで収集されるデータであり、法定伝染病など重大な疾病の発生にともなって警報が上がる。ゴナドトロピン濃度、つまり妊娠初期の女性から出る性腺刺激ホルモンはチェックリストに入っている。月夜町の中学校ならチェックしてないはずはない」


グロス公疫系というやつだっけ。一人一人の尿を検査してたらプライバシーの侵害だけど、ある一定以上の総体グロスで収集する分には認められるという考え方だ。日本だと抵抗もあったらしいけど、いくつかの都市では取り入れられている。


「ああ、そうだった、じゃあその心配はないけど……」


妊娠ではない。それはひとまず安堵すべきかも知れない。

でも青バニーの、不来方さんの涙の理由が説明できてない。


言葉にできない不安が湧いてくる。銀バニーさんは僕の横にかがみこんで頭を撫でる。


「では少しだけ占ってみよう」

「占う?」

「そう、かつて偉大なる魔法使いたちは、星の動きを見て世界のゆくすえを占った。私もそれを真似してみよう」


銀バニーさんは両手を広げ、大きな胸をそらして夜風に体をさらす。

中天には月。今日は満月に近い。十四夜ぐらいだろうか。


変化はすぐに起きた。ウサギの耳が仄白く光ったのだ。


発光かと思ったけど違う。綿毛だ。ウサ耳を覆う微細な毛が逆立って全体が少し大きくなる。その綿毛が月光を吸い込んで輝く。


「月夜中学校1年、不来方まおについて情報を」


大気がささやく。

そうとしか言いようのない感覚に襲われる。全身の産毛が撫でられるような感覚。これは静電気だろうか。銀バニーさんが行っている何かが、空気中の電位差を乱しているんだ。


「うん、よし」


時間にして10秒ほど。ウサ耳の発光は収まって、途中からくたりと折れ曲がってしまう。


「不来方まおさんが何かの犯罪に巻き込まれた様子はないね。健康問題でもなさそうだ。おそらくは純粋に内面的なことだ」

「今のって……」

「私はウサギだから、耳がいいんだよ」


ひょい、とその耳をつまんで言う。


「この町のすべての防犯カメラ、医療情報、警察情報にアクセスして確認したよ」


今の力、僕はそれを占いや超能力とは思わない。


あれはハッキングだ。


極めて汎用的なハッキングツールを使いこなし、あらゆる情報を集める人がいる。そういう人たちは自前のPCなど持たない。世界のどこかにある独立設計ネームドの計算機か、世界のあらゆる端末を味方につけるような技を使うという。


すなわち、魔法使いウィザード級ハッカー。


このお姉さんは、いったい……。


「今回は特別だよ」


お姉さんはくすりと笑う。


「最悪なのは不来方まおさんが性暴力を受け、自己の妊娠を心配しているというケースだった。それはさすがに看過できないから手を貸した。でも次からは自分の力だけでやるのだよ」

「お姉さん、何がしたいんだよ……」


にこり、とゆるしを与えるような笑みを見せる。


「私は、たくさんの滅びを見てきた」


立ち上がり、月を指さす。その動作は前も見たことがある。僕の意識が月に引きつけられる。


「どれほど優れた人々でも、万全の準備をしても、月の滅びは避けられなかった。綺羅きらびやかな理想が、深淵な思想が、月の現実の前に崩れ去ってきた。そして皆、月を捨てて地上にちてきた」 

「月面都市が過去に滅んだことなんか無いよ……」

「そうかね? 古くは1961年に始まったアポロ計画。人類は月に定住できなかった。次は2017年より始まるアルテミス計画。人間は数日間だけ月に滞在できたが、それだけだ。定住と開発は今後の課題として放置された。月面開発はあまりにもコストがかかりすぎて、そして過酷だった。人類はもう月を諦めかけていたのだよ」


そこで、僕の頭に去来する名前がある。その名が銀バニーのお姉さんからすべり出る。


「かの偉大なるバニー・バニー」


そうだ、偉大なる先駆者。

挑戦者、自由人、あるいは破壊者、無法者。あらゆる言葉で呼ばれるからこそバニー・バニーは偉大なのだ。


「その存在がなければ、月に基地など生まれなかっただろう。だが悲しいことだ。バニー・バニーは特異点ではあったが、人間を根本的に変えるには至らなかった。人はまた月で滅びようとしている」

「そんなことない!」


僕は声を荒げる。果たしてお姉さんと会話が成立しているのか、お姉さんは僕に何かを説明しているつもりなのか、それとも煙に巻いてるだけなのか分からない。

だけど黙ってはいられない。バニー・バニーを侮辱するのは許せない。


「バニー・バニーは世界を変えたんだ! これから月はますます発展する! 僕だって、いつか……」


お姉さんが、僕に歩み寄る。

その銀のバニースーツが輝きを帯びている。今度は静電気ではない、お姉さんの存在感が光になって見えるような気がする。


「では少年、君が鍵を探すといい」

「鍵……」

「第一の鍵とは、秘密」


びいん、と月琴を鳴らす。お姉さんはとても背が高いのに、足取りは空気のように軽い。木の葉が風に舞うようなステップを踏む。


「人は秘密を抱えている。知性ある人間の必然。だからけして協力し合えない。人が団結すればその力は計り知れないが、秘密あるがゆえ、けして真実の団結は成しえない」

「そんなことは……」


不来方さんのことが浮かぶ。部活での伊勢先輩との会話も。

でもそれが何だっていうんだ。誰にだって秘密ぐらいある。きっと、月で働いてる人たちにだってあるだろう。それでも協力し合えている。


「……誰も秘密を持たずに、あけすけなままで生きろって言うの。それじゃまるで動物だ」

「そうではないさ。観測されない秘密は情動の源泉ともなる。悪いことばかりではない。肝心なのは秘密が暴かれたときだ」

「暴かれる……」

「この世界には見えていない秘密が多すぎる。それらは日常的に暴かれて、露見して、人は常に他者に失望し続けている。愚かしいことだ。他人の中身など自分と大して変わらないというのに」


お姉さんは何が言いたいんだろう。


秘密があって、それがたまに露見して、そんなの当たり前のことじゃないか。

もし人類全員がテレパシーに目覚めて、思考が完全に共有されたらそれはもう人類と言えないような気がする。まったく別の生き物だ。


肝心なのは、秘密が暴かれたとき……?


「不来方さんのことを言ってるの」


僕の言葉に、お姉さんは月の満ち欠けほどの速度で笑う。


「僕が、不来方さんの秘密を受け止められないって……」

「人間にとってもっとも気の利いた芸当とは何か。それは、そのときに言うべきことを、そのとき・・・・に言うことだよ」


僕は、不来方さんの秘密を知るのかもしれない。彼女から直接聞くことになるだろう。

僕は、その秘密に対して正しい反応ができるか。

何年も経ってから思い返して、あの時こう言うべきだったという言葉を、正しく言えるだろうか。


……自信はない。

彼女のことをまだ何も知らない。小学校からずっと一緒なのに、あまりにも遠い。情けない。


「それでも、聞かないと」

「違うね、分かっているのかね。君に失敗は許されない」


お姉さんはまだ笑っている。でもそこに喜の感情は遠い。本当にあわやかな、人類全体を眺め下ろすような笑い。人間にこんな笑い方ができるのかとぞっとなる。


「君が失敗すれば、それは人間の不完全性の証明。月面都市もきっとうまく行かない。やがては人間同士で争いあい、失望しあい、滅びを迎えるだろう」

「僕にどうしろって言うの」


うつむいたまま聞いてみるが、それは決まっている。


ぼくはただ不来方さんに会って、彼女の話を聞くだけだ。


僕は自分の靴を見て、これから起こることのおおきさに身をこわばらせる。


僕は正しく動けるだろうか……。


「また会おう、少年」


お姉さんの声が聞こえて、僕ははっと顔を上げる。

もうどこにもいない。月夜山のシルエットが月影の中に浮かぶだけ。


「……」


僕は深く呼吸する。


ゆっくりと、自分のやるべきことを考える。


そうだ、僕たちはバニー・バニーの申し子。

やるべきことはバニー・バニーが教えてくれる。


声が聴きたい。バニー・バニーの声が。


僕はきびすを返して自転車に飛び乗り、全速力で町へと向かう。


僕を追い越すように、地面からの振動、そして衝撃波。


「よいち」が射たれた。この時刻は発射時刻ではないはず。

異変は確かに起きている。僕の周りでも、月でも、マルチキャスターでも。


そのすべてがリンクしてると言うのだろうか。僕の行動いかんで、本当に、月が。


僕はその迷いをも踏み込みに変える。背中にぐっしょりと汗をかきながら、前に前に、月夜町へ。


着いた。僕は自転車を投げ捨てるように停める。コンクリートの平たい印象の建物。ここは月夜公民館だ。


5分後、僕は講堂にいて、大きなフック付きの棒でスクリーンを引き下ろす。月夜町には映画館がないので、この公民館で毎週金曜に映写会が行われている。

いまどき本当の意味でのセキュリティは大企業ぐらいにしかない。公民館なんか検索すれば突破法が見つかるぐらいの設備だ。月夜町が平和なことに感謝する。


僕はタブレットを映写機に繋ぎ、暗幕をすべて下ろして、そして眠っている機械を目覚めさせるような声で、言った。



「バニー・バニーの物語を!」



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