第十六話「タイトル最悪すぎるんだけど」
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「だいたい端末ってもう道具とかじゃなくて肉体の一部なんだよ」
「竹取くん、ちょっと静かに」
「いまどきベビーカーにだって通信規格あるのに変だよ何も持ってないと不安だよモバイルで血圧のデータとか取ってるのにもし異常値になってたら」
「大丈夫だから、落ち着こう」
「それに現代人の思考スピードを埋めるためのメディア刺激が不足しちゃうんだよショート動画が見たいよゲーム機分解するやつとか」
「竹取くんってば、電車では静かにね」
言いつつ、不来方さんは僕の頭を抱きしめてよしよししてくれる。人体というのは偉いものでそんな事でちゃんと不安が収まってきた。
僕と不来方さんは月夜町を離れて、電車で東京へと向かっている。月夜町からは1時間ほどの道のりだ。
月夜町から東京へはリニアライン1本で行けるけど、あまり乗客は多くない。この車両も僕たちだけだ。
「ほら竹取くん、日本アルプスが綺麗だよ」
「ただの山だよ。それよりどこかにレンタル端末でも」
「もう、ダメだって」
ああ禁断症状が出てきた。メールチェックしたい。科学系の解説動画が見たい。壁紙をカスタマイズしてGPUのベンチマークやって液晶保護のフィルム張り替えたい。
「約束でしょ。2日間、いっさい端末に触らないって」
「うう……」
「暇だったら私がお話してあげる。ちょっとSFの入ったお話がいいかな」
「お話って、不来方さんも何も持ってないじゃない」
「覚えてるもん。いい? 星新一で「処刑」」
「タイトル最悪すぎるんだけど」
「大丈夫だって、面白いから」
僕たちは東京へと向かっている。
目的は月夜町そのものの調査だという。不来方さんの提案である。
月夜町を離れるのは、小学校の修学旅行で筑波に行って以来だ。
なぜこんなことになったのか、時計は12時間ほどさかのぼる。
※
自室にて、僕はサンドボックス用のマシンを自作する。
ツールとかマクロとかマシンとかの用語は割と区別が曖昧だし、人によって意味するところが違うので一度ちゃんと区別しておくと。
【ツール】
ゲーム内で特殊な操作を行ったり、操作のサポートを行うもの。
「直線に100個ブロック設置して」とか「今いる座標を表示して」とか便利な機能が使える。
【マクロ】
一定の操作を自動で行うもの。
「ブロックの加工と精錬を一万回繰り返して」とか「山がなくなるまで掘り続けて」とかができる。マクロの一種をツールと呼ぶ場合もある。
【マシン】
ゲーム内で作業を行ってくれる自動的な機械。
自動でブロックを並べてくれるロボットとか。遠く離れた場所まで資材を運んでくれる輸送車とか。これは完全にゲーム内の仕様であり、いくつかのMODによって提供される。デフォルトのサンドボックスにはトラックも存在しないんだ。
いま僕が作ってるのはマシン。月面で水を調達してくるロボットとか、指定された範囲にバイオマス加工された土を敷き詰めるロボットなどだ。何しろ広さが数倍になってるし、建設は数日で終わらせたい。そのため設計図に従って自動で造れるようにする。まずは造船所の巨大クレーンみたいな3Dプリンターを作って……。
「テル、ごはんよ」
母さんに呼ばれたので下に降りる。
今日は父さんと母さんが揃っていた。うちではけっこう珍しい光景だ。父さんは焼き魚をつつきながらビールを飲んでる。
「テル、こないだ言ってた彼女はどうなった。いつでも連れてきなさい」
「彼女じゃないよ。まあそのうち連れてくるから」
両親がいると分かっていたなら不来方さんを呼びたかった。両親にはなるべく早く、包み隠さず伝えたいんだ。
「不来方病院の娘さんよね。テルも不来方病院で生まれたのよ。覚えてる?」
「覚えてるわけないでしょ。0歳児だよ」
本当は何となく覚えてる。
無菌室にはたくさんの赤ん坊がいたような気がする。ガラス越しに何組かの夫婦がいて、みんな笑顔で僕たちを見ていた。ほとんど視力はない時期のため、全部がぼんやりとしていたけど。
そのことを話したことはない。出生時の記憶を持っている子はたまにいるらしいけど、何かの勘違いかもしれないし。
ん?
なんだろう。何か違和感が。何か変な要素なんかあったっけ?
「あなた、明日からまたカンヅメなの?」
「最近とにかく忙しくてな。月面からの要請が多いんだ。スペースプレーンも来てただろ。あれにも物資を積んで……」
「私も整備の仕事が立て込んでて……でも5月の連休にもどこにも行けなかったし、今度の土日ぐらい」
「あー! 大丈夫だよ! 僕もやることいっぱいあるから」
両親は僕を見て、済まなそうな目になる。うちに家族サービスが無いのは昔からだし、別に旅行に行きたいとも思わないしどうでもいい。両親に気を使わせたくない。
「最近はバイオスフィア部の活動も忙しいんだよ。今もマシンを組んでたんだ」
「そうか、すまんなあ。夏休みにはどこかに行けるといいんだが、海外なんか興味あるか?」
僕は知ってる。両親の何となくの会話から、あまり「よいち」から離れられないことを。
電話がひとつ入ればすぐに月夜町に戻らねばならない、そういう立場だ。旅行も県内が限界なんだ。
ハワイに行きたい、と目を輝かせながら言ったらどうなるんだろう? ほんの少し嗜虐的な気持ちにもなるけど、けしてそんなことは言わない。
「夏休みも予定があるし、自分で好きに過ごすよ」
「そうか、テルはいい子だなあ」
両親と僕の間で、有形無形のコミュニケーションが交わされている。
それはきっと愛ゆえなんだろう。僕は「よいち」で働いてる両親を尊敬してるし、両親も僕を何かと褒めてくれる。タブレットをはじめ欲しいものも全部ある。これ以上何が必要なんだ?
自室に戻り、またマシンのセッティングに入ろうと。
した途端に着信が入る。不来方さんだ。
「もしもし、不来方さん、どうしたの」
「竹取くん。今度の週末にデートしない?」
「デート? いいけど」
「あのね、私たち夫婦らしいことしてないよね」
夫婦らしいこと……。
えーと、まあ、いろいろ思い浮かぶけど、たぶんいま浮かんでるやつは間違いな気がするので、不来方さんの言葉を待つ。
「商店街に家具屋さんがあるの。そこに行ってみたい」
「家具?」
「そう、結婚したら新居を持つでしょ。家具を二人で選ぶなんて夫婦っぽくない?」
最初に言っておくと、これらの不来方さんの言葉はすべて嘘である。
目的地は商店街じゃなくて東京だったし、家具屋じゃなくて図書館とか古書店だった。緑バニーに悟られないように僕を誘い出したいわけだ。気づいたのは電車に乗ってからだ。
「土曜の朝に噴水のところに来て。あ、それと、タブレットは置いてきてね」
「う、やっぱりそうなるか」
そうだよな、イチャイチャしてるところを緑バニーに見られたくないよな、などとアホなことを考えてる僕。
「分かったよ、じゃあ土曜日に」
※
そして東京である。
東京駅に来たのは初めてだけど、思った以上に人が多い。
ちなみに僕たちは大きめのマスクと帽子で顔を隠してる。不来方さんが用意したもので、帽子は柔らかい布地のハンチング帽だ。
「緑バニーはウィザード級のハッカーなんだし、東京駅の防犯カメラも見張ってるんじゃないかな。何しろケープカナベラルから宇宙服を調達してくる相手だし」
「うーん、もしそうならどうしようもないけど……」
不来方さんは駅の中を見回す。案内表示板が複数あったり、ビルの壁面についた大型モニターはニュースキャスターが喋る様子を流している。壁にはポスターが貼ってあって、黄色と赤で汚い印象がよぎる。
「何となくだけど……緑バニーの力は東京までは届かない気がするの。正確に言うと届きはするんだけど、何もかも自由にできるのは月夜町だけかも……」
「どうして?」
「とりあえず行こう。東京駅って丸善とか八重洲ブックセンターがあるから、まずそこに……」
二人で並んで歩く。駅の構内はチラシとかダンボールが散乱してて汚い、都会ならこういうこともあるか。
「「よいち」を止めろー!」
?
なんだろう。大勢が一斉にしゃべったような声が。
八重洲口の改札付近に大勢の大人がいる。みんな黄色のハチマキを巻いて、プラカードを持ってる人もいる。
「「よいち」の稼働を止めろー!」
「止めろー!」
「月面を争いの場所にするなー!」
「するなー!」
「何だあれ……」
「竹取くん、こっち」
不来方さんが手を引っぱる。僕を連れて構内を移動。
「やっぱり本当にあるんだ……」
「不来方さん、どうしたの?」
「後で説明する。予定変更して、山手線で神田まで行こう」
よく見れば、駅の構内にあるポスターも変だ。ちゃんと水平に貼ってない。誰かが勝手にベタベタ貼った印象がある。
いわく。
【月面にミサイルはいらない】
【レールガンを解体せよ】
【高速増殖炉、すぐ止めて】
「……」
山手線で移動し、神田へ。
駅前にあった喫茶店に入り、奥まった席で少し休む。二人とも朝食がまだだったので、僕はモーニングを、不来方さんはサンドイッチとマロンケーキのセットを頼む。
「「よいち」に反対運動なんかあるの?」
「うん……私も初めて見たけど」
確かに、高速増殖炉については聞いたことがある。
完成すれば数百年はエネルギーに困らない画期的な原子炉だけど、日本では1995年に大きな事故があったり、海外でもなかなか実用化に至らなかった。一部では実現不可能な金食い虫だとして、建設に反対する動きもあったという。
でもそれは昔の話だ。今は完全な高速増殖炉が実現してるし、事実として「よいち」を動かす大電力もそれで賄っているんだ。
そういう話をすると、不来方さんは少し難しい顔になる。どう話そうか考えてる様子だ。
「竹取くんは……月面都市が何のために作られてるか知ってる?」
「それはもちろん、月面のヘリウム3を利用した核融合発電の研究と、さらなる惑星探査のための中継基地だよ」
人類が火星や木星を目指す場合、地球からロケットを打ち上げるのではコストがかかりすぎる。だいぶ効率的になったとはいえ、いまだにロケットの重量の85%以上が液体燃料なんだ。
だけど月から打ち上げるなら、あるいは衛星軌道上から出発するなら遥かに効率的になる。
それに人類が火星の環境で生きていくために、まず月面で生きていけることを証明する必要がある。
月面都市には多数のモジュールがあって、低重力下で健康を保つための研究や、月の土砂から畑の土を作る研究を行っているんだ。僕たちの作るバイオスフィアも、常に月の最新情報を取り入れている。
「だから月面都市はきわめて有意義なことだよ」
「そう思わない人もいるみたい……いつか話したでしょ。月面から岩を落下させるってSFの話」
「うん、覚えてる」
「月面都市はたくさんの基地があって、人と人があまりにも近すぎて、それが火種になってるって言ってる人がいるの。もし月で戦争が起きたら、月から地球のどこにでもミサイルを落とせる。だから月面都市なんか作るべきじゃないって」
「そんな馬鹿な……」
そんな話は一度も聞いたことがない。月夜町は平和そのものだし、デモ隊なんか見たこともない。
それにニュースでも、タブレットから覗けるインターネットでも、そんな話は聞いたことが……。
「……まさか、緑バニー!」
「うん……その可能性も、あるかも……」
Tが。あいつが僕たちの持つタブレットに干渉している?
月夜町に対するネガティブな情報を遮断し、テレビすら操っているのか?
ん? でもなんか変だな。僕たちはこうして東京に来れてるわけだし。東京に来ればすぐ露見するような情報操作に意味があるのかな。
「テレビはもともと「よいち」のネガティブな情報は流さないみたい。世界中でそうなってるみたい」
「不来方さんは、なぜそんなこと知ってるの?」
「何となくだよ。たくさん本を読んでると、「よいち」を良く思ってない感情も伝わってくるの。運動が高まってきたのはここ数年らしいけど、考え方としてはずっとあったみたい」
「……」
もちろん、デモ隊を見たからってそれがこの世の真実。人々を代表する意見だとは限らない。
でも僕は初めて知った。僕の想像もしてなかった声というものを。
そして月夜町では、情報が操作されていることも。
「とにかくいろいろ調べようよ。まず本屋さんを回って、図書館も行こう」
「そうだね、時間の許す限りやろう」
「あの、それと……」
不来方さんは、胸の前で拳をぎゅっと握る。何度か見た仕草だ。彼女が決意を固めている動きなんだ。
僕は彼女の言葉を待つ。どんな提案でも受け入れようと。
「あ……秋葉原、ちょっとだけ行きたい」
どうぞどうぞ。




