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RUIN After01

Remnants of a thoughtless youth



「朱美、今回も僕に迷惑をかけるために努力を惜しまない人生を歩むのが、お前の趣味なのか」

 淡々と表情を変えることもなく、ボーイソプラノの怒りに満ちた可愛い声が聞こえてくる。

 ウミの前で私は制服のまま土下座。

 眼の前に私の買った文学系の真っ黒なゴスロリ衣装を着た球体人形のような少女がベッドに座って私をなじってくる。

 その美声に私は骨抜きになっていく。クラゲになった気持ちだ。ヘラヘラしそうな顔を堪える。

「だってぇ、見つけちゃったんだもん。しょうがないじゃ…んっ」

 蹴っ飛ばされて言葉が詰まる。やわらかい足で頬をグリグリとされながら猫の肉球のような踵の柔らかさをじっくり味わっている。ああ、そうだ猫だ。うーん気持ちいい。

 私、戸川朱美は推しのアイドルと全く同じ顔をした三田ウミの足の感触を味わっているのだけれど、幸せな顔をしているのを隠さなければならないので苦痛に耐える顔のフリをする。多分バレているけど。

 ウミの発展途上の肉体の最低限の筋肉はマッサージのようなものでそれが心地よい。口調の割に無表情なのはウミの特質だ。

「つくづく何も考えずに、僕の財産焼失させてくれてさ、どうすんだよ」

 語尾が強くなるたびに、グリグリと踵からの力が増していく。

 ボーイソプラノにドスを聞かせても、音色の綺麗な鈴のような声が楽器のように気持ちよく私の耳に響いてくる。耳介から脳に幸せが伝播してくる。

「あの予備校、数少ない収入源だったんだぜ? 情報収集も出来て、リハビリにちょうどよかったのにさ。法的手続きは金があるだけじゃあ、どうしようもないんだよ。絶対犯人捕まえろよ」

「無理ー私学生だよ。だいたい連続不審火がたまたまうちに被害来るなんて思わないじゃん」

「犯人をとりのがしただろう」

 顎を蹴っ飛ばされた。筋肉じゃなくて骨の駆動で、てこの力で私は踏ん張れずにすっ転んだ。

「……汚いもん見せるんじゃない」

「ごめん」

 人を転ばせて下着丸見えにさせて顔を真赤にして言うセリフではないぞ。

「朱美、僕は疲れたからもう寝る。お前は情報収集と他の空いている良さげなテナントを探しとけ」

 無表情なままパタン、とウミは死んだように寝た。

 浅い僅かな呼吸音と薄い胸の上下で生存は確認できる。

 その姿だけは昔と変わらない。

 私は日が暮れる前にマンションを飛び出した。


 F県F市T町


 人生の失敗というものは、たくさんある。

 私、戸川朱美は、とある事件によって推しの地下アイドルを失った。

 模造品ではあるが、部分的には「本物」でもあるウミは彼女の代理として生きている。

 私の中では、まだ整理のついていない出来事であり、とりあえずの「彼」のための活動領域を広げるため、駅周辺を練り歩く。

 ウミの数少ない収入源の塾経営は連続不審火事件により途絶し、新たな借金が生まれた。

 テナントの保険料なんて微々たるものである。

 文字通り対岸の火事なら人は気にしない。

 見事、被害者になった私達。

 事件当日、塾から逃げる学生と火元から不自然な動きをしていた挙動不審の女生徒を追いかけようとして消火作業を優先した結果、この有り様だ。

 市役所と駅の間は連日連夜、平日休日問わず、観光客の異国の声、何を言っているかわからない。

 古い軍歌の右翼の街宣車、相乗り禁止や自動運転無人車反対を訴える市民の声を拡声器で拡大する車が道路から響いてくる。

 減り続ける国内の人口は田舎を過疎化させ、地方都市は密度が上がる。

 人と人の距離は窒息しそうなほど過密化していく。

 広くて怖い道より慣れ親しんだ巣に集まる太古からの習性なのかもしれない。

 遠くに火の用心の肉声、不審火に注意の電光掲示。昨日まで気にならなかったのに被害者になると近くなる言葉。早く処理してほしい。

 観光客と合わせて人口減を意識させないほどには、あふれる人々に合わせ、街は夜に向かってキラメキを増しつづけ、スクラップ&ビルドの名のもとに超高層ビルが毎年消えては、より大きく巨大なビルと生まれ変わっていっている。

 高層ビルの上層部の明かりが消えていくと同時に、地上の夜だけの明かりが灯りだした街へサラリーマンが溢れ出す。幅の広い歩道でも歩くのが面倒な雑踏、愚痴に、舌打ちに、仕事の後の開放感で騒ぐ私より少し上くらいの会社員。自分もああいうふうになるのだろうか、という言葉にしがたい不安でざわざわする。

 20世紀から続くアナクロな屋台の準備を尻目に高架橋下の空きテナントを過ぎていく。

 黄昏の空をいくつもの粗雑な黒い電線がランダムに切り刻んでいく。

 豚骨の匂いとともに、夜の闇に溶け込むように焦げ付いた古いビルの残骸の前に立つ。

 立入禁止のARと多言語表記されたアナログの進入禁止の黄色のテープと合わせて立体表示で浮かぶ小さな区画。

 50年以上前に建築された雑居ビルは火事の後で警察が未だ調査中。

 警察官の脇を抜けて学校の制服のままの私はここにあった塾の学生です、という体で、さも広告を今、見つけたようなふりをしてQRとARで記した案内を残った壁に貼り付けた。

 空きテナントはこの線路沿いの半世紀以上経ったような雑居ビルの上の方が空いていたりする。

 問題は学生という身分の人間が入るには相応しくない昭和という元号の名残があるようなレトロな看板が並んでいるところだ。

 一時間ほど歩いたあと、もう一度火災現場に行くと同い年ほどの女子が二人。

 県立の真っ黒な、どこか学ランを思わせるようなブレザーを着崩している。

 そろって塾跡地のQRを読み込んで駅横のハンバーガーショップに入っていこうとするところを呼び止める。

「あー、君たちもサンダの予備校生? 私もなんだけど」

「そうだけど……げっ、その服、あんた大学敷設高校じゃん。そんなんまでここに来たらウチら太刀打ちできないって。なんで隣町からわざわざここまで来てるの」

「っていうかアタシ達、いまからここで自習」

「家がこっちなんだって。ちょっと聞きたいことあるんだけど」

 二人は顔を見合わせるなり、まあ、いいか、と私を了承してくれた。


 ハンバーガーショップに来てコーヒーとマカロンだけという社員からクレームが来そうな注文をするが、バイトばかりなので問題はない。カフェスタイルにしたのは店の都合だ。

 試験が近いせいか、自主学習している私達とよく似た学生が何人もいる。

 運動部帰りの二人はニナとエリと名乗った。

 ニナは刈り上げに近い、ぱっと見て男子のような長身だが、細くもメリハリのある体で狐を思わせるような和風美人の顔立ちをしている。

 対してエリの身長は平均よりやや低めではあるが、愛らしいと思わせるたぬき系というより猫であり、やや白い肌に冗談のようなリボンをアクセントで一つつけた姿は白猫のキャラクターのコスプレを思わせた。カバンやアイテムにその意匠が見られるグッズが多いのでオタクなのかもしれない。

 二人に奢るからという名目で無理やり同じテーブルに着席する。

「改めて、私、一応サンダの予備校の移転準備の手伝いも頼まれていてさ、在校生に色々聞いてくれって講師の先生に頼まれたんだよ」

 そういいながら生徒兼職員のIDカードを見せて安心させる。

 サンダというのはサンダーボルト予備校というふざけた名前の略称だ。

 あの塾は「設定上」は身体不具になった、教員免許を持った数名の教師がアバターを使って格安で遠隔授業をしていることになっている。配信もしているが、実態のある場所で集めたほうが効率的だ。

「へえ、戸川朱美っていうんだ」

 エリは私の名前を音読しつつ、カードを手にとって確認している。

「授業の再開は来週一時的に市役所の近くのアクロスの会議室になるって」

「アクロス遠いじゃん」

 町中の県の施設と民間の施設、アクロスを一時的に間借りすることになっている。

 マカロンをお互いに口に運ぶ。

「交通の便はいいけどね」

「まあ、家もしんどいし、学校も面倒だし時間つぶしを兼ねて勉強できればどこでもいいや」

 ニナは少しだけホッとした顔でいう。

「勉強はいやだけど、外野がうるさくないだけマシだよね」

 白猫のぬいぐるみの頭を撫でながらエリはいう。

 と雑談をしながらも予備校と宿題を三人でこなしていく。

 偏差値が近いせいか、他校よりやや早い速度で進行しているが選択科目の違いはお互いが専門外なのでスルーする。

 コーヒーが空になった頃、私から切り出す。

「あくまで噂レベルなんだけどさ、これ知っているかなっと思って」

 私はSNSであまり拡散されていない、顔は写っていないがサンダ予備校の前で夜闇にタバコを持って立っている生徒の写真を出す。

 制服は二人と同じ高校と思われるブレザー、顔は見えない。

 あのときの前後の時間の監視カメラの写真を火元の近くを捉えたデータの写真。塾の監視カメラのデータから取り出したものだ。

「げ、ウチと同じ学校じゃん」

「あたしらじゃねえよ」

「それは承知しているけど、そっち校則厳しいからタバコなんてアウトじゃないの」

 そりゃそうだ、と二人合わせて口を揃えた。

「タバコを持っているからって放火したとは限らないし、出火原因は古いビルだから漏電もありうるし、なんともいえないんだけどさ、この写真が知り合いから送られてきたからちょっと聞いてみたの」

 まあ、本当はこれが本命だけど。

「うーん、タバコってこのご時世吸っているのも金持ちか趣味人みたいなやつだし、学校でバレたら即停学だよ、公立だからさ」

 ニナは皆目検討もつかないという表情、嘘はなさそう。

「私立のウチでもアウトだってば」

「そういうのは幽霊探偵ってやつの仕事じゃないの」

 エリが猫のような顔で興奮して喋りだした。

「幽霊探偵? なにそれ?」

「またエリの病気が始まったよ」

「これだよこれーホラ、美少年ってやつ」

 ペンを置き、エリは目を輝かせて携帯端末の画面を広げてタブレットサイズにして私達に見せる。

 放ったままだったマカロンをつまむ。

 補正された画像は耽美な顔をした学ランの美少年を映し出している。問題は元が小さい写真だからだろうか、補正とデコが多いのでその端正な顔の正しさが事実と乖離しているだろうという点だ。

 痩せた骸骨のような柔らかい体だというのは写真からわかる。

「それこそ都市伝説でしょ。どっかのラノベと一緒じゃない」

「戸川さんは浪漫がないなあ。推しとかないの」

「イヤめっちゃ推しはある。それとこれは関係ない」

 思わず素直に欲望が飛び出した。

「へえ、成績優秀なお嬢さんかと思ったら戸川は結構オタクなのかな」

 イジってよし、という対象を見つけたようにニナは狐のように笑う。

「そいつはさておき、勉強の続き続き、幽霊探偵なんていないんだから。だって幽霊ってことはもう死んでるんでしょ」

 幽霊探偵なんて文字通り幽霊だ。

 私は現実に生きる。

 三人の勉強会が終わったらウミの匂いを吸いにいかないといけない。

 天使が待つ家に私は浮き立っていた。

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