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RUIN After08


「引き止めることも、証拠も、尋問も、突き止めることもなく、お前は何をやってんだよ」

 帰宅するなり、紺のジーンズに黒い長袖のシャツを羽織ったウミが、春先なのに冬のように冷え込んだ声で罵倒してきた。

「く、空気ってもんがですね」

 可愛いが削げ落ちた綺麗で大きなギョロッとした瞳を半分閉じて、ゴミを見るような流し目で私を見つめる。背筋にゾワっと寒気と心地よさが来る。

 怒った小猫の威嚇のような表情だ。

 思わず二ヘラと笑いそうな表情にならないよう、歯を食いしばる。

「この変態ドマゾ……いつも空気なんて読まずに、他人には暴力をインスタントにする割には繊細な心だよ全く」

 淡々とした言葉の中に、怒りを感じる。

「いやはい、まあそのとおりです」

 全くもって事実である。否定できない。

「僕が街中ハックしてデジタルストーキングするにも限界があるからな。お前の次の仕事は、明日のサンダの塾で宮地エリと伊藤ニナと話をすることだな。マミのことを知っているか、マミがどういう人間か二人に聞いてみればいい。ほら、この前家に来た時の監視カメラの画像データ、送っておくぞ」

「うわーイヤだー……人の不幸を根掘り葉掘り聴いたうえで、プライベート探るなんてマジできつい。だいたい宮地とニナは学年が違うからそこまで詳しくないんじゃないかなー。そこは講師役をしているウミさんが同じ学校の一年生の悩み相談役の皮を被ってやればいんじゃないですかね」

「面倒ごとを押し付けるな。それはそれで考えている。だが友人に相談するのと講師に言うことは全然違うだろ。朱美にはデリカシーなんてあまりないだろ。いつもの調子でやれ」

 予備校では進路相談も学校と違う傾向で受けている。その担当をしているのは一人何役もこなすウミ自身だ。サポートのAIと同時に。

「……ノンデリのつもりはないんですが」

「異常性欲者がよくもまあヌケヌケと…… 一般的なデリカシーとリテラシーは僕と出会った時に、とっくに捨てていたじゃないか」

「人を化け物みたいに言うの、やめてくれませんか。思春期を拗らせているだけです。性欲とノンデリとリテラシーをごっちゃにしないでください」

「初対面ベロチューが思春期の拗らせ? 発情期の間違いだろ。まあ、人間は発情期間が長い稀有な動物だからな」

「すみません、全人類を変態扱いは流石にどうかと思う」

「ただの事実だろ。そのおかげで僕もこうなってから、生体的な欲求に振り回されてばかりだ。その不便を勉強して更新していくだけで、毎日退屈はしないけどな」

 だが、異常性欲者と言われて責められてばかりではない。ここは一つ、苦手なことで仕返しだ。

「内弁慶のウミさんにはいわれたくないんですが。結局、陸叔父さんと話していないんでしょ」

「それとこれは別問題だろ。僕だって苦手なんだよ。向こうからは記憶喪失の可愛い妹かもしれないけど、僕からは初めて会った赤の他人だぞ。あれから半年で、向こうは昔の僕を望んでいるけど、僕は彼を知ってまだ半年なんだぞ。愛を享受するにも、それに見合う需要構造が必要なんだよ。だいたい陸兄さんがイケメンでも僕はそっちの趣味はないんだよ。キョーダイの情愛として認識したいけど」

 それはそれで甘えさせられているので、良いのではないのだろうか。

「ウミのリハビリ相手に選んでもらえたことは感謝するし、今は保護者代理だけど、やっぱり答えるべきだと思うよ」

「探偵ごっこの才能がある妹モドキって、どう考えても不気味じゃないか。そもそも僕はハードウェアとしては外郭の一部だけしか、かつてのウミでしかないんだからな。ソフトウェアなんてなにも共通項ないんだぞ。顔が一緒な別人が、他人のいた場所を奪うのは僕自身が許せないんだ」

「でもウミとして今の自分を曝け出すのも大事だと思うんだけどね」

「まあね。せめてこのガリガリの体が、真っ当な人間らしくなったら会いに行くよ」

「それはまた長い道のりになりそうだね」

「せめて、こうなる前の綺麗な格好じゃないと、みんなに申し訳が立たないよ。明美と一緒にいるのは僕のわがままだけど、これはケジメでもあるから」

 冷めたコーヒーを互いに啜る。

 話ばかりしていたツケだ。横に添えてあるチョコを二つほどポリポリと猫のようにウミは食べる。

「でも不機嫌になったりしたけど怒ってはいないよ。人間、完璧じゃないことに価値があるんだ。僕も不完全だから君に完全なんて求めないよ」

「完璧に近い人が言うと説得力があるね」

「まさか、完璧なものなんてないさ。僕はいつでも終わる可能性を得たから生きているんだ。いつか終わりがあると思えるから人は生きようとするんだよ。兄弟たちには悪いけど彼らも僕をきっかけに成長するかもしれないね」

「知覚と認識での思考の変化っていうけど実態を伴っているかどうかでやっぱ違うんだろうね」

「そうだね。自発的に動くっていうエネルギーの根源は人それぞれだろうけど」

 そういいながらウミは印刷した紙を取り出した。

 校外秘と書かれた成績伝達面談などとと書かれたものが出てくるものだからやっていることは犯罪そのものだ。

「それ、県立校をハックしたの」

「私立と違ってガバガバだからね。学校での現在のアイツを客観的に観測できる情報が必要だからな」

「マミは問題は抱えていないがマミの環境のせいであいつは問題だらけだな」

「というと」

「推定、いじめだよ、犯人はクラス単位でしているから主犯なんてわかんないけど」

「私達が解決できない問題じゃないの、それ」

「そりゃ他校の生徒だからな」

 ウミはレポートをぺらぺらと捲る。

「まだマミのレポートしか読んでいない。内容を見ると協調性や主体的に学習に取り組むは低め、成績自体は上の下、出席日数はギリギリで先週、僕たちにあってから一度も学校に通っていないな。学生寮にも学校の出入りのゲートのカードにも出入りした形跡はない」

「やっぱ、私とあった時点でもう不登校状態ってわけか」

「あの火災とアルバムとそのいじめの共通項で浮かんできたのは宮地だな」

「宮地エリ? いじめするタイプには見えないけど」

 趣味性の高いゴス系ファッションの彼女を思い浮かべるが逆にいじめられる方ではないかと考えてしまう。それはそれでニナが防ぐだろうけど。

「宮地の妹が、マミと同じクラスなんだよ。主犯かどうかわからないけどマミが宮地の妹……宮地ジュンが同じクラスなんだが、妹は素行だけはいいな。データでは」

「そりゃみんな猫被るし教師は保身で本当のことは警察沙汰になるから書きたがらないし、ネットで暴露されてバズったりしないと解決しないだろうしなあ。まあ良くないね」

「バズったやつは言うことが違うな」

「お互い様でしょ」

「それは僕であって僕じゃないからな。まあそういうわけで宮地ジュンがマミをイジメをしていた主要メンバーならマミが自分で宮地家を撮影するってこともあるだろ。もし交流関係があれば宮地エリは妹の『友人』としてマミの名前の聞き覚えがあるかもしれないだろ」

「だからさっき私に二人に聞けって言ったのか。それが立証されてマミが、復讐のために家の写真をネットに上げたのなら犯罪になるのかな」

「マミは警察に言えるほどの証拠もなく、参考人程度で補導することくらいだろ。写真をとってSNSにあげることなんて、世界中の人間がしていることを犯罪として検挙できるわけがないだろ。何かしらの理屈で実行しているやつを捕まえて適当な動機をでっち上げて、裁判にかけて社会的に処理してもらったほうが手っ取り早い」

 ウミはいい終えるなりため息を付く。

「あの写真、いつもと違うんだよ」

「違う?」

「そう、いままでのマミの写真は開放値を弄って、コントラストを強調させたり、水や光を演出して撮影していた。それが最後のあの写真はただのつまらない、だけど場所が正確でわかりやすいターゲットを定めるための写真だった。なにも輝けるものがない、空虚な仕事で撮影したような写真。携帯端末で撮った画角ではなくて、ちゃんとしたカメラの標準域で絞った開放値で解像度を上げたあの写真をマミが撮ったとき何を考えていたか」

 輝けるものは、自分で探すものだ。だから、それが心から消えていた。

「マミはゲームのルールを悪用した。社会の被害者からあいつは加害者になった」

「最初にマミを助けられなかった私の力が足りなかったのかな」

「それは僕も一緒だよ。大体、信頼関係をそこまで構築する前の話だ。過去を悔い、病んで立ち止まるより、この先どうするかが大事だろ」

「うん、そうだね」

「僕は世界から輝きが失われることが嫌なんだ。マミの輝けるモノがなくなったら、それは生きている意味がない。彼女が今後自分の行いをどう処理していくかが大事だ。だから実行犯をどうにかして見つけないといけない」

「目星はついているの」

「まさか、相手は蛇のように狡猾だよ。監視カメラを把握する程度には、街のデジタル事情に詳しいし、マミの使っているアカウントへ足跡も残さずフォローもしていない。そのうえで推定、僕のようなやつが再現できると妄想しているやつだぞ。できるわけないのにさ。そう、奴っていうのは面倒だな、とりあえず蛇と呼ぶ」

 ウミは呆れた口調でオーバーにお手上げポーズをする。

「どうしてウミはその、蛇が自分の再現をするためだと思っているの」

「これは直感すぎて答えになっていない。状況証拠だけ。前の僕の写真とそれが燃えた写真と今の僕をマミが撮影していた。そこから」

「最初は興味はなかったさ。マミは僕の時間を奪っていくだけの変なやつなんて思っていた。だけど輝けるモノを生み出せるモノは少ない。僕程度が少しくらい手助けする価値はあるんじゃないかな」

「ウミにとってさ、輝けるモノの定義って何」

「なんだ、そんなこともわからないのか。簡単さ。僕にできないことを一つでもできる誰かは全て輝けるモノだよ」


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