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RUIN After07


「戸川くん。君は残ってくれ」

 放課後、七時間目の授業が終わり、ショートホームルームが終わるとき、モリソン --森村先生に呼ばれた。

「セクハラすんなよーモリソン」

 クラスメイトの上田が、いつもの調子で冷やかす。 

「ばーか、このご時世、学校もカメラだらけだから、んなこと出来ねーよ」

 私個人に対する態度ではなく、クラス全体に対して陽キャよりのスタンスで明るく業務的にモリソンは返す。

 クラスメイトは私に気楽に挨拶しつつ、部活動などに向かい、帰宅部はさっさと でていく。

「モリソン、私だけですか」

「おお、成績優秀な元ロコドル同好会部長の戸川くん、一応は部活動はなるべく入ってもらうのが我が校の形式なんだが、君の同好会は更新無しでよいのかね」

 大仰な陽キャに対するセリフのまま薄い唇を少し歪ませながらモリソンは続ける。

 思わずバツの悪い顔をしてしまう。ロコドル同好会部長なんて役職は去年作った。

 しかし、肝心の活動はアイドルの失踪兼引退とともに、早々に消えてしまった。

 書類上、一年間のみ存在する幻の同好会となってしまった。去年の事件とともに活動休止、同行会長及び一人同好会員の私は、ほぼほぼ帰宅部となっている。クラス替えしたばかりのクラスメイトは私のことを帰宅部と思っているのが大半だろう。

「そうですね、今月中に申請しないと同好会も消失ですか。私は予備校に行くようになったので、廃部届け提出しておけばいいですかね」

「まあな、そちらの事情はしょうがないというのは去年の事故で知ってはいる。大学に進学希望なら同好会活動はこれにて終わり、自発的に学習を頑張っていることと素行不良がなければ、内申点は大丈夫だろう。引き伸ばして書類上だけの存在になっているとサボりのための架空活動と勘ぐられたら、評価を下げざるを得ないからな」

 明るい口調のまま、事務的内容をモリソンは伝えてくる。

 やがて教室から人が消えるなり、

「だけど戸川、おまえ、たしか合気とかの地方大会に出ているだろ、あれの記録がつく程度だと、俺も書類をまとめやすいから、そちらの行動は継続よろしく頼むよ」

 二人きりになるなり、事務的に私のことを「くん」づけではなく、フランクに苗字だけで呼んでくる。

 こういうところが好きではない。

「了解しました」

「ところでここからもう一つ世間話なんだが、先週、俺が担当を受け持っている一年のクラスの男子生徒二人が顔に大きな痣を仲良くセットで作って教室に並んでいた。別に俺は警察じゃなくてただの教師だが、同時にサラリーマンでもあるんだ。俺もプライベートな時間は守りたいから面倒ごとは嫌なんだよ」

 モリソンは、私が先週二人の男子高校生を殴ったのではないかと確信しているようだ。流し目で不満を世間話のように言いつつ、視線を外さす私を見ている。面倒ごとは嫌だという利害は一致している。

「なんでもAIに聞いて解決するって世の中だけど、こういうことは人間が仲介して解決していかなければいけないんだよ、戸川。まったく、世の中便利になったようで面倒ごとを解決するために人間が存在しているからまるで面倒だよなあ。教師の代わりなんてミスはあってもAIがほとんど賄えるもんだけど、こいつは別なんだよなあ」

「男子って、それなりにやんちゃですから、派手に転んだか喧嘩でもしたんでしょう。ドルオタの私には関係のないことですね」

「そうだな、合気道は基本的にやんちゃに自分から挑まないだろうしな。なにせ物騒な世の中だ。催涙スプレーとかでも持っていた方がいいんじゃないか」

「考えておきます。でも、過剰防衛ってやつになるんじゃないですか、それ」

「社会的には、どちらが先であれ暴力を振るった方ではなく結果論として弱者となる方が優遇されるから持っていた方がいいぞ。あの二人は多分、大丈夫だろうけど、世の中には粘着質で恨みつらみを重ねるタイプはいるからな」

「気持ち悪いですね、それ」

「恐喝でもなんでもなく、単なる事実だ。そこに性差は入らない。なにがきっかけで過程がどうであっても個々の性質で恨みを持ち続けるのが得意なタイプはいる」

「まるで経験者のようですね」

「うーん、言い難いが、素直にいうと少なくとも俺は初恋を未だに引きずっているし、ストーカー的気質が自分にあると思う。だが、それを抑制していってこそ社会人と大人ってもんだぞ。だからなるべく気にしないように努めている」

「言葉の端から未練タラタラじゃないですか」

「そりゃそうだろ、だから俺みたいなやつを、もし君がちょっかいをかけた場合これくらい厄介ってことだよ。そういうタイプの人間に暴力を振るったりしない方がいい」

「なるほど、たしかにAIにはできない人間相談だ」

「だろ、俺のガキの頃の教師と違って、いまは教える内容よりカウンセラー的なカリキュラムの比率が高いんだよ。俺は教師になりたかったんだが結果論としてはカウンセラーのマネごとを教職でしている。どこの職業も今後そういう側面は強くなるだろうな」

「それは痛いほど承知しております。きょうはありがとうございます。先生、今週中に同好会の廃部届けは提出しますね」

「ああ、待っているよ、俺はこれで今日のタスクは終わったから心置きなく帰れるよ」


 学校を出て、端末を確認する。

 マミからの返事は未読のまま。

 ウミからのメールでは彼女の住んでいる周辺のカメラの映像に帰った痕跡はない。(無論違法だ)

 あのネット上のアルバムに挙げられていた写真はマミの端末で撮影したものでも彼女のカメラで撮影されたものでもない。

 撮影された写真はロンダリングや大量の加工をされない限りそのままの写真は履歴が残る。どの機種でいつ撮影されたのかどこで撮影されたのか、GPSの情報まで画像に追記される形で情報は入っている。しかしマミの今までのカメラの記録とも携帯端末とも違う他者の撮影した写真とのデータがあぶり出された。

 ウミからは今日の朝、橋本さんとあったことが返事できていた。

 字面から叔父とはあわず、橋本さんとだけで済ますあたり、人に偉そうなことを言っていても自分もうまいこと兄弟仲が進んでいないところは人間味があるな、と思えた。

 天神の駅につくなり、雨が降ってきた。

 長くなりそうなので、さっさと地下に避難する。

 地下に入ると、ほんのりアロマが香る。イタリアを思わせる煉瓦と、白みかげ石の床面、地下道はいくつかの間接照明と暗さをある程度有耶無耶にするようなショップの華やかさとところどころでチグハグになっている。

 まるで夜のヨーロッパに突如迷い込んだような不可思議な感触の地下街だ。

 普段は「オシャレさん」が歩き回る地下道に、少し浮き足立ちながら進む。

「よお」

 と、県立高校の伊藤ニナに声をかけられた。

 スラリと伸びた身長と長い手を振り回して私に向かって挨拶をしてくる。

 学校のジャージ姿に髪を結んだだけの姿だけど長い手足とスタイルの良い体で歩いてくる姿は、この洒落た地下街に不思議と合っていた。

「やあ、ニナ。先週ぶり。今日は部活はないの」

「あるけど、身体的理由ってことにしてサボった」

「それ周りのみんな気づいているでしょ、嘘って」

「いいんだよ、友達がトラブってんだから察してるって」

 エリのことは知らないフリをしなくちゃいけないのだが、そういう嘘や演技と程遠い自分が、うまく返事ができるか自信がない。

「ちょっと話しようぜ、今日は私が奢るから」

 ニナは眼の前のシアトルズベストコーヒーを指す。そういう仕草が似合う姉御肌が嘘くさくないところが好感が持てる。

 テーブルの上にはアメリカンなシナモンクラシックのケーキと砂糖なしのドリップコーヒー。お互いに、甘いものに合わせるならブラックという趣味は一緒のようで、にんまりと笑い合う。

 あつあつのシナボンを口に含む。猛烈なシナモンの香りと、唇の周りにベタつく糖分の塊、それをコーヒーで洗うように流す。

 糖分とカフェインで緩やかな酩酊感が私達の幸せ回路と直結していく。

「趣味が合うな、朱美」

「カフェインと糖分の中毒はあっても、カロリーを気にしないあたりはお互い普段から運動をしている賜物ってわけだよ」

「勉強もだよ、放課後は甘いものとカフェインは私達の必需品だろ」

 緊張が取れたようにニナはコーヒーを啜る。

「あー、あんま暗い話はしたくないんだけどさ…」

 ニナはエリの現状を滔々と語り始めた。

 家が焼けて家族で近くのホテルを一時的に借りている。学校には来たらしいが実況見分などでまた放課後は焼けた家のあとにいったそうだ。

 お気に入りの服や趣味のグッズが焼けたことより、財産と家の消失で進学のことで先行きが不安になってはいるが、流石に家族に家を出たいという要望は通りそうになく、学校でニナに語るのみだった。

「そんなわけで大学、あっちのほう、もし受けて受かったら一緒にシェアハウスとかどうかって一応はいったけど、なんもかんも燃えたら二年先のことなんてわかんねーよ」

 流れる人の流れを座席から見ながらエリの好きな猫のキャラクターを持った子供が走っていく。

「一人で行くのもいいけど、それって全然、当初の予定とかと違うし、張り合いがないんだよな」

「別に恋人同士ってわけじゃないんでしょ」

「馬鹿かお前は、当たり前だろ。モラトリアムの延長を親友と過ごす時間が欲しいってだけだよ。大人になんかなりたくねー」

 ニナはコーヒーを飲んでしばらく考えたあと、

「あー、配慮がなかったな。私とエリは別にそういうんじゃないけど朱美がもしそういう手合なら悪かったって」

 同性愛とはまた違うのだけど、まあいいや。

「お気遣いありがとう、っていいたいけど、私もよくわかんないんだよね、自分がいまのモラトリアムを過ごしたいのか、前の生活がいいのか、好きな人が私を本当はどう思っているのか、それすらわからなくてぐちゃぐちゃだよ。相談しにくい内容ばっかだし」

「へー、そういう乙女らしい思春期な悩みもあるんだな、てっきり武闘派でいっていると思ったけど」

「あたしゃメスゴリラかい。そりゃ普段から言える場所もないし、今だけだよ、今だけ。現実の社会活動っていう青春の死刑執行をどこまでも延長したいのは私も一緒」

「モラトリアムの高度な切り返しをするんじゃないよ。そういう用語覚えないと長文はキツイけどな」

 二人で笑い合って、今日はここで別れた。


 程よいカフェインの酩酊感が少し残る状態でいつもの警固公園を越えてふらふらとアクロスの近くまで歩く。以前マミを見かけたな、と思ってアクロスを通り過ぎていく。

 雨足はすっかりなくなり、いつもよりクリアな町並みと鮮やかな夕日のグラデーションが街を彩る。

 出会い橋までくる。夜に向かってライトアップされて水面に街明かりと過剰装飾気味のライトアップの反射した鏡の街を水上バスが割っていく。

 こんな場所で本当に出会いなんてあるわけ無いでしょと思いながら普段はあまり足を踏み入れない橋から下の公園に降りていく。

 すると、あの煙草の香り。あの銘柄特有の香りがした気がした。

 その香りの風上をみると手ぶらで、くわえタバコのマミが少年と話している。

「マミ」

「あーあー、自由時間は終わりっすねー、朱美先輩。こんちは」

 けろり、と何事もなかったような顔であの日別れたときと同じ制服姿。

「なんで連絡したのに出なかったの」

「ああ、壊されちゃったからっすね。さーせん」

 ポケットからストラップと珍しいアナログイヤフォンがぐるぐる巻きにされて画面が割れた情報端末を出した。

 私はここでマミが帰宅していない、という情報はうっかり言わないようにしなければいけない。

「昨日、写真投稿したの」

「なんのことすか、ちょっと待ってってね、たっくん」

 とぼけながら、目の前の少年に声を掛ける。

「端末が壊れていたんなら、知らないかもしれないけどあなたのネットのアルバムに新しい写真が投稿されてそこが火事になったの」

「そうなんですか、そりゃ大変ですね」

 いつもより淡々としているように感じる。

「私の友人の宮地の家だったんだよ。家は全焼で今は住むところもないからホテルなんだ。もし、アルバムにログインして写真をアップしたのが誰か心当たりがあるなら教えてくれ」

「もう写真も上げられないし、端末が治るまで私はオンラインじゃ行方不明ですよ、焼けた家の人、先輩の友達だったんですか」

 すこし、冷めたような声。

「……そうだよ」

「それは災難ですね。私にはどうしようもないことですけど」

「マミのアルバムは他の人間はログイン出来たりするのか」

「わかんないですね、ありきたりの私の周りのことからつけた適当なパスワードだけですし、ログインしていたのはこの壊れた端末だけですから。まあ、修理はできると思いますけど」

「宮地は県立高校だけどマミも同じ県立高校だろ、知り合いか」

「ーーいえ全然知らないっすよ」

「本当に」

「本当。なんなんですか、今日は」

「そりゃ友達が困っていればその手がかりかもしれないマミに聞くしかないじゃない」

 マミの顔から表情が消えている。

 なんだか、別人のように見える。

 冷たい、海からの風が吹いた。

 いつもの彼女と違う場所。

「マミ、カメラはどうしたの」

「壊れちゃったよ」

 春なのに、冬のような声。

「助けてくれっていおうと思っても連絡つかなかったから意味がないっすよね。でも気持ちは嬉しかったです。それは本当に感謝していますよ、朱美先輩、行こ、タックン」

 マミをそれ以上呼び止めることは出来なかった。

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