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RUIN After05


 マミの撮影した場所が燃えるのなら、私も燃やされるのかもしれない。

 私の周りの何もかもが炎に包まれる。

 火の中に立つ私をマミが写真を撮る。

 叫ぼうとして、焦げた煙で届かない。

 雨が降る。炎はそのまま燃え続ける。

 これは悪夢だ、汗だくで目が覚める。

 覚醒より先にアラームが響いていた。

 時間を見ると余裕があり、身なりを整えながら端末の画面でマミのアルバムを改めてチェックするが私の写真がないことに少し安堵する。

 念のために実家に不審者と放火に気をつけるようにメールを送っておいた。


 リビングにウミの姿はない。

 五月を前にして、めずらしくウミが年相応に見えるような白いワンピースを来てマンションのベランダに立っていた。

 以前の彼女の私服姿を着たウミを初めて見たかもしれない。

 昔と同じに見えて、ぜんぜん違う。

「おはよう」

 良くできた映画の人物のセリフのようにやや演技に見える形でウミは語りかけてきた。

 普段よりも体格や素肌がしっかり見えるその服は病的に細い体、抱いたら折れそうな撫で肩の体をより強調させている。

 前よりワンサイズ小さくなった体で昔の服を着ているので肩口がズレている。普段は隠れている首元の■■■■も肩口の■■■も、むき出しになっている。だがウミはそんなことは気にしていない。

「おはよう、その服を着るなんて珍しいね」

「去年より少しは成長したかな、って思ったんだけどまだまだ骸骨みたいだし、健康とは程遠いね。もうすこしリハビリが進んで体が大きくなったら徐々に着ていくよ」

 夏が来たような日差しのなか、ほんのりと陽炎で高層階からの遠景が歪んでいる。すこしだけウミも滲んで見えた。

「……その保証は、あるかどうかわからないけどね」

 春の幻想のような青空とビル群を背景に、ウミは服を見せびらかすように、キレイな笑顔で洗練された独楽のように回る。

 ひとつ、ため息を重く吐き出してから、

「僕がこの服を着るの、やっぱり嫌だったかい」

「ううん、そんなことないよ。着てくれて、ありがとう」

 ベランダの椅子に腰掛けて貴婦人のようにコーヒーを飲む。

 完璧な自動人形がいれば、このように動くのだろう。彼女の所作は常に舞台劇じみて、人工的に完璧だ。


「朱美、理由は分かっても、わからないことだらけだよ」

 探偵役は呆れたような、諦めたような神妙な顔でいった。一度瞳を閉じて、

「予想外だったけど、僕が生きている事自体に、原因が生まれてしまったんだ。その適切な解決法が思い浮かばないんだよ。ただ単に警察に犯人を見つけて突き出してもいいんだけど、いまのところ死者も怪我も奇跡的にゼロ。損害賠償は必要。だけど、解決しても、幸せになる人間はいないんだよ。最初から不幸しかないからね」

 春疾風がウミの長く細い黒髪を広げる。

「抽象的すぎて、私には何をいっているかわからないよ」

「成功することを覚えたら、また同じ方法を繰り返すだろう。今回の放火犯 のルールは最初に成功したことを何度もリピートしているんだよ。成功体験の快感は次の快楽を求めるだろう、普通の人間は。思い当たるだろう」

 三大欲求と自分の好物と推しを求める欲求が瞬時に浮かんだ。

「犯人は怨恨じゃなかったら快楽でしているってことなんだね」

「怨恨なんて燃やし尽くしたらそれでおしまい、インスタントにイライラ出来るならとっくに別のことで捕まっているよ」

 私が何を考えたか察したようだが、程よく無視して話を進めてくれる。

「問題は犯人に、あなたの行為は無意味です、というために人身御供になるべき人材は僕しかいないってことだよ。だけどそのためにはマミとこいつに協力してもらわないとだめだ」

 手には昨日から持っている若い刑事、橋本巡査の名刺だ。

「それ、犯人に会いに行くってことでしょ、放火前に。だめだよ、危ないよ」

「健全なマミの数少ない趣味と芸術性の発散を潰すことだ。君が明日から僕に会えないとなると絶望するだろう? それがマミの写真を撮る行為なんだよ。犯罪じゃない限り、彼女の自由を縛る権利は本来、僕らにはないんだよ」

「権利ね、うん、建前上は自由であるべきだよね」

「建前は大事さ。綺麗事が世の中前提な方が健全に回るよ。その善意で僕達は生かされていると信じないといけない。だから、自分にできる範囲で目に届くところは善意で人は助けたい。これは君に教えてもらったんだよ」

 恥ずかしげもなく私の顔を真剣に見つめてくる。

 ウミの誠実さに、自分はウミの誠実さに足り得る人物だろうか、と心が苦しくなる。

「マミと君はたまたま出会ったけど結果として僕も関係していたことだと分かったからね。責任が生まれてしまった。だから、僕は僕が生かされている世界を少しでも良くするために、とりあえずは縁ができた彼女は助ける」

「そうだね、私達にできないことをみんなしているからね。犯人の動機のルールが分かっているならそのうち捕まえるつもりはあるんだよね」

「出来る才能は使わないともったいないからね。僕の性能を生かせる分野で世界がマシになるなら出来る範囲で頑張らせてもらうよ。趣味は、命がけになるからね」

「面倒だから本当はしたくないけど、でもウミが決めたらなら手伝うよ」

「人の夢のコントロールなんて矯正できない。折り合いをつけたりバランスを保つことは大切だけど一度心に火がついたものは止められない。恋とかそういう浪漫のあるものと趣味は同じ領域だと僕は考えている。僕の機械いじりと一緒さ」

「そうだね、好きってきっと止められないよ」

 呆れたような曖昧な優しい顔でウミは見つめてくる。

「さて、これからが難題だな。見知らぬ犯人の前で僕はあなたの思っているようなモノですらないよ、といえれば解決だけどね。衣良の兄さんがいたら関係なく全部ぶっ壊してくれるだろうけどアイツはもう僕に未練なんてないだろうから期待できない」

 自分の兄のことは感情として面倒な生き物程度の認識らしいが頼りにできることは私も納得している。

 ウミみたいに、強く、寂しい人。

「それに僕は弱い。こんな体だし、物理的に世界に干渉する手立ては朱美よりない。培養液の中の脳みそが脆弱な外殻を貰っただけだけど、出来ることはするよ」

「命がけのこととかダメだよ。ウミは私のために生きなきゃいけないんだから」

 ウミはベランダに背を預け空に顔を向ける。

「しんどい上に責任重大だな。生き続けることは。朱美、君はーー」

 つい、ウミが本音を漏らしたが小声だったので聞こえないふりをする。

「あのマミが公開しているアルバム、2個目なんだよ。最初のヤツにこの顔が写っていたんだ。だからあれがきっかけだよ。あとでウミも確認すればいい。僕はマミと昨日初めてあったけど、きっと原因の一つだ。あの時のただ一つ分からなかった原因はこれだってやっとわかった。あの時の点火した火が戻ってきたんだ。だから僕らは僕らが起こしてしまったボヤを消す責任がある。今日中に計画を立てておくよ」

 長いコーヒータイムを終えて、私は学校に向かう。

「ーーー君は僕を殺してもいいのに、優しいね」

 ウミのあの時の最後の小さなつぶやきの先は聞かなかったことにした。




 あれから数日間、マミのアルバムに写真はアップされていない。

 三桁台前半のフォロワー数は私達の新しいフォロー以外増減することもない。ウミはフォロワーも年のためにチェックすると入っていたが別にフォロー外からも見れるしな、と諦めながら地道に調べている。

 私が燃やされないように、私の写真も削除されている。

 閲覧履歴は少なかったそうだから、私自身や私の周辺が燃やされないことを祈るしかない。

 安堵していいのかどうか、わからない。

 それとは関係なく数件の火事はある。それがマミの撮影場所を燃やしていた犯人の犯行か私個人は完全に判断はつかないがおそらく違う火災だ。

 マミからの連絡もなく、予備校が始まるまでのあいだ、私は警固公園のベンチでカップ入りのりんご飴を食べながら携帯端末で音楽を聴きながら火事の情報を見ている。

 イヤフォンからは著作権の切れた昔のロックスターの音楽がランダムな中から選ばれリマスターされてもノイズまみれの「インスタントカルマ」が流れてくる。

 市外が数件と市内は二件。

 マミの上げた写真を過去に過去にとスクロールしていく。

 半年前で一度途切れている。最初の写真をタップすると一年前、親不孝通りであった、あの火災の跡地が復活して再起したときのイベントの写真だ。

 更にそこに書かれたコメントを見ていくと、その前のアルバムのアカウントがある。

 マミの二個目のこのアカウントの写真の部分部分が放火のターゲットにはなっていたようだが、嫌な予感がして過去のアルバムを検索して見る。

 ちょうど一年前に始まり半年前で終わったそのアルバムをスクロールしていくと、見覚えのある顔と見覚えのある景色が途中にあった。

 ウミと同じ顔をした明るい別人。

 一年前に失踪した若手モデルのイベント写真。

 顔の作りはまるで一緒だが、表情も、服装も、性格も、体格も、何もかもが違う。キラキラと全てが輝いて見えた、あの時の写真。

「そりゃ見覚えがあるわけだ」

 このことにマミは気づいているのだろう、と同時に自分用に保存もした。

「物憂げな美人っていうのは絵になるんですよ、先輩」

 曲の隙間に声が聞こえた。

 眼の前にはカメラで私を撮影したであろうマミ。今日は顔にアザはない。

 イヤフォンを外す。

「私のプライベート写真はネットに上げないでよね、燃やされたらたまんないよ」

 喋っていて冗談にもならないな、と思った。

「そうですね、私を助ける前に朱美先輩が燃えたらホンマツテントーですもんね」

「個人的に私個人は君の被写体になるような可愛い女じゃないと思うんんだけど」

「カワイイんじゃなくて格好いいんですよ」

 私個人は粗野な自分を私をダサいと認定している。

「褒め言葉として受け取っておくよ。ありがとう」

 マミはカメラをしまって私のベンチの横に座る。ふわっと普通のタバコとは違う香りがする。

「私、色々あって、爆発しそー」

「なんで人間が爆発するの」

「朱美先輩は爆発しそうにならないの、どうしようもないときとか、我慢できなくなったら私は爆発するよ。だから、その前に助けてね」

 いつもより大人びた声で、マミは続ける。

「ふらふらとしていたりするけど部活動とかないの、マミ。まあまあ厳しい学校でしょ。サボっているとか」

「それは秘密のほうが楽しいでしょ」

「私の同居人が幽霊探偵って秘密知っているのに不公平じゃないかな」

「乙女のプライバシーと都市伝説ってどっちが価値あるのかな」

「都市伝説にしたのは周りが勝手にしたことで別にウミにそのつもりはないよ」

「そういうもんですかね」

「そういうものです」

 にんまりとマミは私のしかめっ面をパシャっと撮影した。

「でもさ、私、先輩みたいにカンペキチョージンじゃないから」


 その日の夜、操作ミスか、恣意的なものかはわからないが、何の変哲もない家がマミのアルバムにアップロードされ、燃やされた。

 彼女の端末は電源が切られており、連絡ができなくなった。



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