プロローグ 理想という名の
「秋華には憧れとかいねーの?」
友人の柿田にそう聞かれたが、目を反らして「……いないな」としか答えられなかった。
……本当はいる憧れを、答えない自分。
「東雲は好きなものある~?」
なんて事のない会話をしてるクラスメイトにそう聞かれても、「ないかもな」なんて曖昧に答えた。
……本当の“好き”を、“憧れ”を隠す自分。
好きなものをまた否定されるのが、怖くて。
大切なものが、また「変」と言われるのが……嫌で。
ならばと、心の底に隠して誰にも悪く言われないように……誰にも見えないようにした。
「秋華ってさ……好きなもの、ちゃんとある?」
いつか聞かれた、柿田のその言葉に。……心配するその声に、わからないと答えそうになった。
その瞬間、俺はもう自分が何を大切にしたかったのか、何をそんなに大事にしていたのか、理由も何もかもわからなくなってしまって。
俺はいつの間にか自分を、自分の“好き”を……自分で、壊していた。
…でも、そんな俺に。
「好きなものは好きって言わんと! オタクで何が悪いのでござろうか! 『好き』の気持ちは、何よりも大切で大事な心のエネルギーである!! ……お主も、そうは思わぬか?」
ただ偶然会っただけの、名も知らない人が。ただただ楽しそうに、明るく笑ってそう言った人がいた。
その言葉が、ひどく響いて。好きを壊してしまった俺に、光をくれた気がして……俺もその人のように、自分の“好き”を愛したくなった。
でも、好きを隠して壊していた俺には、今更どう愛していいかわからなくて。
「東雲殿ではござらんか!! まさかこのような所で会うとは、4日ぶりでござるな!」
そんな俺の前に、学校で光は現れた。
自然と友人になり、俺は“好き”を全身全霊で体現するその人を見て、“好き”の表し方を見て学んだ。
そうして過ごす内に、その人の生き方ではなく“その人”が俺の憧れになった。
高校二年の、春の事。俺は三次元で初めて、憧れで友達という不思議な存在が出来た。……そして、五年後の今…
ー俺は憧れと、距離を取っているー