禁止の領域
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
立ち入り禁止の看板。これ、君はちゃんと守っているだろうか?
現実世界だと、これらを破ることはそうそうないんじゃないかな? 人の目があれば咎められるだろうし、実際に事故に遭う確率は高い。
一方のフィクション世界だと、これを破らない限りはお話が始まらないことも多いね。日常やその中にいる人の暮らしにフォーカスしたタイプならまだしも、幻想や怪異などを取り扱うにはこの禁止領域を飛び越えるのが手っ取り早い。
我々は暮らしの中で、これらの禁止事項に制限されたり、誘導されたりして、危険を避けることができているし、避けるべきだと学習もさせられている。
中には、こっそり破ったことがあるし、なんともなかったぜ! という人もいるかもしれないな。けれど「マジモン」に出くわして、話を持って帰ることができた人はどれくらいいるのだろうね。
実は私も、以前に持ち帰ることができた話があるのだけど、聞いてみないか?
あのときの立ち入り禁止に関しては、ほんとに突然だったな。
当時、学校へ通っていた私にとって、とある公園を突っ切るのは定番のショートカットコースだったんだ。
地図上で見たらさほどの距離じゃないかもだけど、子供にとっては最短、最速というのは気持ちのいいもので。ちょっとでも近道になるのなら、これ以上魅力的なものはなかった。
公園が立ち入り禁止になるといったら、虫よけの薬が撒かれるときくらい。その際は事前に通達がされるから、いくらか諦めもつく。けれどその日は、朝起きていきなり通行止めがされていたわけだ。
薬を撒いている状態の公園はなんどか見たことがある。
緑だったり紫色だったり、場合によって差異はあっても、いかにも身体に悪そうな霧が取り巻いているんだ。いわれなくても、立ち入る気にはなれない。
しかし、今回現れた唐突な進入禁止のロープ。そこに囲まれた公園は、いつもと変わらなう様子に思えたんだ。ロープそのものは黒と黄色が織りなすポピュラーなもの。以前、刺されたハチも同じような色合いだったこともあり、嫌な感じはぬぐえない。
それでも……見た目にどうもしていないのに、嫌がらせを受けているような屈辱のほうが勝っちゃった。若さゆえというか、思い通りにしてもらえないことへの反発は強かったんだ。
――ほんのちょっとなら、大丈夫だろう。
そうタカをくくって、私はロープをまたぐと目指す方角へ一目散に走った。
時間にして、10秒にも満たない感じ。公園を後にしても、足や身体に痛みのたぐいは感じられない。ゲームなどの、すぐダメージを受けてしまう床やエリアの存在に慣れていたのも、認識を後押ししてきたのかも。
――それみろ、いったじゃないか。
誰に自慢するというのか。そう頭の中で言い放ち、先を急ぐ私。
確かにこのときは問題がなかったのだけど……学校についてしばらくしてから、ちょっとおかしなところが見え始める。
最初はせきとくしゃみだった。
普段はさほどこれらをしない私が、しばしば連発で繰り出すものだから、少し珍しがられたなあ。「お前のバカも、これで卒業だな」といじられた怒りで、不審さもすっとんだけどね。どうやら風邪をひかないやつと思われていたらしい。
だが、2コマ目が終わるあたりになると、それにくわえて身体のそこかしこにかゆみを覚えるようになってきた。
手といわず、足といわず、蚊に刺されたかのように思ったよ。けれどもそこに、くわれたような痕はない。本当なら服も脱いで、おおっぴらにかきたいところだけど、さすがに教室内でやるわけにはいかないからね。
それでも授業中などは、こっそり両腕や肩のあたりなどはかいてしまう。肌は赤みを帯びてくるも、これでかゆみがおさまらないのは蚊に刺された時と同じ。いっときの気持ちよさのみをもたらして、解決にはつながってくれない。
そうして迎える休み時間。私は男子トイレの個室へ飛び込んだ。個室利用も、学校ではめったにやらないことだったよ。
裸になっても、やはりくわれた痕らしきものは見当たらない。それでもかゆみは確かに襲ってくる。
特に上半身がきつい。シャツの裾を出していたから、そこからこのかゆみのもとが入り込んだのだろうかと思ったよ。そうして引っ掻いていくうちに、出てくるのは垢、垢、垢……これまでに見たことのないほどの量が、引っ掻く爪の中へたまっていく。
――おいおい、こんび太郎の再現とか勘弁だぜ?
最初こそ笑っていられたものの、次のひとかきが、私の顔を大きくゆがませることになる。
左手は胸を。右手は背中を、いっぺんにかいていた。
そこの皮が肉が、いっぺんにべろりと剥がれ落ちたんだ。トイレのタイルを瞬く間に汚す鮮血に私は悲鳴をあげたし、それを聞きつけたみんなも目が点になっていたから、重傷に思われただろう。
でも、私はさほど痛みを覚えずにいた。あのかゆみと、自分が引っ掻いたぶんの刺激だけが変わらず、それでいて、私を構成しているものたちはお構いなしに垂れ落ちていく。
本来ならば、即救急車ものだったろうが、駆けつけてきた先生たちによって応急手当をされた私はそのまま保健室へ。救急車が来るまでのつなぎと思われたものの、いつまでたっても車が来る様子はなく。ただ保健の先生に身体を入念にぬぐわれるばかりだったんだ。
ただのタオルばかりでなく、幾度も脱脂綿のたぐいを塗りたくられた。あのはがれた箇所にもまんべんなくね。ただ、やはり痛みは感じることはなく、身体をまさぐられる奇妙な感覚だけがきわだったよ。
そして、驚くことに2時間もするときには、確かに血肉が剥がれ落ちた傷が治ってしまうばかりか、くだんのかゆみもぴたりとおさまってしまったんだ。
「決まりは、ちゃんと守らなきゃだめよ」
保健の先生をはじめとする大人たちは、私をそう戒めるばかりで、あのときの公園のことは何も教えてくれなかったなあ。