夢の中 2025 2/27
「アルコールは本当に怖いよ、マジで。」
目の前にいる男はそう言いながらガラス製のおちょこにそっと日本酒を注いでいく。
ちなみに「目の前の男」は自分の隣にいる男にも酒を注いでいく。「目の前の男」のおちょこにはすで酒が注いであった。なぜか二人の名前は憶えていないが、呼び方がないと面倒なのでとりあえず「目の前の男」を山田、「隣の男」を佐藤とする。
そうだ……。今日は山田の結婚式でそして、自分たちは学生の頃からの友達。山田は昔から勉強が得意で、でも気取った感じはなくてネットのそういうノリとかわかってるやつだったからすごい話してて楽しくて…佐藤は少しぽっちゃり体系でオタク気質のせいで話し方にすこしクセがあるけど不思議とこいつとの会話は飽きなくて…。
なんで、なんで名前を思い出せないんだ?いや、名前よりも何か大切なことがあった気がするんだけど。
周りを見渡してみる。天気が良いからか外にいくつかの白いテーブルクロスがかけられた円形テーブルが置いてあって、自分たちを含めた何組かのグループがそれぞれの席に座っている。
それにしてもちょうど春って感じの暖かな陽気とほんのり冷たさの残る風が心地良い。逆に言うならそれしか心地よくない。
「まあまあ、そんなに堅くならず、ゆったりしてくれよ。」
山田がそんなことを言ったすぐ後に料理が運ばれてきた。
かぼちゃスープと小さなステーキだ。これに日本酒って…。
佐藤を見て気づいたけどなぜか自分と佐藤はそわそわしている。不思議と心の底から素直に山田の結婚を祝うことができないでいる。妬みとかそういうのじゃなくて。逆に山田はこの日を本当に心待ちにしていたかのようにさっきからニコニコしている。本人が幸せそうならそれでいいのだが。
なんとかこのこびりついてどうしようもない不安を消そうと日本酒を少し飲んでみる。
(からっ!)
思ったよりからかったので、かぼちゃスープで一回口直しをする。
山田はおちょこの中身を一気に飲み干す。
(…すごいな、こいつ)
山田はそれ以降なにも手を付けずに、自分と佐藤は特にやることもないからちょっとずつ料理を食す。その間、沈黙が流れ、自分は山田をチラチラ見る。特にこれといったリアクションを起こしそうにもない。
妙な沈黙が嫌になって自分は口を開いた。
「そ、それにしても急に結婚だなんて。まあお前のことだから、素敵な彼女の一人や二人いてもおかしくないとは思うけどさ~、…。多分、後で見れるとは思うんだけどさ、奥さんってどんな感じの人なの?奥さんと一緒に撮ったラブラブな写真一枚ぐらいあるだろ。俺らにちょっとぐらいみせてくれても」
「…ない」
「え?」
「今日、いないんだ。」
「お…おく、さん?」
「そう」
さっきまでのニコニコ笑顔はいつの間にかなんの感情ももたない真顔になっていた。
周りから聞こえていた人の声も消える。
「うちの家内、俺が気づかないうちにアルコール依存症になっててさ」
山田の声に生気はない。ただ起こった事実を淡々と語っているようだった。
山田は続ける。
「それもさ、結構重度のやつで。認識とか記憶とかそこらへんが関係してる脳の部分がダメになっちゃってるらしくて。実際おれのことわかってんのかそうじゃないのか、すごい曖昧だったし。それでもおれどうにかしようって…仕事でちゃんと彼女にかまってあげられなかった…おれが悪いから。だからどうにかしなきゃって、………でもだめだったんだ。」
ただ淡々と、でもどこか寂しい感じで。
長い沈黙が続いた。
その間自分の中で山田に対する気持ちに整理がついた。
彼は今、深い罪悪感のせいで長い人生の中、次どう進むべきかわからなくなっているんだ。
それなら彼の友人として自分がやれることといえば彼の背中をそっと押してやることだ。
だから自分は彼にこう言おうと思ったんだ。
「自分がやってしまったことに対する贖罪に終わりはないかもしれないけど、自分の罪から目を背けないで生きていけばそれでいいんじゃないか」
そう言おうと思ったとき
「終わりはある」
山田は言った
「終わりはあるんだ。」
いまさら気づいた
山田のおちょこに底に
溶けきれずに残った白い破片があることに
ああ、なるほど、そういうこと
目が覚めた。