攻防
「こんな体にされたからと言って運動神経が落ちている訳じゃないのよ。ディアマットにいた時の運動神経は健在なんだから」
知っている。何故なら僕とぶつかった後の彼女は疾風のごとく駆け抜けていたし、軽々と三階建ての商店街の建物に跳び上がっていた。一般の人には無い運動神経だ。
「だから――」
「消えた!?」
すぐに後ろを振り返ろうとした僕の頬に、白薔薇さんの細い指が刺さる。
「こうしてあんたの背後を取るなんてわけないわ……ってあれ、持っていたものをどこにやったのよ」
危なかった……。彼女の腕から逃れた後すぐにズボンのポケットへと本をしまった。大きなポケットだからといって普段はそんな事しないけれど仕方ない。
いや、なんでこんな必死に隠しているのか聞かれると困るんだけど、多分心のどこかでこの状況を楽しんでいるのかもしれない。
「やるわね。あの一瞬でポケットにしまったなんて」
「……し、白薔薇さんの観察眼も見事だと思うよ」
多分僕が一瞬だけポケットに向けた視線と、不自然に膨らんだポケットを見てすぐに理解したのだと思う。勇者を自分だと設定している分、理想像へ近づく為に相当特訓したのかもしれない。……本当に少し楽しくなってきた。
この時の僕は状況の異常さに飲み込まれ、初対面の女性と何をしているのかという疑問は消え去ってしまった。
「……ん?」
「えっと、ポケットにしまうのはずるいかなって。どうせ中身が何かなんて袋にしまってあるから見えないし」
「つまりそれは、私に勝負を挑んだと捉えていいのよね?」
「そ、そうなるかなっ――」
僕の言葉が言い終わるか言い終わらないかのところで彼女は僕の手にある袋へと手を伸ばしていた。上体を逸らさなければ既に取られていたかもしれない。
「そこまで!」
倒れそうになりながらも背後へとジャンプして距離を取る。彼女が更に僕の袋目掛けて腕を伸ばそうとしたところで、背筋を思わず伸ばしてしまう程大きな声が響き渡る。僕も白薔薇さんも何か分からず動きを止めて声の主へと振り返る。
「お姉ちゃん?」
「え、お姉さん?」
とても、とても綺麗な人だった。白薔薇さんとは似ても似つかない真っ赤な髪を左右で縛り、腰のあたりまで伸ばしている。つり上がった青い瞳が彼女を厳しそうな人だと印象付けさせる。なんでチャイナドレスを着ているのかは分からないけれど、チャイナドレスから覗く素足がとても細い。本当に白薔薇さんのお姉さんなのかな?