優しさ
「あ、あの……何かあったんですか?」
折れた本を鞄にしまい、こっちを心配してくれるパン屋の店主に問いかける。僕もよく行くお店で、店主の顔は見慣れている。
「万引きだよ。あの女置いてあるパンを手に取ったと思ったら、このヘンテコな紙を置いて逃げて行ったんだ」
店主が腰に巻いたエプロンのポケットから取り出したそれは、見た事ない絵柄の紙。大きさは丁度千円札くらいの大きさをしている。
「これは……?」
「分からん。彼女曰く一ツェリカだとか何とか……もしかしたら外国の金なのかもしれない」
「あ、あの……いくら分盗られたんですか? ぼ、僕が払いますよ」
質問をして直ぐにしまったと思った。僕を気遣ってくれていた瞳に怒りの感情が混ざって見える。
当然この状況、このタイミングで言ってしまったらそうなるのも当たり前だ。
「さては君、彼女の彼氏か?」
そうそうこう言われ、る、よね?
「え?」
「確かに見てくれは良いけど悪い事は言わねぇ。こんな事する奴とは縁を切りな」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 僕は彼女の彼氏なんかじゃありません! なんなら出会った事も無いです!」
とんだ勘違いをされてしまっていた。よく見たら店主も怒ると言うより、どこか哀れむような顔で僕を見ている気もする。
僕からするとそれは少し嬉しい勘違いだけど、先程の女性にはいい迷惑だと思う。とりあえず間違った認識を改めてくれて良かった。
店主は顎に手を当て、少し考える顔をしてから再度口を開いた。
「じゃあ彼女とグルか!」
「違いますけど最初にそっちを思い浮かべますよね!? というか会った事無いんですって!」
「違う? ならなんで君が彼女の代わりにお金を払う?」
「え、だっていつもお世話になっているじゃないですか。僕も彼女を押さえられなかった訳だし……」
「なるほど」
店主が納得してくれたのを確認して、僕はポケットから財布を取り出した。中身を取り出そうとジッパーを開けたところで店主が僕の手を掴む。
力強く僕の手をジッパーから離すと、店主は僕の顔を見てニッコリと笑った。
「今回は、君の優しさに免じて彼女を許す事にするよ。でも、気を付けて欲しい。君のそれは優しさじゃないよ」
「……そうかもしれませんね」
多分僕が今呟いた言葉は小さすぎて店主に届かなかったと思う。その証拠に彼は既に腰を持ち上げると、僕に背中を向けて店の方へ歩いて行ってしまった。
「はぁ……」
「ちょっとあんた。キョロキョロしないで。こら、どこ見てんのよこっちよこっち」
何処からか聞こえる声に立ち上がった僕は声の主を探した。
丁度店主からは死角になっていたのだろう。この商店街に植えられた一本の桜の木、その枝に座り込む少女が銀の髪を揺らして僕を見つめていた。