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逃走

「うわぁ……」


 体重や重力、運動エネルギー、位置エネルギー等、下に働く力を一切感じさせない音をたてない着地、感心と呆れの入り混じった自分でもよく分からない感情の吐息まじりの感想が口から洩れた。

 当然校舎の窓から見ていた生徒達も白薔薇さんの行動を見て目を丸くし、言葉を失っている。


「何よ? そんな間の抜けた顔して」


「あ、いやぁ……さっきもそうやって電信柱から降りたのかなって思うと凄いなって思っただけ」


「よく分からない事言うのね……。まぁ良いわ。妙な視線が気持ち悪いしさっさと行くわよ」


「行くって……どこに?」


「私の家よ」


 僕は白薔薇さんの言葉を数秒掛けてゆっくり理解し、回れ右をして走った。冗談じゃない。生まれて一度も女性の家に入った事どころか彼女だって居た事は無いのに、出会って数日の女性の家に行くなんて僕の心臓が持たない。それでなくても白薔薇さんを見ているだけで心臓がうるさいのに。

 彼女には悪いけれど、後ろから追って来ていたら大変なので、僕だけが知っている自分の家に近道の森の道を走る。必死だから後ろを見る余裕はないけれど、地面に落ちている落ち葉を踏み鳴らす音は僕の分しか聞こえない。

 自慢じゃないけれど僕は体力が無い。学校から数メートルの距離にある森の中で足を止めてしまう程には体力が無い。それじゃ分からないと言われそうなのでたとえ話をすると、百メートル走を最後まで走り切る為には普段の半分くらいのスピードで走らないと走り切れない。別に持病を持っているとかそういう事じゃなく、本当に体力が無いだけ。


「はぁはぁ……」


 胸に手を当て、重い足取りのまま家の裏にまでたどり着いた僕は、そこで一旦膝に手を置いて体力を回復する。普段から本を買う以外にほぼ外出しないので仕方がないと言えば仕方が無い事だけど、内心そろそろ直すべきだと反省している。

 五分が経過し、ようやく普通に歩ける程度に回復した体力にため息をつきながらも塀の脇を通って自分の家の玄関までたどり着く。


「あら、家の場所教えていないのになんでわかったの?」


「……うんごめん、僕の家の隣は空き家だったはずなんだけど」


 普通に隣の家の玄関の前で、白薔薇さんが立っていた。

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