7話:身代金は惜しいでしょう?
三度目の正直で、成功するはずだったのに!
でも事前に自分に割り当てられている予算を確認していなかったのだ。
しかも、店の商品全部頂戴!は、ホリデーシーズンのセール前に、できるわけがなかった! というか店員さんから「困ります」と言われてしまったのだから……。
「若奥様、本当に申し訳ありません!」
「いいの。私が甘かったわ。普段から散財していないと、やり方が……分からなかった。それだけよ。そうだわ。明日はお忍びの日よ。気分転換をしましょう!」
こうして翌日。
食事の後、地味なオールドローズ色のワンピースに厚手の黒のロングケープを着て、いつもの居酒屋へお忍びで向かう。
すると……。
「なんだか奥の隅にいる奴ら、怪しいですね」
ダビーの護衛騎士としての勘が騒ぐと言う。
そこでダビーが酔ったふりをして、酒を奢ると……。
五人組の髭面の男達は、自分達が流れ者であることを打ち明けた。さらに金がなく、来るホリデーシーズンをどう過ごせばいいのか、悩んでいるのだと言う。いっそ強盗でもするかなんて、本気とも冗談ともつかないことを言い出したのだ。
これを聞いた私はピンとくる。そしてこう提案した。
「ならば私を誘拐して、領主に金をねだりなさい!」
「「「「「「「えええええっ!」」」」」」」
◇
「あの、領主様のところの若奥様なんですよね? そんな方を誘拐して、捕まりませんか、俺達」
居酒屋から程近い町宿の一室に、私とリサ、そしてレーシング家の五人兄弟はやって来ていた。
レーシング家の五人兄弟。
居酒屋にいた流れ者の髭面五人衆だ。
現在私は、五人兄弟に、身代金目的で誘拐されたことになっている。
要求金額と受け渡し場所を指定した紙を持ち、ダビーが屋敷に向かっていた。
「大丈夫よ。話した通り、領主は私にお金を払わないと思うの。でもその分、私があなた達にお金を払うし、安全に逃げられるようにするから、安心して」
「そ、そうなんですか。でもなんでまたこんなことを……」
「それは明かせないわ。でも協力してくれれば、ちゃんとお金を渡すから、大丈夫よ」
まさに手っ取り早い離婚方法。
それは身代金目的で誘拐されることだった。
この世界では、身代金目的の誘拐対策として、独特の仕組みを持っている。
誘拐犯は、たいがい家族や婚約者に、身代金の支払いを要求するのだが。
そこを逆手にとり、親子の縁を切る、離婚する、婚約破棄をする――そういったことがよく行われるのだ。
こうすることで、家族や婚約者は、身代金の支払いを負うことがなくなる。そのことは犯人に伝えられ、そうなると犯人は誰からも金を得られなくなるのだ。さらにこの時点で誘拐を断念し、自首すれば、刑は軽くなる。
結果、誘拐事件が解決に導かれる――ということがここではまかり通っていた。
なお、縁切り、離婚、婚約破棄は、誘拐事件解決のための、超法規的措置だ。よって誘拐事件が解決した後、書類は破棄され、家族は元通り、婚約破棄も取り消しとなる。
だが一時的でも離婚が成立するのならば!
そのまま私は姿をくらますつもりでいた。
つまり。
高額な身代金をスカイ伯爵もアトラスも支払わない。それなら離婚を選ぶ。
これで私はアトラスに刺殺される未来から、逃げ切ることができるはず!
身代金の金額は、これまでろくに使わなかった毎月の私への割り当て金の、なんと十年分だ。
こんな大金、私のために、支払うはずがなかった。
それに私は跡継ぎだって産んでいない。
子供の母親となれば、多少は心が揺れるだろう。それでも超法規的措置で、離婚が可能なのだ。膨大な身代金を払うのではなく、即離婚で、誘拐事件の幕引きを図るはず。
ということでダビーからの朗報を待つ間、身の上話を聞くことにした。レーシング家の五人兄弟が、なぜ流れ者になったのか、その経緯を。
長男だというホースが語り出した。
「両親と俺ら五人で、パン屋をやっていました。そこで動物パンというのを開発したんです。犬や猫、雀やライオンの顔の形のパンを作ったら、大人気になりました。俺達のいた村には、領主である男爵が経営しているパン屋もあったのです。でも動物パンが売れると、領主のパン屋の売り上げが伸び悩み……そこからです。俺達の店に、男爵が嫌がらせをするようになったのは。最後は店を畳み、村から追い出されました。すると高齢だった両親は心労がたたり、亡くなってしまったのです」
そこからは流浪の民となり、とりあえず王都に行けば何か仕事があるかと思ったが、田舎者だと相手にされないと言うのだ。
「でもその動物パンのアイデアは、とても素敵だと思います。……どうでしょう。私が渡すお金で、ご自身の店を始めませんか? 誰かから雇用されるとなると、田舎者と相手にされないのなら。パン職人としての腕はあるのです。自分達で店を始めるのが、一番だと思います。私も応援しますよ」
「そ、それは、本当ですか……!」
「ええ。パン職人としての腕も大切ですが、お店の立地も重要です。そこは私が頼み、いい場所を見つけてもらいます。できれば一階が店舗、二階が住居。これであれば、住処と仕事が一度に手に入るので、一石二鳥ですよね」
これには五人は「その通りです!」と頷く。
離婚しても生きて行けるよう、あらかじめ個人名義で投資をしていて良かったと思う。
元々は五歳の時に父親が始めてくれていたものを、引き継いだ形だった。
さらなる運用を続ければ、このまま離婚しても、郊外に屋敷を構えることもできる。そこでリサとダビーを雇用しても、生きていけるはずだ。
レーシング家の五人兄弟の話を、ひとしきり聞き終えたところで、ダビーが戻って来た。
「た、大変です、若奥様! 領主様が、身代金を払うと言っています」
「嘘でしょう!?」