6話:散財する女はお嫌いでしょう?
『セレナ。媚薬のような効果を持つと聞いたフルーツを取り寄せた。ウォーターメロンというそうだ』
そう私に話しかけるアトラスは、いつもの紺色のローブではない。真っ白なローブを、しかも胸元を大きく開けた状態で着ていた。
改めてこう見ると、線が細く見えていたが、胸板はしっかりしている。
夫婦の営みの時は明かりを消しているから、気が付かなかった。
ついアトラスの胸板に目が行ってしまうけれど。そうではない!
『ウォーターメロン、ですか? メロンではなく?』
私はシルクの真っ白な、薄手のネグリジェ姿だった。下着にも等しいこのネグリジェは、体のラインが浮き彫りになっている。
『メロンとは全く違う色をしている。まるで鮮血のようなフルーツだ』
アトラスがそう言って、銀色のクローシュを持ち上げると、そこに確かに目にも鮮やかな赤い果物らしきものが見える。三角形にカットされ、黒い粒のような種が見えた。とてもみずみずしく、甘い香りがする。
『さあ、これを食べ、ベッドへ行こう』
ウォーターメロンを手に取ると、アトラス自らが私に食べさせてくれる。
シャキッとした歯応えと、口の中に溢れるような甘さ。
初めて食べるのに、なぜか懐かしい味に感じる。
『うんっ』
まだ口の中にウォーターメロンがあるのに、アトラスがキスをしてきた。
口腔内で甘い果汁と、アトラスの舌と私の舌が絡み合う。
息が上がり、全身の血流が良くなかったところで、アトラスの唇が離れた。
こんなキスをされたのは初めてのことで、鼓動が激しい。
『こんな食べ物の手を借りないといけないなんて。情けない話だと思わないか、セレナ』
アトラスの手元で何かがキラッと光ったと思った瞬間。
脇腹に激痛を感じる。
真っ白なシルクのネグリジェには、ウォーターメロンより赤い液体が広がっていく――。
がばっと起き上がり、目を大きく見開き、肩で激しく息を繰り返している。
夢を見ていたのだと分かっていた。
でも妙に生々しく、寝汗もとても書いている。
的中率九十九%の占い師から、離婚を勧められているのに!
離婚しないと刺殺されると言われているのに!
もたもたしていると夢のようになると、警告されている気がした。
次こそは三度目の正直。
悪妻になるための作戦=悪妻化計画第三弾。
「散財する女はお嫌いでしょう?」作戦を、成功させるわ!
◇
髪はアップにし、最近流行し始めた黒のサングラスをかける。
そして耳にはゴールドのリングのイヤリング。
真っ白なフォックスの毛皮のコートを着て、私はリサと共に馬車へ乗り込む。
ダビーは騎乗で馬車を先導しながら、護衛についてくれている。
ホリデーシーズン前の今の季節は、どのお店もセールなどやっていない。
つまり定価なので、この時期に高級品を買う人なんて少ないのだ。
貴族であってもお得に手に入るなら、それに越したことはない。
皆、ホリデーシーズンに入ると同時に、VIPルームに殺到する。
だが。
今回の作戦は「散財する女はお嫌いでしょう?」なのだ。
ここは金遣いの荒い女になる必要がある。
「若奥様、着きました。ここが王都で一番の高級宝飾品店『カエテイラ』です」
「ここで散財し、アトラスに金遣いの荒い女と思わせるのね」
「そうです。若奥様。これぞ、私が考えた『散財する女はお嫌いでしょう?』作戦です」
アトラスやスカイ伯爵が懸命に築いた財産を、無駄遣いする悪妻。
これは即離婚につながりそうな事案だ。
ダビーの考えたお酒や情夫より、一族に与えるダメージも大きい。
これなら間違いなく、離婚を引き出せる!
「では行くわよ」「はい、若奥様!」
ドアマンに扉を開けてもらい、店内に入る。
服装から貴族と分かり、マネージャークラスのスタッフが駆け寄ってくれる。
サングラスを外し、私は黒スーツ姿のマネージャーの男性に、ニッコリ微笑む。
「そこのショーケースから、あちらのショーケースまで、展示されている宝飾品、全部頂戴!」
さぞかしマネージャーの男性は喜ぶかと思ったら。
「それは困ります。明日から何を売ればいいんですか!?」
それはその通りだ。ホリデーシーズンが始まると、セールが盛んになる。だがホリデーシーズン=年末年始。仕入れはストップになる。あらかじめ見込みで商品を確保し、倉庫を埋めて置き、ホリデーシーズンのセールで販売を行うのだ。それなのに私が店頭在庫を買い尽くしたら……困るのは当然。
「そ、そうですよね。ごめんなさい。……ではこのブローチとそのブレスレットをください」
「かしこまりました、マダム。試着されますか?」
「そ、そうですね……」
マネージャーが宝飾品を用意してくれている間に、リサが私に謝罪する。
「若奥様、申し訳ありません! 作戦の趣旨は間違っていないと思うのですが、時期が、悪かったです……」
「大丈夫よ、リサ。王都には沢山お店があるのだから。いろいろなお店をはしごしましょう」
「若奥様……!」
こうしていろいろなお店で少しずつ買い物をしたが……。
正直、はしごは疲れる。
それでも紙袋は持ちきれない程になったし、きっと散財できたと思う。
ということで夕食前に屋敷に到着できたので、購入した商品をじゃらじゃらとつけ、アトラスの執務室に向かう。
「見てください! この宝飾品、ぜーんぶ今日、購入したんです!」
補佐官のクルースが口をぽかんと開け、驚きでこちらを見ている。
きっと散財したことに、驚いているのね!
口元が緩むのを堪えながら、領収書の山をアトラスの執務机に置く。
すると暗算が得意なアトラスは、領収書の束をざっと長め、バサリと机に戻した。
「セレナ。君はここに嫁いでから、一度も贅沢をしていなかった。毎月の君に割り当てた予算も、ほぼ手付かずだ。今日使った金額など、これまで使わずに貯まった予算からしたら、可愛い物だ。店の商品まるごとすべて購入しても、構わなかったのに」
そう言うとアトラスは椅子から立ち上がり、私のそばに来た。
「だが君は元々が素敵なんだ。こんなに飾り立てる必要はないと思うが」
そう言いながらアトラスは、私がじゃらじゃらと身に着けた宝飾品を外していく。
そして私の両手には山盛りの宝飾品が。
「クルース、両手が塞がっている。部屋まで送ってやれ」
「かしこまりました」