22話:じれったい返事
アトラスの溺愛により、体から魂が抜けた。笑い話みたいに!
でもおかげで自分のルーツを知り、さらに高尚な存在から『どちらの言い分も間違いではない。だがお前さんは間違いなく、幸せになれる。簡単に魂をこちらへ飛ばすのではないぞ』と言われた。
つまり占い師は、嘘を言っているわけではないようだ。それでいて高尚な存在が示したアトラスは、私にとって間違いのない相手。今度こそ私は幸せになれるという言葉も真実。
これは……占い師にもう一度会い、あの予言を確認する必要がありそうだ。
それにしても。
アトラスが離婚を考え、娼館に通っていると思ったら、それは全然違っていた。
補佐官であるクルースの指摘もあり、アトラスは自身の夫婦の営みが、実に淡々したものであるか自覚したのだ。そして私が跡継ぎ作りをボイコットした理由が、この淡々とした行為に起因していると考えた。離婚を言い出したのも、自身が下手だからと思っていたのだ。
確かにアトラスの行為は、淡々としていた。義務感満点と感じていたのも事実。しかしそれが原因で離婚を切り出したわけではない。離婚するほど、アトラスとの夫婦の営みが苦痛だったかというと……。そこまでではない。だがアトラスは勘違いし、懸命にその道を上達させるため、娼館に通ったというのだから……。
これは驚くしかない。
でも結果的にアトラスは……大変上達したと思う。こればかりは比べる相手がいないので分からない。でも以前の「淡々」としたアトラスに比べたら、俄然、今の方がいいのですが。
だがその分、恥ずかしさは倍増している。だって……。
ともかくその件はいいとして、占い師に会いに行く!
これが重要。
ということで早速リサに相談した。
アトラスとの最中に、昇天して高尚な存在に会った……ということは、当然、話していない。夢枕でお告げをもらったことにした。そのお告げによると、アトラスは間違いなく私の良き伴侶。その一方で、占い師も嘘をついていない。そう言われたと話すと……。
「えええええっ、夢枕に聖人が降臨したのですよね!? 若奥様、それはすごい体験です。しかもそんな個人的なお告げをしてくださるなんて……。親切ですね」
これには背中に汗が伝ってしまう。
確かに夢枕に立つ聖人は、広く民に役立つ啓示をしている気がする。
「多分、私とアトラスが間違って離婚すると、何か国中に影響が出たのかもしれないわ。例えばアトラスが離婚を機に、商会経営に興味を失くし、本来重要な輸入品を扱うはずが、それがなくなる……とか……」
苦しい言い訳だけど、リサは「そうなのかもしれませんね!」と素直に同意してくれる。
良き侍女に恵まれたと思う。
「では占い師のおばあさんに、今晩会いに行っても大丈夫か、確認しておきますね!」
「ええ、ぜひそうしてもらえるかしら」
こうしてリサが交渉してくれた結果。
夕食が終わった時間帯で、占い師に会えることになった。
◇
「セレナ」
夕食を終えると、すぐに自室へ戻ろうとした。
そこでアトラスに呼び止められたのだ。
振り返ると同時に腰を抱き寄せられ、額へキスをされ、もうビックリ!
スカイ伯爵夫妻は先に出て行ったが、ダイニングルーム(ここ)では、まだメイドが後片付けをしている。
あわあわしながら「ど、どうしましたか!?」と声を裏返しながら尋ねてしまう。
「今日から毎日、君の寝室で一緒に休もうと思う。迷惑かな?」
「! そ、それは……迷惑なんて。そんなことはありません。それに今の季節、寒いので……」
夫婦なのだから頭ごなしに「嫌です」なんて言えない。
それにそもそも嫌ではない。
むしろ嬉しい提案。
でも「喜んで!」なんて即答はできない。
ただ、実際、一緒に休んだ方が温かいと思う。
その結果がこのじれったい返事になっていた。
我ながら素直ではないと思ってしまう。
「良かった。では入浴を終えたら、すぐに向かう」
「えっ」「え?」
シーンとしてしまった。
「え、えーと、旦那様。女性の入浴は時間がかかります。そして今日は領地に戻った兄に、手紙を書くつもりなのです。大変申し訳ないのですが、私から旦那様の部屋に行くのはどうでしょうか?」
そこまで言ってから、なんて斬新な発想を!と自分でも思ってしまう。
でも頭の片隅に、男女は平等という言葉が浮かんでいる。不思議なことに。
これも前世の記憶か何かなのかしら?
「セレナ、君が僕の部屋に来てくれるのか」
予想外にアトラスは、嬉しそうな顔をしている。
「君が僕のベッドで休んでいる姿を想像すると……」
アトラスの艶のある肌が、ほんのり赤くなる。
「待っている。君の好きなベリーニも用意させよう」
嬉しそうにアトラスは私の髪を撫で、ピーチジュースとシャンパンで作るカクテルを用意しておくと言ってくれた。
普通にしていると、変わらず木漏れ日のようなのに。
こうやって甘える様子は……まるで子犬みたい。
愛くるしい。可愛い。
「ありがとうございます。旦那様。では後ほど」
「ああ。待っている」
今度は頬に「チュッ」とキスをされ、ガクッと膝から崩れ落ちそうになり、リサに支えられる。
アトラスは私の頭を撫でると、先にダイニングルームを出て行く。
「若旦那様なのに、若旦那様ではないように思えるのですが」
「そうね。それは私もそう思うわ。彼の中で眠っていた何かを、目覚めさせてしまった気がする」
「いいのではないですか。こんな風に愛されるのでしたら!」
そんなことをリサと話しながら自室へ戻ると、着ていたドレスからワンピースに着替え、お忍び用の黒のロングローブを羽織る。フードを被り、ダビーを呼び、いつも通りで町へ向かう。町宿の一階にあるバーへ。
店の外でリサとダビーが待機し、私は素早く店内に入った。
「! お前さん、なんだかオーラが変わったね。これは……最近、この世界とは次元が違う場所へ行かなかったかい? おかげで生命エネルギーが、とてつもなく強くなっている」
そんなことも分かるとは!
やはりこの占い師は、本物なのだわ。
それなのにアトラスが私を刺殺する予言をするなんて。
でも「どちらの言い分も間違いではない。」なのだ。
真相を探らなければ。
「実は本当に、ここではない世界に行きました。昨晩」
「そうだろうね。それで、それはどういった経緯で?」
「はい。それをお話したいと思います」
占い師の隣のスツールに腰かけると、彼女はハッとした表情になる。
そしてマスターに目配せし、「シャンパンを冷やしておいて」と頼む。
そこからは恥を忍び、夫婦の営みの最中に昇天したことを、素直に話すことになる。侍女のリサと違い、この占い師に嘘は通用しないと思ったのだ。
一通り話を聞いた占い師は「なるほどね」と深々と頷いた。そして――。