20話:お兄様になんて相談をしているんですかー!
パチッと目が覚めた。
まるでこの時間に、目覚めることが決められていたかのように。
そしてその瞬間から、脳がフル稼働している。
昨晩、急変したアトラスにより、とんでもない溺愛をされた。
「淡々」とは正反対の「情熱的」な夫婦の営みを経験。
そしてアトラスと、心身共に激しく結ばれた瞬間のことだ。
あれは生きたまま体から魂が飛び出し、主が治める世界にダイブしたのだと思う。
ダイブ……なんだろう。
あの不思議な世界に行ってから、この世界では一般的ではない言葉が浮かぶというか。
それは前世の私につながるもの、なのかしら?
ともかくそこで私は、自分の前世について知ることになった。
DV夫なる人物により、私は……。
そしてこの世界でもその因果で現在の夫に……?
でもあの高尚な存在は『今度こそ幸せになりなさい。わたしが選んだ相手じゃ。間違いはない』と言っていたのだ。その相手とは、アトラスのこと。
夢だったのかもしれない。
ううん。あれは夢とは思えない。
妙にリアリティがあった。
しかしそうなると……。
あの占い師は、九十九%の的中率と聞いている。
まさかの失敗の一%に、私が含まれることになるのかしら?
そこで扉がノックされる音がして、ハッとする。
私、服は――。
寝間着、ちゃんと着ている!
「セレナ! 目覚めたのか!」
ティーセットを載せたトレイを手にしたアトラスが、眩しい程の笑顔で私を見た。
え、笑顔で私を見ている、アトラスが!
喜怒哀楽を表に出さないはずのアトラスが、笑顔を向けている!?
で、でも昨晩のベッドでのアトラスは、この笑顔以上に様々な表情を見せていた。それを思えばこの笑顔なんて……。
「意識を失ったと分かった時は、本当に驚いた。すぐに気が付くと思ったら、そのまま寝てしまったようで……。だがセレナの寝顔は初めて見た。可愛らしかったよ」
アトラスの言葉に、全身にカーッと血が巡るのを感じる。
短い言葉の中に、沢山爆弾が仕込まれていた。
寝顔を見られている。でも可愛いと言ってもらえた。
嬉しい。しかし恥ずかしい!
「あの寝顔に惹かれ、自室に戻らず、一緒に朝まで休んでしまった。でも……とても温かく、熟睡できた。この季節は一緒に休んだ方が、安眠できるかもしれない」
アーリーモーニングティーをいれたアトラスは、カップを乗せたソーサーを手に、私の方へ来る。そしてそのままサイドテーブルに紅茶を置いた。
私はすぐそばにアトラスがいると分かっているのに、その顔を正視できない。
寝顔を見られ、可愛いと思われ、朝まで一緒のベッドで休んでいたなんて!
しかも熟睡できて、これからも一緒に休むと安眠できると言われている。
この甘々な事態に、免疫がない私は、借りてきた猫状態だ。
「体も温まる。目覚めたら水分をとった方がいいと、医師も言っている。さあ、セレナ」
「は、はいっ。ありがとうございます……」
ひとまず用意してくれたミルクティーを口に運ぶ。
あ。
五臓六腑に、温かさが染み渡るようだ。
「金輪際、あれはしないと言っていたのに、昨晩はすまなかった」
むせそうになり、ティーカップをサイドテーブルに置きなおす。
一方のアトラスはそのままベッドに腰をおろし、上半身を私の方へ向けた。
「セレナから金輪際ずっとないと告げられた後、僕はクルースに相談した。さらに恥を忍び、君のお兄さんにも相談したんだ。その結果、自分は……その、とても下手であると分かった」
紅茶をサイドテーブルに置いて良かったと思う。
もしあのまま飲んでいたら、今、盛大にミルクティーを吹き出していたはず。
「そ、相談って」
「だから……夫婦の営みについてだ」
ハンサムな兄の顔が浮かぶ。
その兄が、アトラスから私との営みについて相談されている姿を想像すると……。
「ど、どうしてお兄様にそんな相談を!?」
「だってセレナの兄君は、文武両道で令嬢にモテそうだ。そちらの知識が豊富かと思い……」
「お兄様は未婚なんですよ! 婚約者もいないんですよ、何をとち狂ったことをしてくれるんですかー!」
思わず枕元のクッションで、アトラスをぽかぽかすると……。
「す、すまなかった。でも……いろいろアドバイスをしてくれたが」
「え」
「例えば昨晩みたいに、ほら、口を使い……」