18話:旦那様、離婚してください
「夕食後で構いません。……いいのですか、何かご予定があるのでは?」
娼館に行かなくていいのですか、旦那様、ということだ。
「予定? あるわけがない。では夕食後、セレナの部屋を訪ねる」
「分かりました」
できれば昼食後かティータイムで話せたらと思うが、仕方ない。
今、話すより、ましだろう。
その時はそう思ったが、夜まで話せないことは……。
今日は一日落ち着かないだろうな、と思った。
◇
「若奥様、お食事前に入浴されるのですか?」
「そう。夕食の後は決戦になるの。何せ私から離婚について話すことにしたから」
「! そうなのですね。修羅場があるかもしれないので、入浴をしている暇はないと」
その通りなので頷く。
こうして夕食前にさっぱりした後、鮮やかなルビー色のドレスに着替えた。光沢のあるベルベッドの赤い生地のドレスを着ると、なんというかクイーンという感じだ。金糸による繊細な刺繍があしらわれていることで、ゴージャスな雰囲気もある。
まさに勝負服。
離婚について切り出すには完璧だと思う。
こうしてその時を迎える。
夕食後、部屋にアトラスが来た。
濃紺のセットアップを着たアトラスは、部屋に来るとソファに座り、私と対面で向き合った。落ち着いた様子のアトラスは、やはりいつものように木漏れ日のような穏やかさに満ちている。
その木漏れ日のそばにいれば、気持ちは和むと思ったが――。
違う。
「セレナ。話とは一体?」
一度深呼吸し、舞台女優になった気持ちで声をあげる。
「旦那様、離婚してください!」
「ダメだ! それだけは絶対に!」
「それは……この国、だけではなく、この大陸全土において、離婚が認められていないからですか?」
「違う!」
違う……? じゃあ、なんで離婚したくないのかしら? 私達は政略結婚なのに。
訝しがる私に、アトラスは顔を赤くしながら口を開く。
「……ちゃんと するから」
「はい?」
よく聞こえないので問い返すが、小声過ぎて分からない。
仕方ないのでソファから立ち上がり、アトラスの方へ近づき、再度尋ねる。
「もう少し、大声でお願いできませんか?」
するといきなりアトラスがソファから立ち上がったと思ったら、私を抱きあげている。
アンバランスな姿勢なので、そのままでは転がり落ちそうだ。
慌ててアトラスの首に、腕を絡めることになった。
私がそうしている間にアトラスは寝室へ向かい、そして――。
ベッドに押し倒されていた。
「旦那様、どういうことです!?」
「セレナが僕との夫婦の営みに不満を持っていることは、クルースから聞いている。でも、もう大丈夫だから」
「!?」
そこでアトラスの手が、大腿に触れていることに気づいた。
今はそれどころではない!
その手を押えようとするが……。
う、嘘!
「旦那様、ダメです! そんな場所に、あっ!」
そこからはもう、何が起きているのか分からない。
完全にパニックで、口では「ダメ」「いや」「止めて」と言っているのに、体の反応はその真逆。
アトラスは一体全体どうなってしまったの!?
普段の木漏れ日のような穏やかさはどこへ!?
今は砂嵐のように激しく、砂漠を照らす太陽のように熱い!
これまでされたことがないような場所に、キスをされた。
耳朶やうなじや首筋など、敏感な所にも、繰り返しキスをされている。
じわじわと気分が高まり、その後もあんなことやこんなことをされ……。
これまでの義務的な、跡継ぎを作るための営みとは、全く違う!
「淡々」とは正反対の「情熱的」!
しかも信じられないような愛の言葉も囁かれ……。
アトラスの言動全てに、身も心もとろけそうになっている。
な、なんの、この溺愛は!
そこで遂に一つとなった時。
あまりの気持ちの良さに、頭が真っ白になり、昇天しそうになった。そして……。