17話:決意を固める
病気でもなく、ただの二日酔いなのに、ほぼ一日寝ていた。
よって翌朝は五時近くに目覚めてしまった。
五時……。
そこで窓から外を見るが、エントランスに馬車はない。
てっきりアトラスは昨晩も娼館に行ったのかと思ったが、それはないようだ。
改めて薄明るい中、ウールでできたショールを羽織って、ベッドに座る。
そして考える。
兄はアトラスから私との離婚について相談された。聞いた兄は、私にこそ詳細は話していないが、領地に戻れば両親に話すだろう。つまり両親も私が離婚し、出戻る可能性を知るのだ。
それならばもう、アトラスにはとっとと離婚を切り出して欲しい。本人から面と向かい離婚するつもりだと言われれば、こちらだって娼館通いが気にならなくなる。
気にならない……なんてことはないだろう。
そうだとしても、今の宙ぶらりんのもやもやした状態からは解放される。気持ちとして。だから早くアトラスに表明して欲しい、離婚の意志を!
……こんな風にもやもやするのは、アトラスの行動を待つからだ。
どうして待つ必要があるの?
それは離婚裁判で、子供がいないこと、悪妻であることを訴えるのは、夫からがセオリーだからだ。ここは男性優位の社会だから……。
男性優位の社会。
そこでズキッと頭が痛む。
うーん、まだ二日酔いが完全に抜け切れていないようだ。
サイドテーブルに置かれた水を飲み、一息つく。
もやもやするのは、自分で何かを決められないからだ。
アトラスの行動を待つ受け身の状態に、もやもやしている。
気が付くことができた。
受け身だからもやもやするのだと。
ならばもう慣習なんて糞食らえ!
私から離婚を切り出そう。
そうすればスッキリできる。
◇
この日の朝食の席では、スカイ伯爵夫妻から体調を気遣う言葉を沢山かけてもらえた。心の籠った言葉を聞くと、二人が義父と義母で良かったと思いつつも。アトラスから離婚の話を聞いたらどれだけショックを受けるかと思った。しかも跡継ぎを作ることに、非協力的と知ったら、そのショックたるや……。
悪妻になるための作戦=悪妻化計画、もっとよく考え、別の悪妻にはできなかったのだろうか。でも酒飲みどんちゃん騒ぎ作戦、情夫作戦、浪費作戦、誘拐身代金作戦と、ことごとく失敗していた。よって跡継ぎ作りに非協力的作戦しか、もう道はなかったのだ。
自己防衛で気持ちを宥める。
「セレナの食後の紅茶は、カモミールティーを出し欲しい」
アトラスの言葉に、気持ちを現実に戻す。
カモミールティーは、月のものに効くハーブティーとして知られていた。リラックス効果があり、月のものによる不安定な気持ちを和らげてくれると言われているのだ。
アトラスには離婚の件を切り出すつもりなのに。
こんな風に気遣われると、決意が揺らぐ。
ううん。忘れてはいけない。
悪夢だって見たでしょう。
脇腹に激痛を感じ、真っ白なシルクのネグリジェに広がる赤い血を――。
妻への気遣いを見せながら、その裏で娼館に通うような男なのだ、アトラスは。
きっとスカイ伯爵夫妻にも見せていない一面があるのだ。
朝食が終わり、ダイニングルームを出るタイミングで、アトラスに声をかける。
「旦那様。少しお話をする時間をいただきたいのですが」
「今か?」
「い、今ですか!?」
まさか今すぐとは思わず、つい動揺すると。
「今日はこれから、医療アカデミーに行く必要がある。医師不足に悩む村があり、新たな医師を手配することになった。そこでアカデミーに、卒業生へ打診してもらう相談へ行く。昼食は外で食べることになるだろうから……。夕食後なら、時間を作ることができる。それでどうだろうか?」
そこで思い出す。
昨日のうちに、補佐官のクルースに届けさせていた。
領民から聞いた、医師が不在を嘆く声をまとめた書簡を。
アトラスはそれを確認し、即動くことにしたのね。
立派な心掛けだわ……。
そうではない!
「夕食後で構いません。……いいのですか、何かご予定があるのでは?」
娼館に行かなくていいのですか、旦那様、ということだ。