16話:付き合ってもらうわ!
娼館に向かうアトラスの姿を見てしまった。
その結果。
「リサ、ダビー」
「「はい、若奥様」」
「……飲むわよ」
「「えっ」」
「だから飲むわよ、付き合ってもらうわ!」
まさにやけ酒。
妻がいるのに、娼館通い。
しかも跡継ぎを作るため、計画的に夫婦の営みを行っていた。
その回数を増やして欲しいとか、そういった相談は一切なかった。
一晩に三度なんて、あれはダメだ。
それなら三日続けて寝室に来るとか。
一週間毎日はどうかとか。
相談してくれればいいのに!
夫婦なのだから。
自己解決で娼館に行くぐらいなら。
相談してくれればいいのに!
これでよく分かった。占い師が言うような、豹変タイプなのだ、アトラスは!
木漏れ日から一転。
暗黒のような存在に、アトラスを感じた。
でもそれは持続できない。
アトラスと過ごした三年間で、彼に暗黒面なんて、これぽっちも感じられなかった。
「若奥様、飲み過ぎでは……?」
「いいのよぉ。飲まないと、やってられませんわー!」
「若奥様は、間違いなく、酒は強いと思うんですよ。でも今日はその強さを上回る勢いで飲んでいる」
ダビーが解説してくれているが、それはその通り!
今もグラスワインは飲み干し、お代わりの合図でグラスを掲げ持っている。
「タージ先生がさ、春になったら引退するって」
「そうなのか! 新しい医者は来てくれるのか?」
「俺達のような村に来てくれる先生なんて、いるんかなぁ……」
酔っていても、領民の声は耳に入って来る。
「ダビー、どこの村の話か聞いておいて」
「うわあ、酔っていると思ったら、若奥様、地獄耳!」
「うるはい」
「はい、お代わりの赤ワインです!」
「ありがとうございます~!」
どうせ、離婚なのだ。
それでもその日が来るまでは。
領民が私の子供みたいなもの。
少しでも笑顔で彼らが暮らせるように。
困っているのなら、助けてあげたい。
そう思いながら、さらに赤ワインをごくごくと飲む。
夢だったらいいのに。
占い師の予言が、夢で見たことだったらいいのに。
娼館に通うアトラスも、夢だったらいいのに!
◇
翌朝。
最悪な気分で目が覚める。
気分が悪い!
自室のレストルームに飛び込み、そこでしばし悶絶タイム。
その後、再びベッドに戻り、眠ることになる。
「若奥様、朝食は……無理ですよね。お水、置いておきますから」
リサの声が遠くで聞こえている。
でもそれも一瞬のことで、再び眠りに落ちた。
次に目覚めると、完全に二日酔い状態。
レストルームへ向かい、その後ベッドに戻り、リサが用意してくれたお水を飲む。水が置かれたベッド横のサイドテーブルには、スイートアリッサムがいけられた花瓶が置かれていた。どうりで甘い香りが漂っているわけだ。そう思ったのは一瞬のこと。すぐにまた眠る。
こんなことを繰り返し、夕方になり、ようやく落ち着いてきた。
「若奥様、気分はどうですか?」
「ありがとう。リサのおかげでかなりよくなったわ。……朝食も昼食も食べていない。きっとスカイ伯爵夫妻も……旦那様も呆れているわよね」
「安心してください、若奥様。月ものが近いようで、具合が悪く、食欲もないということにしていますから。若旦那様なんて心配して、こちらのスイートアリッサムを届けたくらいです。庭に咲いている花を、わざわざ自ら摘まれたそうで」
さすがリサ! なんて説得力があるのかしら。
それにしても。
離婚するつもりで娼館に通っているアトラスが、花を届けるだなんて。
これもスカイ伯爵夫妻……自身の両親への、妻を大切にしていますアピールなのかしら?
……別にいいわ、そんなこと。
「ありがとう、助かるわ。……それで昨晩、私は……」
「ダビーと二人連れ帰りましたよ。晩御飯は部屋にお持ちしますね。消化に良さそうなものを。召し上がりますよね?」
「ええ、そうするわ。……それで娼館からは……」
リサは私に、グラスに入れた水を渡しながら「ああ」という顔になる。
「我々は日付をまたぐ前に屋敷へ戻りました。ですが若旦那様は……朝帰りですよ。五時頃に」
この言葉にハッとする。
「朝帰り」「五時頃」でピンと来る。
そんな時間帯で帰宅するアトラスの姿を、私は見たことがあった。
つまりアトラスは本当に頻繁に娼館に通っている!
それはあちらの欲求が強いのか。
もしくは気に入った高級娼婦がいるのか。
いずれか、その両方か、それとも他の理由があるのか。
ともかく分かったのは、アトラスとは離婚で正解だということ。
朝帰りするということは、私と一晩で三回があったように。
高級娼婦とよろしくやったということ。
もはや疲れ切った顔をしていても、同情なんてしないわ……!
「では若奥様。夕食を準備してきます」
「ありがとう、リサ。お願いね」
こうしてリサが届けてくれた夕食はリゾット。
シンプルなリゾットだが、刻みタマネギやズッキーニも入っており、優しい味わい。
二日酔いがまだ抜け切れていないが、ちゃんと食べることができた。
さらにリンゴのすりおろし!
これも食べやすく、ペロリといけた。
ちゃんと水分を取った。
後は胃袋を休めるため、上半身を起こした状態で、いつもの書簡を書き始める。つまりは昨晩聞いた領民の困りごとだ。
医者が不在の村。
今の季節は危険だ。
寒さゆえに病気になりがちな人も多いのだから。
早急に新しい医者を手配してもらわないと。
「まあ、若奥様! 書簡を書かれているのですか!」
「ええ。二日酔いもかなり落ち着いたから。それに病気ではないのだし」
私が食べ終えた食器を片付けながら、リサが驚きの声をあげた。その間にも私は、書簡を書き続ける。
離婚するまでの間に、どれだけの領民の不満の声を、スカイ伯爵とアトラスに届けられるかしら……?