15話:……本当なの? 本当に、本当に、本当に?
兄を見送り、屋敷に戻り、夕食となる。
アトラスは兄に離婚について話したようだが、自身の両親であるスカイ伯爵夫妻には……話していないようだ。
いまだスカイ伯爵夫妻から、何か言われることはない。
なんとなく宙ぶらりんなことが気になるが、アトラスが動いているのだから、任せよう。
夕食は、領地に戻ってしまった兄の話で盛り上がる。
やはり兄のモテモテぶりには、スカイ伯爵夫妻も驚いたようだが……。
「まだ若いのに、やはりしっかりしている。あの若さでご両親が彼に爵位を継いだ理由もよく分かった。頭の回転も速いし、領地のことを隅々まで知り尽くしている。ムーンライト子爵家は、これで安泰だな。アトラスも見習うといい」
「領地経営に関する手腕もそうですが、性格は真面目、ですがユーモアがありますわよね。令嬢たちはずっと笑いっぱなし。それでいてあの素敵な容貌。あれでは山ほど縁談話が来てしまうのも、仕方ないわよね。我が家に娘もいたら、嫁がせたかったわ~」
兄に会う度に、スカイ伯爵夫妻の中の兄の評価は、ぐんぐん上昇している。
確かに妹の私からしても、兄はすごいと思う。
でもアトラスだって、兄には負けていないと思うのだ。
そこでつい私は、こんなことを言っていた。
「兄に対する賛辞、妹として嬉しい限りです。でも兄はああ見えて、ドジなところもありますし、抜けているところもあります。対してアトラス様は常に落ち着かれ、冷静な判断ができ、気遣いもできる方です。それは領地運営や商会経営にも発揮され、必ずや素晴らしい成果に結びつくと思います!」
思わず鼻息も荒くなり、そこで気が付く。
私、これから離婚するアトラスのことを褒め過ぎでは!?と。
「まあ、セレナ、あなたは本当にアトラスのことが大好きなのね。息子のことをこんなにストレートに褒めてくれるお嫁さんなんて、そうはいないわよ。アトラス、セレナのことを大切にするのよ」
「ええ、分かっています、母上」
「領民との宴を提案したり、誘拐されても自力で脱出したり。セレナはそこらの貴族とは明らかに違う。我が伯爵家に、実に相応しい嫁だ。アトラス、彼女の献身を忘れてはならないぞ」
「勿論です、父上」
私、スカイ伯爵家でとても愛されている……!
一瞬、頬がほころんでしまうが、そうではない。
そうではないはずですよ、旦那様!
どうして「分かっています」「勿論です」と答えているんですか!
これから離婚し、しかも「悪妻である!」と言わなければならないのに。
そんなあっさり「OK」発言をしてはダメではないですか……。
しかし食事は実に和気あいあいとした雰囲気で終わってしまった。
「若奥様、どうされました?」
「アトラスはちゃんと離婚のこと考えてくれているか、不安なの」
「あ、それですか……。実は……」
そう言うとリサは、とんでもない情報を私に教えてくれたのだ。
「嘘よ。そんな。まさか、アトラスが!」
「いえ、おかしなことではないと思います。気づいたのは最近です。ですがもしかすると、もっと前からだったのかもしれません。冷静に考えてみてください。年齢としては今がまさにお盛んだと思うのです。それが毎月決まった日にしか夫婦の営みがなかったこと自体、おかしいと思いませんか?」
「それは……」
言われてみればその通りだった。
でも、まさか、あの木漏れ日のような落ち着いたアトラスが、しょ、しょう、娼館に通っているなんて……!
「それに若奥様が、『金輪際ずっとその気はないです』と宣言したのです。でもそちらの欲求はあるわけですよ。そしてお金はあるのですから。貴族向けの高級娼婦がいる娼館に通ったとしても、何もおかしくありませんよね?」
「そ、それはそうだけど……でも本当なの? 本当に、本当に、本当に、あのアトラスが娼館に通っているの!?」
リサは自信たっぷりで「はい、そうです」と頷く。
それを聞いた私は、もう泣きそうな気持ちでいっぱいになる。
木漏れ日から一転。
暗黒のような存在に、アトラスを感じてしまう。
かつ娼館に通うような一面があるということは。
占い師が言うような裏の顔があるということも……にわかに現実味を帯びてくる。
でも実際にこの目で見たわけではない。
よって見間違えの可能性だってあるかもしれない。
「なんならつけてみますか? 年越しとニューイヤーを挟み、そしてムーンライト子爵が王都へ来られたこともあり、今年になってから、まだ町へお忍びに出ていませんよね」
そう言われると、その通りだった。
ならばと護衛騎士のダビーを呼び、急遽町へ繰り出すことにする。
そしていつもと違う居酒屋に向かい、娼婦街を観察していると……。
「本当だわ……」
フード付きのローブを着て、紋章をつけない馬車から降り立ったのは、確かにアトラスだった。しかも補佐官のクルースも同行している。クルースは人目を憚るような装いをしていない。ロングコートを着ているだけだ。見間違えることはない。
疑いようはなかった。
あれはアトラスとクルースだ。
アトラスは本当に、娼館通いをしているのだわ……!
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【お知らせ】第二部開始
『 悪役令嬢に転生したらお父様が過保護だった件
~辺境伯のお父様は娘が心配です~』
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